■フロンティア時代のアンチヒーローたち 〜西部アウトロー列伝



佐野 草介
(さの そうすけ)



海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

■貿易風の吹く島から
〜カリブ海のヨットマンからの電子メール
[全157回]


第1回:いかにして西部劇狂になったか
第2回:ラストシーンで主人公が2人とも死ぬ西部劇
第3回:Butch Cassidy(ブッチ・キャサディ)
第4回:Butch Cassidy その2


■更新予定日:毎週木曜日

第5回:Butch Cassidy その3

更新日2006/11/02


話はパイオニアキャビンのことである。何事も体験すべきであるという単純かつ低次元のリアリズムに則り、1850年代、最初の入植者が建てたログキャビンに泊まった。ブッチが少年時代を過ごした家と同様のキャビンで一夜過ごすことができ、西部の開拓者の一端を体験できるならそれを逃す手はないではないか。

キャビンはこの土地に入植した初期のモルモン教徒が建てたもので、もちろん単純なワンルーム、三角屋根だ。ログはオリジナルだが、床板、屋根、窓枠、ドアは補修し、それ風につくり直してある。

アメリカ中西部の田舎町を旅して歩くと、街道筋やさびれた街中にアンティーク屋が多いのに驚かされる。いったい、この新しい国にどんなアンティークがあるかとそんな店を覗いてみると、ゴミ屋さんでも持って行かない古道具をアンティークと呼ぶらしい。加えて言えばアンティークと古道具、ジャンクの差は明確でない。

この歴史的キャビンも広大な西部のゆるやかな基準でいけば“歴史的に由緒あるパイオニアキャビン”ということになるが、この界隈によく見受けられる潰れかかった農家の物置小屋、家畜用の丸太小屋の範疇に入るものだ。


Mystic温泉の敷地内にあるパイオニアキャビン。
泊まるなら春か秋に限った方がよさそうだ。
夢とプロジェクトをいっぱい抱え、現状把握を得意として
いないオーナーは、こんなキャビンをいくつも並べて、
開拓村のような”リゾート”にする予定だそうだ。

これに旅客を泊めてお金を取ろうとする方も酔狂なら、興味本位で泊まる方も余ほどのすき者なのだ。

ドアを開けキャビンに一歩足を踏み入れるなり、閉めきった部屋のカビの臭いか、前の泊まり客のワキガ、足の臭いか、その両方が渾然一体となり発酵したものが鼻だけでなく目まで襲った。

どちらかといえば私は条件次第であっさりと清潔感を犠牲にできる方だが、それでもパイオニア風?のボロ布を積み上げただけのベッドに服を着たままでさえ潜り込むのに決断を要した。パイオニアキャビンを体験するには大幅な清潔感の譲歩と、寒さに強い体質を持たなくてはならない。そしてアレルギー体質の人間はパイオニアにはなれない。

温泉で充分温まらずにこのキャビンで夜を明かすことはできないだろう。暖房の類いは存在せず、第一電気さえない。加えて丸太の間に外の景色が見えるくらいの隙間があり、冷気が侵入してくる。ドアのたて付けも悪く横殴りの雨や雪のみをどうにか防ぎはするが、凍りついた外気を防ぐ役割は果たしていなかった。

そして床である。節穴がそこらじゅうにあり空気の循環に役立っている、だけならまだいいのだが、夜半ごそごそという物音に目がさめハリケーンランプを灯したところ、野鼠の家族が私たちの貴重な果物で正餐に及んでいるところだった。

5匹のネズミはユッタリとした足取りで、床に開いた節穴へと逃亡して行った。人間はネズミを嫌い、ネズミは人間を恐れるのが世の常識だと信じていたが、パイオニアネズミは人間を恐れず、まるでかくれんぼでもしているかのように節穴から鼻を突き出し、もういいかい、もう出て行って食事を続けてもいいかいと、こちらをうがっているのだ。

パイオニアキャビンでは動物(主にネズミだが)と共存する覚悟がなければ夜を過ごせないのだ。

翌朝、外界は真っ白に変わっていた。キャビンの窓も凍りつき、ベッドカバーも(ボロ布の寄せ集めのこと)首のところは私たちの吐く息が氷りゴワゴワになっていた。

学生時代、横浜の中華街近くに4畳半を借りて住んでいた。そこに私と同じ間取りの4畳半に親子4人で暮らしている家族がいた。狭いところに積み重なるように棲むのが得意(もちろん必要に迫られてのことではあるが)なのは何といっても香港人で、次は日本人、台湾人、インドネシア人、フィリピン人、あたりが2位を競い合っていると思っていたのだが、アメリカ開拓民も高いランキングにくい込めそうなのだ。この3.5メートル四方あるかないかのキャビンにパイオニア時代に11人が暮らしていたというのだ。ブッチのキャビンはもう少し大きめだったが、15人詰め込んでいたという。

キャビンを建てる土地はいくらでもあるのだ。どうして狭いキャビンに重なり合うようにして棲まなければならなかったのかという謎解きは簡単だ。ここはハイデザートの一端で大きな木が育たず、今セイバー川流域にあるコットンウッズ、ポプラなどは後に入植者が植林したもので、1800年代に大きな木はなかったのだ。

キャビンを造るような木は10,000フィート(約3,300メートル。およそ中西部の山では標高約8,000フィートまでセイジブッシュ、スクラッブオーク、常緑樹のジュネパー、そこから上に行くに従いアスペンが増え、10,000フィートでパンデロサパインなどの大きな松の木が支配的になり、12,000を越すと、瓦礫の岩山になる)以上の山から切り出さねばならなかった。また冬の暖を取るための燃料である薪や牛糞も限られていたのだろう。

もう一つの大きな謎、このように混み合ったワンルームキャビンでいったいどうやってパイオニアの夫婦は11人、13人もの子供の製作に励んだのだろうか? この問いはアウトローのテーマからかけ離れていくうえ、その方面探求にのめり込む可能性があるので不問とする。

-つづく

 

 

第6回:Butch Cassidy その4


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