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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から
第162回:牧場での出会いと触れ合い
更新日2010/06/10


一昔以上前のことになりますが、日本全土で"ふれあいの森"とか"ふれあいの場所"のように、盛んに"ふれあい"という言葉がもてはやされたことがありました。私はそれを"さわりあいの森"と読んだところ、ウチのだんなさんに、「お前、そりゃ意味がかなり違ってくるぞ、ワイセツな感じになってしまうぞ」と注意されました。漢字で書くと触れ合い、触り合い、同じ文字なんですけど……どうにも日本語の難しいところです。

ついに、出会い、触れ合ってしまいました。

通勤の途中、広々とした牧場の真ん中を走っている田舎道を通ります。このあたりの牧場の持ち主はいたっておおらかなのか、自分で飼っている牛の群れに鹿やエルクが何十頭と混ざり込み、牧草を食べていても一向に気にしていないようです。

当然、鹿やエルクは美味しい牧草が簡単に口に入る牧場に長居することになります。牛が放牧のために山に追いやられてからも、鹿やエルクは居座り、のんびりと草を食んでいます。私たちは、柔らかくうねった谷を"鹿ノ谷"と勝手に名付けています。

今は牛が赤ちゃんを産む季節なので、"鹿の谷"を通る時は車のスピードを緩め、道路に出てしまった牛、子牛がいないかどうかユックリ確認しながら、ノロノロ運転をします。 牧場には牛と鹿がそれぞれの子を従えて同居しています。

その鹿は、かなり遠くから視野に入っていました。フェンスの内側に佇んでいましたから、私は車を徐行させながら、通り過ぎようとしたその時でした。突然、鹿が助走なしにフェンスを軽く飛び越え、私の車にそれこそ体当たりしてきたのです。ドスンという重い衝撃があり、ベージュ色の鹿の影が車の左サイドを擦り、流れて行きました。ついに、鹿と触れ合ってしまったのです。

私が車を止め、倒れた鹿を助け起こそうと車から出るより先に、鹿の方が体勢を立て直し、またフェンスをあざやかに飛び越えて逃げていったのです。どうにかうまく生き延びてくれますようにと祈りつつ、車に戻ったところ、私の大中古のホンダ・シビックの方が大きく凹み、ヘッドライトが割れ、ウインクをしているみたいで、タダでさえオンボロだったのが、果てしなくボロボロになってしまったことに気がつきました。軽い小さな車で鹿と触れ合うのは考えものです。

私が鹿とぶつかったところから20メートルくらいの路肩に、大型のSUV車が止まっていたので、車内にいたいかにもたくましい二人の女性に、報告がてら、はねた鹿の安否を尋ねてました。彼女たちは、牧場の牛と鹿を観察しているところでした。牛と鹿というよりコヨーテが、子牛、小鹿を狙って牧場の中で立ち回りを演じているのを観ていたのです。

私の前に突然現われた鹿も、コヨーテに追われて飛び出したことのようでした。彼女たちに言われて見ると、数百頭の牛は、子牛を囲むように大きな輪を作り落ち着きなく、それは神経質に動き回り、騒々しいくらい、モーモーと啼いています。

私自身はコヨーテを見ることができませんでしたが、牛の動きで、コヨーテがどの辺にいるかが、判るのです。コヨーテは中型犬ほどの大きさですから、自分の何倍、下手をすると10倍近い重さ、大きさの動物を相手にし、倒して食べるのです。

鹿は隊列を組んだように一列に並び、軽い足取りで山の方に逃げていくところでした。その中に私がハネテしまった鹿もいることを願わずにはいられません。そんなことを牧場生え抜き風のお姉さんたちにもらしたところ、二人とも何をアホなこと言ってるのという表情で私を見つめ、コヨーテにご馳走してあげただけのことじゃない、と言われてしまいました。そして、狩猟解禁になれば、コヨーテが獲る鹿の何倍もの鹿を人間が撃ち殺すさ、と付け加えたのです。

でも、片目が潰れ、凹んだ車に乗るたびに、あの鹿はうまく生き延び山に帰っていったかなーと思わずにはいられません。

 

 

第163回:金の卵と子宝

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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