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■フロンティア時代のアンチヒーローたち~西部女傑列伝 5
 

第18回:カルト・ケイト ~ブキャナン殺害と裁判の行方

更新日2017/10/05

 

1892年に、ローリンズの北9マイルのセイジブッシュの中で、銃で殺害されたとみられる人骨が発見された。首に巻かれたバンダナなどの遺留品から、この遺体はフランク・ブキャナンと見なされた。しかし、検死されることもなく、噂だけが広まった。その後、フランク・ブキャナンの消息はかき消されるようになくなった。ケイトとジェイムスを救うため、身を挺して果敢に銃撃戦を挑んだ若者フランク・ブキャナンは、権力とお金を操る大人の集団に負けたのだ。

公聴会、裁判の前から、ケイトの父親、ジェイムスの兄弟がワイオミングに滞在し、ケイトとジェイムスの名誉回復とリンチ組を裁くために、涙が血になるような悲嘆を抱えて動き回っている。牧畜男爵組織の圧力の下で、絶望的な八方塞がりの彼らの行動はギリシャ悲劇的だとさえいえる。

ケイトの父親、トマス・ワトソンの事件後、晩年は娘を惨殺された父親の悲劇的叙事詩と呼びたくなるほどだ。だが、彼の行動は、今回このコラム的読み物では取り上げないことにし、裁判の結果だけを追って行こうと思う。

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ケイトの両親、父親トマスと母親フランシス・ワトソン

ラルフが死に、今フランク・ブキャナンが消えたとなると、検察側は飛車角抜きで裁判を争わなくてはならない羽目に陥った。おまけに二人の少年も証人として出廷していない。

それでも検察側はよくやったと思う。検事はデイヴィッド・クレイグ(David H. Craig)、ハワード(H. H. Howard)、それにプレストン(D. A. Preston)。リンチ組の弁護団はコレット、レイナー、デキソン(J. R. Dixon)。そして、判事はサムエル・T・コーン(Samuel T. Corn)だった。陪審員も慎重に選ばれたと言ってよい。しかし、カーボン郡内で白紙状態の人間などいるはずもなく、住民は牧畜男爵組か貧しいホームスステッド組(ケイトとジェイムスの)にはっきりと色分けされており、中間の立場など許されない状況だった。

すべてが牧畜男爵組の圧力下にある中で、おまけに判事(裁判長)自身が、牧畜男爵組の色を帯びてる中で、検事デイヴィッド・クレイグは絶望的な戦いを挑んだ。

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検事長のデイヴィッド・クレイグ。
周囲は敵だらけの状況で、クレイグは精力的に戦った。 ケイトとジェイムスのリンチ事件を通じて、
彼のような人物がワイオミング、カーボン郡にいたことに救いを感じる。
一方で、クレイグがスコットランド系だから、同じスコットランド系のケイトに
思い入れが強かったと…矮小化する論評もある。
<カーボン郡歴史博物館蔵>

リンチ組の罪状を“殺人”(murder, homicide) ではなく、最初から“過失致死”(manslaughter)としたことに、判事がリンチ事件をどう見ていたかを窺い知ることができる。首に縄を掛けて木に吊るせば、死ぬのは当たり前だし、初めから殺すつもりで吊るしているのだが、判事は巧みに罪状を“過失致死”(manslaughter)に置き換えているのだ。これは万が一陪審員が有罪の評決を下したとしても、判事は自分の権限で、過失致死の範囲で刑罰を短い執行猶予付きの禁固刑を言い渡すことができるためだ。

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裁判官のサミュエル・T・コーン(Samuel T. Corn)
<ワイオミング州立博物館蔵>

裁判が中立でなければならないというのは幻想だ。幻想と言って悪ければ、小中学生的理想だ。

最近、オー・ジェイ・シンプソン(O.J. Simpson)の8時間に及ぶドキュメンタリー・フィルムを観た。アメリカンフットボールのスーパースターであり、引退後もハリウッド映画に出演し、セレブリティーだった彼が、妻と愛人の二人を惨殺した事件の裁判はCNNが生中継し、全米を沸かせた。と言っても、その時、私たちはプエルトリコで水上生活をしていたので、全くテレビを観ることができなかったし、事件も裁判も月遅れならず、年遅れで耳にしたのだが…。

オー・ジェイ・シンプソンの弁護団は、証人の語る証言そのものではなく、証人になった人物の信頼感、信憑性を崩し、検察の証人潰し、事件を人種問題に履き替えることで、陪審員の心情に訴え、無罪を勝ち取っている。この事件の数年前に起こったロドニー・キング事件(黒人のロドニー・キングを白人警官が、寄って集って警棒で滅多打ちにしているショッキングな映像が全世界に流れ、暴力を振るった警察官が裁判にかけられたが、全員無罪になった)の復讐劇がオー・ジェイ・シンプソン裁判だった。彼が殺したことは明白なのだが、陪審員の心情は殺人罪を離れ、人種問題として対応したのだ。弁護団の巧みなすり替えと心理操作の勝利と言い切ってよいだろう。

ケイトとジェイムスのリンチ事件も、ワイオミングの牧畜産業が生き延びるために、テキサスの肉牛産業、大牧場と対抗していくにも、牛泥棒を放っておくわけにはいかない、州民全員の死活問題だと演繹された。ケイトとジェイムスが違法な肉牛を取引していたと、彼らに濡れ衣を着せることなど、末梢ごとだった。テキサスの大牧場主達に打ち克つにはワイオミングも牧畜男爵のシンジケートを強化するしかない。小さな開拓者牧場主がいくら集まっても、テキサスそして東部の食肉産業に太刀打ちできないと、リンチ事件を牧畜産業全体の問題にすり替えたのだ。おまけに、ワイオミングは事件の2年前、大寒波で大打撃を受けており、その翌年も牛肉の価格が激的に下降し、ワイオミングの住人の多くが自分の生活に危機感を持っていた。それがワイオミング州のジョンソン郡の戦争に繋がっていくのだが…。

-…つづく

 

 

第19回:カルト・ケイト ~証拠不十分で全員無罪となるが…

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佐野 草介
(さの そうすけ)
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海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

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第1回:カルト・ケイト
~カナダ生まれの気骨ある女傑
第2回:カルト・ケイト
~結婚と破綻、そしてワイオミングへ

第3回:カルト・ケイト
~ジェイムス・アヴェレルとの出会い
第4回:カルト・ケイト
~アンチ牧畜男爵的思想の芽生え
第5回:カルト・ケイト
~大牧場で富を独占していた牧畜男爵
第6回:カルト・ケイト
~牧畜捜査官ジョージ・ヘンダーソン

第7回:カルト・ケイト
~仕組まれたリンチ総決起集会
第8回:カルト・ケイト
~牛泥棒と決め付けられリンチへ

第9回:カルト・ケイト
~ジェイムスも一緒に連行される
 
第10回:カルト・ケイト
~大木に吊るされた二人

第11回:カルト・ケイト
~リンチの報道合戦始まる
第12回:カルト・ケイト
~用意されていた新聞記事?!

第13回:カルト・ケイト
~混同された二人のケイト

第14回:カルト・ケイト
~全米に知れ渡ったダブルリンチ事件

第15回:カルト・ケイト
~検死官ベネットの見解

第16回:カルト・ケイト
~ジェイムスの甥、ラルフの死

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