■グレートプレーンズのそよ風 〜アメリカ中西部今昔物語


Grace Joy
(グレース・ジョイ)




中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。



第1回:ウイルカーおじさん その1
第2回:ウイルカーおじさん その2
第3回:ウイルカーおじさん その3
第4回:私のポニィー その1
第5回:私のポニィー その2
第6回:私のポニィー その3
第7回:フリッツ その1
第8回:フリッツ その2
第9回:フリッツ その3
第10回:カントリースクール その1
第11回:カントリースクール その2
第12回:カントリースクール その3
第13
回:カントリースクール その4



■更新予定日:毎週木曜日

第14回:春の訪れ

更新日2006/06/01


アメリカ中西部の春は、“トルネード(竜巻)”とともにやってきます。

お昼の12時にサイレンのテストがあり、遠くからサイレンが聞こえてくると、それに応えるように、教会の鐘が早打ちに鳴り、学校では8年生のトルネード係が握りの付いた小さな鐘を振ります。それから1年生を先頭に学年順に地下室に避難します。

中西部の家には必ずと言ってよいほど地下室があり、使わなくなった、家具、ベビーベッド、保存食品(トマト、グリーンビーンズ、ジャム、豚の塩漬けなど)、加えてガラクタ置き場になっていますが、本来はトルネードの避難場所として造られたものです。

ゆっくりとした鐘の音がトルネードが去ったこと告げると、私たちは暗い地下室から這い出て、目も眩むような太陽の下で遊ぶのでした。

実際にトルネードに襲われた経験はありませんが、どこそこにタッチダウンした(そうです、アメリカンフットボールと同じ表現で、Touch Downと言います)という話はよく耳にしました。

春の訪れとともにお百姓さんは急に忙しくなります。春先には子牛が生まれるので、お産の世話もしなければなりません。牛を集め、持ち主を示す焼印を押さなくてはなりません。これをブランディング=Branding(高級ブランドものというときのブランドです)と呼びますが、見るのさえ辛い作業です。

牛の毛や皮が焼ける嫌な臭いと、暴れる牛の悲鳴とで陰惨な情景を作ります。しかし焼印を押さなければ所有権を主張できず、迷子牛は見つけた人のものになってしまいます。

ディッピング=Dippingという作業もあります。牛を先細りになった柵に追い込み、皮膚病や寄生虫予防のために消毒液の入った細長いプールに漬けるのです。牛は反対側から黄色がかったベージュ色に染まって出てきます。

デホーンニング=Dehorningという作業もあります。日本の牧場でなんと呼んでいるのか分からないのですが、牛の角を切り落とし、それ以上生えてこないよう処置することで、この作業も危険で残酷なものです。

角牛をコの字型の木枠に縛りつけ、角を切り落とし、その切り口を苛性ソーダー(だと思いますが)のような強い酸で焼き、角が生えてこないようにするのです。

ウイルカーおじさんはこの角切りがとても上手で、角の根元近く、しかし出血させない場所を正確に見極め、金ノコで切り落とします。下手な人がやると、切り落とした角の中心部から血が吹き出て悲惨なことになるし、あまり角の根から離れたところを切れば、翌年またそこから角が生えてくることになります。

家畜を飼うことには、常にこのような残酷さが付きまといますが、"去勢"はその中でも最たるものでしょう。私が菜食主義に(原理主義者のようにガチガチの信条ではありませんが)なったのも、動物たちのそんな姿を多く目にしたからかもしれません。

去勢は牛、馬、豚、羊、すべての家畜に対して行われます。早く言えば玉の部分を切り取るか、抜いてしまうわけです。牛、馬、豚用にはカギになった専用のナイフを使い、羊は牧童がその部分に食らいつき彼の歯で玉を抜き取ります。

そのための簡単な道具もあるにはありますが、なんといっても人間の口と歯でやるのが一番確実で早いそうです。お父さんは子供の頃から羊の去勢をやっていた(やらされていた?)ので、今でもとても立派な歯を持っていると自慢していますが、どんなものでしょうか。

切り取った、または抜き取った"玉"は、もちろんのことですが、食べます。"山の牡蠣"(Mountain Oyster)と呼ばれ、珍味とされていますが、もともと生牡蠣など見たことも、食べたことないお百姓さんが勝手につけた呼び名ですし、牡蠣に似たところなど全くないと思うのですが…。また、"山の牡蠣"は男性をさらに男らしくさせるのに絶妙な効果がある…ということですが、保障の限りではありません。

ともかく、家畜の去勢のような荒行は男性の仕事と決められており、私が女性として生まれてきてよかったと思う、数少ない瞬間です。たとえ"山の牡蠣"の効用を体現できないにしろ…。


近所の子供たちと。当時、写真は写真屋さんに行って
正装をして撮るものでしたが、お父さんが
箱型のブローニーカメラをどこからか手に入れきてから、
写りの悪いスナップ写真がたくさんの思い出を
残してくれるようになりました。一番右が私です。

-…つづく

 

 

第15回:ジプシーの幌馬車


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