第83回:アウトローからの更生への道 その4
更新日2008/06/12
ジャック・ロンドン(『荒野の呼び声』『白い牙』の作家)の一生は、正に西部開拓時代を駆け抜けたかのように、スピード感溢れた行動に満ちている。彼はアメリカだけに留まらず、スクーナーを造り、太平洋に乗り出してさえいる。彼の一生は一体いつモノを書く時間があったのだろうと不思議なほど動きまわっている。
彼がサンフランシスコ湾で牡蠣の密漁をしていたとき、幾度となく監視員に密漁で捕まっては釈放されたりとイタチゴッコを展開していた。何度逮捕されても懲りずに、その都度巧に密漁を繰り返すジャック・ロンドンにあきれ果てた取締官が、彼を密猟監視員として雇ったのだ。昨日の敵は今日の友どころか、昨日のお尋ね者は、今日のシェリフとなったのだ。
判事のパウアーは、ブッチと州知事との失敗に終わった交渉のことを彼の役職上知っていたに違いない。州政府との交渉が不可能と分かった判事のパウワーは別のアプローチを思い立った。州政府以上に力も政治力もあるユニオン・パシフィック鉄道に直接掛け合うことにしたのだ。判事が犯罪人のために被害者である会社へ犯罪人の就職話を持ち込んだのだ。
パウワー判事の計画はこうだった。
ユニオン・パシフィック鉄道の列車強盗被害総額は、会社の発展を危惧させるまでになっている。強盗で奪われた膨大なお金だけではなく、安くないピンカートン探偵社への支払い、列車に乗せている公安官の給料、うなぎのぼりの保険料、殺されたり怪我をした社員への保障などなど、莫大な出費を強いられている。
そこで、ブッチを雇い、現金輸送の警備保安を任せてはどうだろう、彼が警備をしているというだけで、他のアウトローたちは身を引くだろうし、第一、ユニオン・パシフィックがブッチに襲われることがなくなるのだ。それにブッチほど列車強盗のノウハウを身に付いた知識として持っている人物はいないのだから、防衛策を講じるにも最適だ。ブッチだけでなく更生したいアウトロー仲間はたくさんいるし、ブッチなら彼らを統制できる。ユニオン・パシフィックさえこの案に合意するなら、西部各州もブッチの罪状を取り下げることは請合ってもよい。 また、ブッチの人物は自分が保障する……とかき口説いたのだった。
パウワー判事は、ユニオン・パシフィック鉄道幹部と幾度となく会合を持った末、ニ人の幹部がブッチと直接会うところまで漕ぎ着けた。パウワー判事は、ブッチへの連絡と会談の立会いを弁護士のダグ・プレストンに依頼した。ダグは世間からワイルドバンチお抱えの弁護士と揶揄されるくらい、ブッチと密に連絡をとっていたし、プレストンなら常に正確にブッチの居所を知っていると見込まれたのだ。
プレストンは、期待通りブラウンズ・パークのブッチの隠れ家へ行き、ユニオン・パシフィック鉄道幹部との会談の約束を取り付けたのだった。ただ、問題になったのは会談の場所で、ブッチはワイオミング州のロースト・ソルジャー峠で会うことに固執したことだった。ロースト・ソルジャー峠は、一番近い町のローリングまででも40マイルあり、廃止された駅馬車の乗り継ぎ地点だった地点で、当時ですらその街道は見捨てられていたようなところだ。
ブッチが会談にこんな辺鄙な場所を選び、そこに拘ったのは、ピンカートンが前もって探偵たちを配置するようなユニオン・パシフィック鉄道側の裏切り、パウワー判事やダグ・プレストン弁護士を信用するとしても、彼らがコントロールしようのないユニオン・パシッフックの叛意から身を守るためだったと見てよい。
また会談が決裂した時に、逃亡の時間を十分取ることができる地点、すなわち電信がないうえ、最寄の鉄道駅まで40マイル離れているロースト・ソルジャー峠という僻地をそんな理由で選んだのは間違いない。
丸腰でパウワー判事の事務所を訪れ、シェリフのパーリーには自分の拳銃とライフルを手渡したブッチがユニオン・パシフィック相手には臆病なくらい細心の注意を払っているのだ。ロースト・ソルジャー峠の会談には、立会い人として弁護士のダグ・プレストンと会社からニ人の幹部だけと指定した。会社側もブッチの条件をすべてのんだ。
会社幹部とダグは、充分な時間的ゆとりを持ってロースト・ソルジャー峠へ着くつもりで、早めに列車に乗り込んだ。先に峠に着いたのはブッチだった。会談場所の廃屋の周りを手抜かりなく散策したに違いない。ところが、約束の日になってもダグと会社の幹部等が現れなかったのだ。
ワイオミングの高原地帯は、晩春から夏にかけて異常な暑さに見舞われる。そして、大地が熱し切ったところへ北からの前線が降りてくると、電信柱を引っこ抜き、機関車を転がすようなハリケーンが発生する理想的な条件が揃うのだ。この初夏の嵐が、ブッチの更生への道を吹き飛ばした。
ダグとニ人の幹部は列車内で缶詰になり、時間を無為に費やし、一日遅れてほうほうの態でロースト・ソルジャー峠に着いたとき、ブッチは有名な書置きを残して立ち去った後だった。
「畜生め、プレストン。お前は裏切ったな。ここで一日待ったがお前は来なかった。ユニオン・パシフィックの連中に地獄へ落ちろと伝えろ。ついでにお前も連中と一緒に地獄に付いて行け」とブッチの感情があふれ出たリズム感溢れる手紙で、シーザーの名作、「我来り、我見たり、我征服したり」に勝るとも劣らぬ歴史的な名文だ……と私は思う。私の拙稚な訳より原文に目を通してもらえば直ぐにその良さ?ユニークさを分かってもらえるだろう。
"Damn you, Preston, you have
double-crossed me. I waited all day but you didn't show
up. Tell the U.P.* to go to
hell. And you can go with them"
* U.P.とはもちろんユニオン・パシフィックのことである。
…-つづく
第84回:史実と贋作

