のらり 大好評連載中   
 
■フロンティア時代のアンチヒーローたち~西部女傑列伝 5
 

第24回:カトル・ケイト ~ロバート・コナー

更新日2017/11/16

 

ロバート・コナーは、東部のペンシルバニア州で1849年に生まれた。州内で引っ越しを繰り返した末、マウチ・チャンクという町に腰を落ち着け、そこからコネチカットにある高名な私立の全寮制の学校に入れられているから、親は相当裕福だっただろうし、彼自身もそれなりの教養を身に付けていたことだろう。彼は東部、ニューイングランド的な話し方、口調を生涯持ち続けた。この一種気取った態度はボスウェルと共通していたかもしれない。

しばらくの間、ペンシルバニアの鉄道で働いていたことは分かっているが、1880年前後にワイオミングに現れるまで、どこで何をしていたかは知られていない。ワイオミングに来たのも“若者よ、西部へ行け”式の熱風に当てられてのことだろう。記録に残っているのは、ホースクリークの土地を1881年に登記しているのが最初だ。水場のスィートウォーター川沿いは、すでにホームステッダーに振り分けられ、コナーはやむなく5マイル下のホースクリーク沿いに小屋を建て、多くの開拓民と同じように牧畜業を始めた。

アメリカに遅れてきた移民、イタリア系がマフィアに走ったように、資本を持たず、遅れてきたワイオミング移住開拓民は水場に恵まれない荒地をあてがわれ、辛酸を舐めなければならなかった。唯一、牧草地を広げ牛を増やす方法は、法のギリギリ、限界スレスレのところで、暴力をもって勝負することだった。

コナー自身が荒くれた西部の男になっていたかは分からないが、弁舌だけは立った。彼は周囲の土地を徐々に広げていった。だが、牛はうまくいっても1年に一度出産するだけだから、急激に増えるというものではない。一つだけ確実に増やす方法は、牛を盗んでくることだ。

コナーは南ワイオミングで名の知れた牛泥棒オードウェイ(Ordwayとしか分かっていない)を雇ったのだ。フリーレンジに放牧中の、まだ焼印、ブランドの押していない牛、ブランドがボヤケはっきりと押されていない牛を巧みに集めたのだ(盗んだ)。

おまけに、周囲にはイギリス人や東部の大富豪が持つ大牧場があり、持ち主は滅多に顔を見せず、管理人、牧童頭にすべてを預けっ放しにしていたから、彼らに何がしかを掴ませ、公然と牛をロバートの牧場に移動させることができたのだ。大牧場にいる何千頭から数十頭かすめたところで、オーナーに分かるはずがない、蚊に刺されたほどの痛み、痒みも与えない…というところだろう。

そして、犯罪はエスカレートするものだ。数頭に始まり、数十頭、それが上首尾に終わるや次は数百頭になり、仕舞には千頭単位の牛が盗まれ、運ばれ、列車に積み込まれるに至って、被害者の牧場主たちも連盟で対策に乗り出したのだ。とりわけ被害の多かったグース・ネック牧場はコナーのところからほんの20数マイルしか離れておらず、一日のカトルドライブ(牛追い)で移動させることができる距離なのだ。 

ロバート・コナーは牛泥棒を操り、盗んだ牛を巧みに売りさばくことで財を成していったと言い切ってもよいと思う。泥棒からモノを盗むのは安全なようでいて、存外難しい。なにせ泥棒自身が相手の手口をよく知っているからだ。そして、牛泥棒も盗んできた牛が第三者に盗られないよう細心の注意を払うし、周囲に疑いの目を配る。

ロバート・コナーとジョン・ダブリンが、大規模な牛泥棒シンジケートの元締め的存在であったことは間違いない。大犯罪者がスケープゴートとして小者に罪を着せるのはよくあることだ。おまけに、アイツラはこんなに犯罪を重ねているとばかり、告発の急先鋒になることで、自分の犯行の隠れ蓑にしてしまうのだ。加えて、マフィア、ヤクザ的な縄張り意識があったのだろう。俺のシマを荒らす奴は許せないといったところだろうか。

コナーがケイトとジェイムスのリンチに加わったのは多分にそんな心理が働いていたと思える。牛泥棒…というだけなら、コナーとジョン・ダブリンが本筋で、何千頭という牛を盗んでいたのだ。それに引き換え、ケイトとジェイムスが過去も含めて一頭でも牛を盗んでいた事実はない。

ケイトとジェイムスのリンチ裁判でお咎めなしの判決が下るやいなや、コナーは彼の牧場を売り払い、東部の故郷であるペンシルバニアのマウチ・チャンクに戻っている。コナーの変わり身は見事だった。大規模な牛泥棒で財をなしていた上、次々と広げていった牧場が高値で売れ、ほとんど億万長者、成金になったのだ。東部に越してしまえば、彼がリンチに関わったことなど知る者はいない。ましてや、牛泥棒大シンジケートの裏の立役者としての追及を逃れることもできるからだった。

もう一つ、コナーがそんなに急いでワイオミング領域を離れたのは、ジェイムスの甥っ子、裁判で有力な証人になるはずだったラルフ・コールを薬殺した嫌疑から逃れるためだったのではないか…と想像する。

故郷に帰ってからのロバート・コナーは180度人が変わった。それが自分が犯してきた数々の罪を悔いてのことかどうか分からないにしろ、まるで違う人間のようなのだ。故郷の町マウチ・チャンクで、彼は敬虔なクリスチャンであり、困っている人、貧乏人を助け、死後にはそのような人たちのための基金を設ける財を残してさえいるのだ。彼は町中の尊敬を集め、彼が歩くと教会が頭を下げるとさえ言われた。

1921年9月13日に72歳でなくなるまで、チャリティーに出し惜しみをしない金満家を絵に描いたような生活を送った。

-…つづく

 

 

第25回:カトル・ケイト ~ジョン・ヘンリー・ダブリン

このコラムの感想を書く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


佐野 草介
(さの そうすけ)
著者にメールを送る

海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

■フロンティア時代のアンチヒーローたち
~西部女傑列伝 4
[全7回]

■フロンティア時代のアンチヒーローたち
~西部女傑列伝 3
[全7回]

■フロンティア時代のアンチヒーローたち
~西部女傑列伝 2
[全39回]

■フロンティア時代のアンチヒーローたち
~西部女傑列伝 1
[全39回]

■フロンティア時代のアンチヒーローたち
~西部アウトロー列伝 Part5
[全146回]

■フロンティア時代のアンチヒーローたち
~西部アウトロー列伝 Part4
[全82回]

■フロンティア時代のアンチヒーローたち
~西部アウトロー列伝 Part3
[全43回]

■フロンティア時代のアンチヒーローたち
~西部アウトロー列伝 Part2
[全18回]

■フロンティア時代のアンチヒーローたち
~西部アウトロー列伝
[全151回]

■貿易風の吹く島から
~カリブ海のヨットマンからの電子メール
[全157回]

バックナンバー
第1回:カトル・ケイト
~カナダ生まれの気骨ある女傑
第2回:カトル・ケイト
~結婚と破綻、そしてワイオミングへ

第3回:カトル・ケイト
~ジェイムス・アヴェレルとの出会い
第4回:カトル・ケイト
~アンチ牧畜男爵的思想の芽生え
第5回:カトル・ケイト
~大牧場で富を独占していた牧畜男爵
第6回:カトル・ケイト
~牧畜捜査官ジョージ・ヘンダーソン

第7回:カトル・ケイト
~仕組まれたリンチ総決起集会
第8回:カトル・ケイト
~牛泥棒と決め付けられリンチへ

第9回:カトル・ケイト
~ジェイムスも一緒に連行される
 
第10回:カトル・ケイト
~大木に吊るされた二人

第11回:カトル・ケイト
~リンチの報道合戦始まる
第12回:カトル・ケイト
~用意されていた新聞記事?!

第13回:カトル・ケイト
~混同された二人のケイト

第14回:カトル・ケイト
~全米に知れ渡ったダブルリンチ事件

第15回:カトル・ケイト
~検死官ベネットの見解

第16回:カトル・ケイト
~ジェイムスの甥、ラルフの死

第18回:カトル・ケイト
~ブキャナン殺害と裁判の行方

第19回:カトル・ケイト
~証拠不十分で全員無罪となるが…

第20回:カトル・ケイト
~アルバート・ボスウェル その1

第21回:カトル・ケイト
~アルバート・ボスウェル その2

第22回:カトル・ケイト
~トム・サン その1

第23回:カトル・ケイト
~トム・サン その2

■更新予定日:毎週木曜日



  TOP-トップページ》 《コラム一覧 》 《のらりインタビュー》 《コラム・バックナンバー
……………………………………現在連載コラム……………………………………
新・汽車旅日記 】 【店主の分け前 】 【フロンティア時代のアンチヒーローたち ~西部女傑列伝5
 【亜米利加よもやま通信 】 【ひとつひとつの確かさ 】 【よりみち
………………………………掲載完了イチオシコラム………………………………
[拳銃家業 ] [貿易風の吹く島から ] [ くらり、スペイン ] [グレートプレーンズのそよ風 ]  
  [フロンティア時代のアンチヒーローたち ]

   

このサイトに関するご意見・ご感想・お問い合わせはこちらまで。
Copyrights 2017 Norari