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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第656回:偏見と暴力、アメリカのコロナ事情

更新日2020/05/07


ニューズはコロナ一色になってしまいました。
アメリカもご他聞にもれず、どこそこで何人の感染者が出て何人亡くなった、それでなければ、企業の破産が相次ぎ、牛肉の屠殺場、パッキング工場は労働者がおらず閉鎖しなければならない、よって牛肉の価格はロケット並みに値上がりするだろう、失業保険の受取申込者は1,500万人を超した…といずれもコロナ関係ばかりです。

トランプ大統領は戦時下のルーズベル大統領、チャーチル首相気取りで、毎日テレビ、ラジオで全米に、「安心しろ、もうすぐ山を越し、4月末にはすべて元通りになる、私はこの緊急事態をしっかりと指導し、その成果を挙げている」と自画自賛するばかりで、具体的に、たとえば現場の医療機関への対応などほぼゼロで、コロナの現場はお医者さん、看護婦さん、ボランティア、衛生士さんの自己犠牲でどうにか動いています。

時間の問題だとは思っていましたが、やはりアメリカは死亡者、感染者ともに世界一、トップの座を占めました。これを書いている時点(4月30日)で、感染者は100万人、死者は6万人を越し、中国はもとよりイタリアをごぼう抜きに抜き去り、今後も感染が広がる気配を見せています。

アメリカでこれほど感染が広がったのは、政治的対応が著しくオソマツで、しかも遅かったためです。中国からの入国管理の対応は速かったのですが、自由の女神が東側、ヨーロッパに顔を向けているように、ヨーロッパに対しては出入り“自由”の状態でした。

イタリアやスペインがコロナに対しパンデミック(世界大感染)の処置をとり、戒厳令まで敷いても、まだアメリカ政府は、ドル箱路線のヨーロッパ空路を開いており、イタリア人や他のヨーロッパの国の観光客が自国の感染から逃れるようにワンサとアメリカに入って来ていました。 

当初、トランプ大統領は、「コロナウイルス騒ぎは、民主党(トランプに敵対する政党)がマスコミを操って全米を混乱に陥れる陰謀だ…」などと言っていたのが、お膝元のニューヨークで大感染になり、3月半ば過ぎにやっと“Social Distance”(人と6フィート以上の距離を置け、10人以上集まるな)と打ち出し、徐々にレストラン閉鎖(お持ち帰りだけはよい)、生活に必要最低限の店、食料品店、スーパー、農業関係の種や肥料の店以外は全部閉鎖、もちろん学校、図書館は閉め、公的サービスや銀行は電話予約制を打ち出し、ほとんどクーデターの後の戒厳令下の状況が今まで続いています。 

大繁盛?ではありませんが、猫の手も借りたいくらい大忙しなのは病院です。ニューヨークの病院の23人の看護婦さんがコロナに感染してしまいました。ところが、駐車場に止めてあった看護婦さんたちの車のタイヤが鋭いナイフで切られ、パンクしているのが見つかったのです。
「お前たち、看護婦はコロナウイルスを町中に持ち帰るな、そのまま病気院にいろ!」というメッセージです。
衛生観念が遅れている、というよりないに等しい人たちが中世にライ病患者をバッシングしたのと同じ態度なのです。

多分に予想されたことですが、一部に中国人イジメが始まっています。大統領自らがコロナウイルスのことを“中国ヴィールス”と呼んでいる国ですから、国民が中国人を“あいつらが、変なウイルスをばら撒いた”ととっても不思議ではありません。それが演繹され“中国が世界制覇のためにバラマイタ”とまで本気で言い出す右寄りのコメンテイターが注目を集める始末です。 

いつの時代もそうですが、何らかの恐慌が起こると、人はスケープゴート(生け贄の羊)を求める傾向があります。ダンナさんによると、関東大震災の時に殺された朝鮮人、中国人、彼らと混同された日本人が大勢いたそうですね。アメリカでは、いつも犠牲の羊として黒人がリンチに遭ったり、黒人の教会が焼かれ、右翼の白人至上主義者が60人もの黒人を銃殺したり(1898年、ノースカロライナ州、ウエルミントン市の出来事です)してきました。

今回のアメリカのコロナ恐慌は幸いまだそこまで行っていませんが、ピストル、ライフル、自動小銃などの銃火器、弾薬が異常な売れ行きで、コロナ騒動が始まってからの1月半で前の年、1年間の1.5倍近く売れ、大手スーパー(スーパーで銃、弾薬が買えます)の棚は空っぽでした。

そんな銃火器を買い、家に弾薬を溜め込む人たちは、緊急事態が起こった時、自分を守るためだと言い、そう信じているようですが、自分が“やられる前にやれ”に移行するのは自然の流れで、自己防衛という一線など引けないスジのものです。鉄砲でコロナウイルスを撃ち殺すというのなら、話は別ですが…。 

アメリカ人の体内には恐怖心とその裏返しの臆病な暴力性がうずくまっているように見えるのです。反面、リベラルと言うのでしょうか、冷静に状況を観て判断する人たちもたくさんいます。今という条件付きですが、街中(マチナカ)で中国人を襲う事態までにはなっていませんが、NPR(National Public Radio;アメリカのNHKのような放送局)は中国系アメリカ人(私と同じアメリカ国民です)が暴言を浴びせられる事件がチョイチョイ起こり始めていると報道していました。

政治、世論は振り子のように左右に揺れ動き、そのユレが大きくどちらかに揺れると反動で、逆の方に揺れ動き、バランスを取っていると信じたいのですが、銃火器を手にした国粋(雑種極めつけのアメリカに国粋ほど似合わない言葉ないのですが)、白人至上主義者たちの前では、中国系アメリカ人、黒人、ラテン系の人たち、彼らをサポートする白人たちはあまりに無力に映ります。 

早く、振り子が振り切れ、逆方向に揺れ、振幅が小さくなってくれないかと願っています。 

災害は天災とそれに伴う人災で大災害に発展するものですから…。

-…つづく

 

 

第657回:飛行機の座席について思うこと

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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