第713回:死刑と冤罪の関係
陪審員を初めて務め、それが麻薬がらみの殺人事件だったこともあり、そんな犯人を死刑にするべきか、否、いかなる人間でも死刑にすべきでないのか、とかなり大きな問題を付きつけられた気持ちになりました。幸いコロラド州で死刑が廃止になり、救われましたが。殺人犯がそれまで20回も逮捕された経歴があり、一度陥ると這い上がれない麻薬中毒の重症患者でしたから、更正する可能性がないかもしれませんが、といって彼を死刑にする方に一票を投じるかどうかはとても微妙な判断です。
基本的には人間が人間を裁くのですから、必ず間違いが起こります。それにどんな人間でも変わることができるという性善説的考えが付いて回るのです。彼がある時点で奮起して、良い市民になる可能性を消すこと、死刑にすることには、大きな抵抗が残ります。
ウチのダンナさんは少し違う観点から死刑に反対しています。刑罰がたとえ100年を越すものであれ、生きていれば、間違った判決を覆す可能性が残る、死刑にして殺してしまえば、その人を生き返らせることは誰にもできない。冤罪でたとえ人生の大切な時期を牢屋で過ごさなければならないにしろ、いつかは無罪が証明されるというかすかな希望を持って生き続けることができる…と言うのです。
アメリカ、主に南部の州での冤罪は目に余るものがあります。1973年から現在まで、死刑判決を受けた囚人は8,700人にもなります。そのうち死刑が執行され1,500人が死んで、殺されています。近年、DNA鑑定ができるようになり、信頼性も高まり、死刑囚の冤罪が証明でき、釈放される例が出てきました。それにしても、一度下された判決を覆し、無罪を証明するにはとてつもなく膨大な時間とお金がかかります。1972年から今まで182人の死刑囚がDNA鑑定で無罪が証明され釈放されていますが、死刑を執行してしまった人の無罪までとても手が回りません。死刑囚8,700人すべてを洗い直すべきだと思うのですが…。
どうしてこんなに冤罪が多いのかは、かなりはっきりしています。一番の理由はズサンな初動捜査で、犯人を早く挙げようと警察が初めから偏見を持って捜査し、証拠を捏造したからです。それが冤罪の70%近くの原因になっています。ましてや、南部で黒人が容疑者であるケースでは、すべて白人の警察、検察、陪審員にはそんな例が多いのです。また、一度容疑者を逮捕すると、偽証してくれる証人を見つけるのは簡単なことのようなのです。警察に協力したい善意の証人にしろ、検察が巧みに誘導し偽証かそれに近い証言を得ることは容易なことです。それが60%以上の冤罪を生んでいます。
巧みな誘導尋問で自分がやりもしかった犯罪を認め、告白する例も13%にもなります。これはアメリカの裁判制度の特徴かも知れませんが、取調官が、「お前は、どう転んでもこの犯罪から逃れることはできない。事件のすべて、共犯者などを吐いてしまえ。そうすれば、罪を軽くしてやる」とバーゲン、司法取引ができるのです。容疑者はたとえ自分が何もやっていなくても、自白してしまうのです。精神薄弱スレスレの容疑者は、このような取調べの策術にハマりがちです。
このような殺人事件の容疑者は、自分を守る術がなく、裁判でも公選弁護人を使わなければなりません。O.J.シンプソンの殺人事件のように、億ものお金を叩いて専門の弁護団を雇うことなどできない容疑者が圧倒的多数なのです。この公選弁護人たちは低賃金で、しかも同時進行の形で幾つもの裁判に関わっていますから、検察側の証言、証拠を覆すことは難しく、機械的に裁判を進行させてしまうことがママあります。それが冤罪を生む温床になっています。この公選弁護人の不手際が冤罪判決の25%を占めています。(以上、ナショナル・ジオグラフィック、2021年、3月号による)
ダンナさんの見解では、アメリカの法廷でのやり取りは小中高、大学で行われている討論=ディベイト(debate)のあり方が問題で、それが法廷に持ち込まれていると言うのです。アメリカ式討論はいかに白いのモノを黒と主張し、ただ相手を言い負かすことだけに主点が置かれています。そこには真実、事実を追求するという姿勢は求められず、ただいかに口先だけで、相手をやり込めるかだけなのです。
裁判でお役人、警察や検察が素直に自分の非を認め、アアそうだったのか、間違ってしまったとやれば済むところを、嘘に嘘を重ね、決して自分の間違いを認めようとしないところに、学校でディベイトの訓練を経てきた名残りがある…とはダンナさんの弁です。
コロラド州で2020年に死刑は廃止になりましたが、まだ28の州で死刑を続行しています。死刑囚が一番多いのはフロリダ州、そしてテキサス州、アラバマ州など南部の州ですが、北部といえるオハイオ州(クリーブランドがある)やインディアナ州、アイダホ州、モンタナ州も死刑州です。私の故郷ミズーリー州にも死刑があります。しかも未だに銃殺刑が存続しているのです。さすがにギロチンを使っている州はありませんが…。
死刑判決を受けている41%は黒人(アフリカ系アメリカ人と呼ばなければならないのでしょうけど)です。ですが、人口の比率では13.4%が黒人ですから、黒人が何か犯罪に関わると死刑になる率はとても高いのです。絶対数で言えば、コーカソイド、白人の死刑囚の方が多いのですが…。
今回私が陪審員になった事件では、容疑者、麻薬の売人、シンジケートのボス、証人などなど、十数人すべて白人でした。俗にメタンフェタミン(Methamphetamine;英名:メスファタミン)関係は、ラテン系、メキシコ、パナマ、ホンジュラスの人たちの特許だと思っていましたが、全く私の偏見でした。少なくとも、今回の事件に一人の黒人もラテン系の人も関わっていませんでした。
ついでに世界の死刑事情を観たところ、なんと未だに日本が死刑を行っていることに驚いてしまいました。ヨーロッパ諸国の全部でとっくの昔に廃止されている上、北米、中南米でいまだに死刑を執行しているのはアメリカ合衆国と南米のガイアナ共和国(Guyana)だけで、コカイン、麻薬の犯罪震源地のようなコロンビア、メキシコですら死刑を廃止しているのです。ロシア、韓国でもここ10年死刑を執行してません。
日本はどのような理由で死刑をやり続けているのでしょうか。全世界の70%の国で廃止しているのです。死刑を行っている国は主にアフリカ、アラブ、そして中国、インド、東南アジアの民主主義が成熟していない国々だけなのです。
日本大好き人間の私にとって、日本で死刑が存続していることは、大きなマイナスポイントになってしまいました。
-…つづく
第714回:総合雑誌とクオリティー誌
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