第22回:家系の話 その3更新日2006/07/27
どうひいき目に見ても、私の先祖、父方、母方双方とも歴史に名を残すような人物は出ていませんし、メイフラワー号で一番手としてアメリカへ渡ってきたわけでもなく、ごくありきたりのヨーロッパからの移民です。
しかし、母方の祖先の枝葉の部分に、とても有名ですが、あまりありがたくない、不名誉な人物がいるのです。南北戦争後の混乱期に銀行強盗、列車強盗として活躍したジェッシー・ジェイムス(だったらまだよいのですが)、その彼を背中から撃ち殺した卑怯者の代表とされてる"薄汚い卑怯者"(Dirty
little coward )と歌にまで唄われたボブ・フォード(Bob Ford)が、母方の曾おじいさんの従弟にあたるのです。恐らくアメリカ人なら(中年以上と限定した方がいいかしら)誰でも知っている歌です。
Jesse
James was a lad that killed many a man,
He robbed the Danville train.
But
that dirty little coward that shot Mr. Howard
Has laid poor Jesse in his grave.
It was Robert Ford, that dirty little coward,
I wonder how he did feel,
For
he ate of Jesse's bread, and he slept in Jesse's bed,
Then he laid poor Jesse
in his grave.
ジェッシー・ジェイムスは人をたくさん殺した若者だった。
彼はダンヴィルで列車強盗をやった。
だけど薄汚い卑怯者がMr.
Howard(ジェッシー・ジェイムスはHowardと名前を変えて暮らしていた)を撃ち殺し、哀れなジェッシーを墓場に送ったのだ。
その薄汚い卑怯者の名はロバート・フォード、一体何を思ってのことだろう、彼はジェッシーに食べさせてもらい、寝泊りをさせてもらっていたと言うのに、哀れなジェッシーを墓場に送ったのだ。
このバラードは延々とジェッシー・ジェイムスの生涯を詠いいつ終わるともしれず続きます。この歌はジェッシー・ジェイムスの死後間もなBilly
Gashadeがつくり、すぐに大流行したものです。その後さまざまなバージョンや替え歌が生まれ、歌い継がれてきましたが、ジェッシー・ジェイムスを義賊とし、ボブ・フォードを薄汚い卑怯者としているのは変わりありません。
私のダンナさんは、私がボブ・フォードの血縁(非常に遠いものですが)だと知ってから、私に背を向けて寝ることができないなどと言っています。
ジョイおばあさんの父親(私の曾おじいさん)は厳格を通り越し、暴君的で、すぐに暴力を振るう人だったようです。女に学問など必要ないとジョイおばあさんは学校に行かせてもらえないところだったそうです。教会の牧師さんや周りの説得でようやく、学校に行くことができたといいます。ジョイおばあさんは生真面目な努力家でしたから、そのまま高等教育まで受け教員になることができました。きっとフィールドマイヤー先生のように厳しい先生だったと思います。
一一番右の後ろがおばあさんの恐ろしい父親です。
田舎の写真館で撮ったのでしょう、後ろの風景は
写真屋さんのスクリーンカーテンです。
腰にピストル、片手にライフルといういでたちです。
他の人は誰なのか分かりませんが、卑怯者の
ボブ・フォードが中にいるのかもしれません…。
母方の先祖も貧しいことでは父方に引けをとらないでしょう。とりわけお祖父さんが当時不治の病とされていた結核に倒れ7年間隔離され、農場のすべてをジョイおばあさんの女手一つにゆだねなければならなくなってからは悲惨だったようです。
狭い小屋で寄り添うように暮らしていた環境では当然のことでしょうけど、追い討ちをかけるように長女も結核で隔離されたのです。そんな環境で私の母は育ったのでした。
どうにも、私の家系には貧乏神と卑怯者、それに肺病病みが取り付いているようです。おばあさんは一生涯働きづめでしたが、でもそのせいでしょうか、90歳で天寿を全うするまでとても健康でした。そして私はジョイおばあさんの名前をミドルネームにもらったのです。
-…つづく
第23回:アウトハウスの思い出

