■フロンティア時代のアンチヒーローたち 〜西部アウトロー列伝



佐野 草介
(さの そうすけ)



海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

■貿易風の吹く島から
〜カリブ海のヨットマンからの電子メール
[全157回]



第1回:いかにして西部劇狂になったか
第2回:ラストシーンで主人公が2人とも死ぬ西部劇
第3回:Butch Cassidy(ブッチ・キャサディ)
第4回:Butch Cassidy その2
第5回:Butch Cassidy その3
第6回:Butch Cassidy その4
第7回:Butch Cassidy その5
第8回:Butch Cassidy 少年時代
第9回:Butch Cassidy 法との係わり合い
第10回:Butch Cassidy 運命の出会い
第11回:Butch Cassidy 開拓時代の西部事情
第12回:Butch Cassidy 旅立ち
第13回:Butch Cassidy 泥棒砦
第14回:Butch Cassidy テリュライド
第15回:Butch Cassidy モンテローズ
第16回:Butch Cassidy_マットとの出会い
第17回:Butch Cassidy_マットとの出会い その2
第18回:Butch Cassidy_空白時代の伝説


■更新予定日:毎週木曜日

第19回:Butch Cassidy_テリュライド、サンミゲル銀行

更新日2007/03/01


ブッチ、マット、トムの3人組は冬場のシーズンオフ(当時は泥棒にも観光地のようなハイシーズン、オフシーズンがあったのです)にキャビンに立てこもり次の大シゴト(盗み)の計画を練りに練っていた。ブレーンストーミングであらゆる可能性を検討し、飽かずに作戦を立ては潰し夜長を過ごしていた。


トム マッカーティー(Tom McCarty)。
マットの義理の兄にあたる。
テリュライド、サンミゲル銀行強盗まではボス格だった。
サイコパスに近く、異常な短気で酒乱気味だった。
<写真はソルトレイクシティ警察署蔵>

白羽の矢が立ったのはテリュライドのサンミゲル銀行だった。最年長でボス格のトムはこの計画にためらいを見せていた。町を出るまでの逃走路が一本しかないうえ、荒っぽい鉱山町では皆が皆拳銃、ライフルを持ち歩いているから、その一本道で後ろからズドンとやられたら一巻の終わりだし、逃げ果せることは難しいと言うのだ。

もともと、トムもマットも専門は牛馬泥棒で、白昼に銀行を襲うという発想の転換がしにくかったのだろう。テリュライドの町を一番よく知っているのはブッチであり、この計画の推進者も最年少のブッチだったと言ってよいだろう。そしてこのテリュライドの銀行強盗がブッチのアウトロー公式デビューになった。

サンミゲル銀行(正式名はSan Miguel Valley Bank)はテリュライドの金銀鉱山の取引、鉱夫への給与、また地元の商売、サローンバー、雑貨商、ホテル、レストランの預金を一手に引き受けていた。オーナーはルーセン・ナン(Lucien L. Nunn)という名の野心家の弁護士、企業家で、この人物は西部開拓史を彩る華やかな一代記の人生を送った。

ナンは東部で学位を取った後、炭鉱の町リードヴィル(Leadville, Colorado)で炭鉱夫相手にレストラン兼バスタブを使わせる風呂屋を始め大いに当てた。週末に山から降りてくる鉱夫たちをまず風呂に入れ、真っ黒な身体、顔の汚れを落としてもらい、次に腹いっぱい食べて、娼婦の館に繰り出す下準備をしてもらおうというアイディアは大うけに受けた。

その後、彼の真似をする商売敵が増えると、あっさりそれを売り払い、テリュライドの南約70マイル、峠を一つ越えたデュランゴ(Durango, Colorado)で古い家を買い取り、修理しては転売する、リフォーム屋兼不動産屋のような商売を手がけ、ブームタウンのテリュライドの目抜き通りの建物もいくつか手がけた。

ナンがサンミゲル銀行を買い取ったのは1888年で、ブッチ一味に襲われる1年前のことだ。これは目端の利くナンにとってもさすがに想定内?の事件ではなかった。

後々のブッチが絡む事件の典型をテリュライド、サンミゲル銀行強盗に見ることができる。まず周到な事前調査のためブッチは2、3週間前にテリュライドに乗り込み、金の動きをつぶさに観察している。

ブッチにとって不運なことに、その時ユタ州出身でブッチをよく知っているハンコック夫人(Mrs. John Hancock)に出会ってしまっているのだ。


マット(Matt Warner)1902年ころ。
マットが刑務所を出て2年ほど経ってから撮ったものと思われる。

一方、トムとマットは逃走路での乗り換え馬をリレーする拠点を数箇所設定していった。素性のはっきりしないランブラー(Ramblerと名だけ知れている)というトムの知り合いが1,600ドルを貰う約束で、リレーステーションの設定に協力し、各ステーションごとに6頭の交代馬を用意したと証言している。ランブラーによると前の年の1888年の秋から1889年の春にかけてブッチたちはリレー地点の選択、決定、確保をしていたというのだ。半年以上前から計画を具体的に進めていたのだ。

そのリレー地点はKeystone Hill, Hot spring, West Fork, Johnston's Horse Camp, Mud Spring であり、そして ユタ州に入ってからはモンテチェロ(Monticello, Utah)の北西5マイルにある、アウトローのシンパ、お友達として知れ渡っていたチャールスリー(Carlisle)の牧場にリレーの馬を確保している。根回しが大切なのはなにも日本の政治だけではない。

ポニーエックスプレスや駅馬車のように馬を取り替え、乗り継いでいく以外に素早く長距離を移動する方法はない。ハリウッド映画のように全速力で馬を疾走させることはできない。あんな乗り方をしたら3、4キロで馬は潰れてしまうだろう。カウボーイあがりのブッチたちは正確にどのように乗れば次のリレー地点まで馬を潰さずに、しかも最速でたどり着くことができるかを熟知していた。

この逃走経路をたどってみたことがあるが、これ以外には考えられない唯一の経路だと感心させられたことだ。テリュライドの東には鉱山道があり二つの滝を浴びるように山に逃げ込むコースは、リレー用の馬の確保が難しい上、一旦山に入り込んでしまうと、そこから逃げ出る町はユーレーかシルーバートンしかなく、彼らが山越えしてそれらの町に着くより早く谷間を迂回した追跡者が待ち受けている可能性がある。北側は馬での登坂が不可能な険しい岩山だし、南は厳しい山を越えることができたにしろオフェアー(Ophir)村に下りるしかなく、そこで捕まる危険性がある。

リレー地点の設定を終えた3人組はマットの自伝によると、“トップノッチのカウボーイスタイルにビシッと決めて、まるでこれからダンスホールでガールハントでもするかのように”テリュライドに乗り込んだのだった。

山間のこの町も長い厳寒の冬から一挙に解き放たれるような鮮やかな初夏の、1889年の6月22日のことだった。

-つづく

 

 

第20回:Butch Cassidy_テリュライド、サンミゲル銀行 その2


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