■フロンティア時代のアンチヒーローたち 〜西部アウトロー列伝



佐野 草介
(さの そうすけ)



海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

■貿易風の吹く島から
〜カリブ海のヨットマンからの電子メール
[全157回]




第1回〜第50回までのバックナンバー

第51回:Butch Cassidy_キャスル・ゲイト その2
第52回:一つの鮮やかな成功は常にモノマネザルを呼ぶ
第53回:ミーカー銀行強盗の怪
第54回:マッカテ ィー一族 その1
第55回:マッカティー一族 その2


■更新予定日:毎週木曜日

第56回:マッカティー一族 その3

更新日2007/11/15



Farmers and Merchants Bank/1890年の外観と銀行の中。
この鉄格子は高さが7フィート(2.1m)あった。

銀行の共同経営者を即死させた後、ビルとフレッド親子はお金をかき集めシャツの胸のボタンをはずし、懐にお金を入れている、ということは盗んだお金を入れるためのバッグや袋のタグイは何も持ってこなかったのだ。二人が懐に入れたのは総額700ドルほどだった。

銀行と同じ建物に法律事務所が入っており、その裏口でトムは逃走用の馬を2頭曳きながら、待っていた。銃声を聞き、また余りに時間がかかり過ぎているので、業を煮やしていたに違いない。ようやく出てきた二人に、「早く馬に乗らんか、畜生め!」と悪態をついている。トムを先頭にビルとフレッドが裏通りを北に向かって駆け抜けようと馬を疾走させた。


殺されたアンドリュー・ブラッチェリー。
デルタのパイオニア博物館で、まるで名誉市民のように、
彼の大きな写真が飾ってある。

デルタの銀行強盗には、二人のキープレイヤーが登場する。父親の経営する写真館で働いていた、事件当時12歳のベン(Ben Laycock)と銀行の斜め向かいの金物屋 W.G.Simpson & Son商会の店員レイ(Ray Simpson)である。

レイは銀行からの銃声を耳にするや、即自分の44口径のシャープス単発ライフルを握り表に出た。3人組が丁度メインストリートと三番通りの交差点に差し掛かった時、レイはためらいなく引き金を引き、馬を走らせていたビルの後頭部を打ち抜き、もう一発をフレッドの背に打ち込んだのだった。シャープス44口径は銃身の長い、それだけ命中率の良いライフルだが、持ち歩きに不便な上、その当時でも古臭くなっていた単発式だった。


ビルが撃ち殺された地点。

余談だが、子供の頃、親父に連れられ猟に何度か出かけ、わらぶきの掘っ建て小屋に住んでいたアイヌの古老を訪れたことがある。そのアイヌの爺さんの鉄砲は銃身がえらく長い単発式だった。単発のライフルを構えた左手の指の間に弾を挟み、確か三つか四つの薬きょうを指の間に一発づつ挟んでいたように記憶している。一発打ち終わり、銃を折るようにして撃ち終わった薬莢を抜き、次の弾を込め、銃を構えるまで、一つのスムーズな、しかしとてつもなく素早い流れでやっていた。正確に何秒もしくはコンマ何秒か分からないが、親父が下手な連発式ライフルよりズッーと早いとしきりに感心していたものだ。単発式の弾の詰め替えは練習次第で、私たちが想像するよりかなり素早くできるものなのだ。

レイは優れた射撃の腕を持っていたに違いない。レイが銃を構えた地点から、最初にビルが撃たれたところまで、およそ80メートルあり、一発目はピタリと頭蓋骨を打ち抜いている。フレッドを射抜いた2発めはもう少し離れていたので故意に頭ではなく胴体を狙ったのだろう。フレッドは撃たれたまましばらく馬の背に居たが2番通りのハモンドの小屋のところで落馬した。これも即死だった。


レイ・シンプソンとその孫
レイがビルとフレッドを撃ち殺したシャープス 44。

3発目はトムの馬の後ろ足をとらえたが、彼の馬は走り続け、ガニソン川の中州に用意してあった、交換馬のリレー地点まで駆けたのだった。トムは弟と甥っ子を亡くし、自身危ういところを生き延びたのだ。だが、この事件以後、トムは二度とアウトローの歴史に顔を出すことがなかった。

トムは、彼の息子が持っていたトンプソン峡谷の牧場にしばらく身を寄せていたのは確実なのだが、彼の最後は諸説入り乱れていて、どこでどう死んだか分かっていない。晩年をユタ州のグリーンリバーでもう一人の息子、レンの元に居たとき、酒場で酒の上でのいざこざから殺されたと言うのが一説だ。しかし、義理の弟に当たるマット・ワーナーは、トムはモンタナ州のビッタールートで命を落としたと信じている。また、晩年をカルフォルニアで過ごしたとも言われている。

パール・ベイカーは、理論的?に推測すると、トムのお気に入りの息子レンがカルフォルニアに移住したのに同行し、そこで死んだとするのが自然だとしている。ウィルソン・ロックウェル(Wilson Rockwell)は、オレゴン州で家族と共に余生を送ったのではないかと書いている。

トムのように、根っからのアウトローで、酒乱、短腹、人を殺すことをなんとも思わないような男が50歳も半ばを過ぎてから更生し、静かな晩年を送ったとは想像しにくい。1896年の末まではブラウンズパークやグリーンリバーで目撃されているので、その後1897年から1898年の間に殺されたとみるのがもっともツジツマが合っているように思うのだが、どうだろうか。彼のような男が、ぴたりとアウトロー的活動を停止し、表面に出てこなくなったのは彼が死んだからだ、と推理するのがもっとも事実に近いと私は思っている。 

トムはメモワー(自叙伝)を書き、マット・ワーナーの父親の元へ送り、1898年に出版された。いつものように酔っ払いながら書いたのか、ペンが滑りがちで、年代、地名、人の名前まで取り違え、混乱しているので史料としての価値は低いとされている(McCarty's Own Story by Tom McCarty)。とは言え、この希少本を読もうと八方手を尽くしたが、未だに手にすることができないでいる。

事件後3年もたった1896年の秋に、レイ・シンプソンは一通の手紙をトム・マッカティーから受け取った。お前を殺してやる、という復讐宣言、脅かしの手紙だ。それに対し、豪気な金物屋のオッサン、レイは中央に銃弾が貫通した小さなカードをトムに送り返し、新しいウィンチェスター連発式ライフルを買ったので、このカードのように225フィートの距離からお前を打ち抜いてやると書き添えた…と、事件のエピローグをソルトレイクシティーの新聞が書きたてている。

-つづく

 

 

第57回:マッカティー一族 その4


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