■くらり、スペイン~移住を選んだ12人のアミーガたち、の巻

湯川カナ
(ゆかわ・かな)


1973年、長崎生まれ。受験戦争→学生起業→Yahoo! JAPAN第一号サーファーと、お調子者系ベビーブーマー人生まっしぐら。のはずが、ITバブル長者のチャンスもフイにして、「太陽が呼んでいた」とウソぶきながらスペインへ移住。昼からワイン飲んでシエスタする、スロウな生活実践中。ほぼ日刊イトイ新聞の連載もよろしく!
著書『カナ式ラテン生活』。


第1回: はじめまして。
第2回: 愛の人。(前編)

■更新予定日:毎週木曜日

第3回: 愛のひと。(後編)

更新日2002/05/09 

アミーガ・データ
HN: MIHO
恋しい日本のもの:
『親と友だち』『洋服の質の良さ』『信頼できるシステム』

その日も仲良しのナオミと歩いていると、男性3人組に声を掛けられた。いわゆる、よくあるナンパ。ただ、よくある話じゃないのが、彼らがパトロール中の警察官だったこと。こうして知り合ったミゲルと気が合い、翌週には一緒に住みはじめた。「やっぱりスペインに残る」 そう言った彼女に、両親は猛反対をした。

日本に帰って来いという両親を説得に、ミゲルとともに日本へ。最初はかたくなだった両親も、実際に彼と会って、交際を認めてくれた。再びスペインに帰る前、両親がそれぞれに渡した短い手紙がある。「ミゲルはMIHOを大事にすること」「MIHOはミゲルを大事にすること」 将来ふたりが迎える結婚生活でのアドバイスを示す、3ヶ条。両親の思いがぎゅっと詰まったこの手紙を、彼女はいまでも大切に保管している。

同居生活が1年半ほどして結婚の話も具体的になった頃、妊娠がわかる。時刻は午前6時。彼女から妊娠を告げられたミゲルは、取るものも取り敢えず実家に電話したという。「ママ! どうしよう! 一大事なんだ!!」 実は、スペイン男性は一概に超マザコンなのだった。彼の困惑ぶりとは相反して、ママは「良かったじゃない。それより私はMIHOが喧嘩して日本に帰っちゃったかと思って心配しちゃったわ」と、大喜び。こうして彼女は皆に祝福される中、スペインで結婚、出産を迎えた。


ミゲルの転勤により、出産から2年あまり、一家はアフリカ沖に浮かぶ常春の島・カナリア諸島で過ごす。再び転勤でマドリードに越してきたのは99年秋、たまたま私がスペインへ来たのとほぼ同じ時期だった。インターネットを通じて知り合ったMIHOとはじめて会ったとき、彼女はベビーカーにYちゃんを乗せていた。大きな目をふちどるまつげが長くて、髪はくるくるの巻き毛。まだ歩きはじめたばかりのYちゃんを見て、「こんな天使みたいな子がいるんだ!」と感動したことをよく覚えている。

 そのころはきゃあきゃあ泣くだけだったYちゃんが、いまや、2ヶ国語をちゃんと使い分ける。パパとスペイン語で話していたことを、ママや私に日本語で訳してくれたりする。「もう、全然かなわないよ。発音なんかほとんど完璧だし。私のスペイン語の発音、訂正されるもん。ちょっと悔しい」 本気で悔しそうな顔をした。


いま彼女は、子育てを通して、スペインや日本の社会を見ることが多い。たとえばスペインでは誰もが子どもに優しい。目が合ったら必ず微笑んでくれ、ごく自然に相手をしてくれる。「スペインで子育てして、100%良かったと思う」 社会に愛されて育つからか、たしかにスペインの子どもたちは表情がいきいきしている。

一方、たまに日本に帰ると、社会が子どもに冷たいことに驚くという。大人と目が合っても無視される、ベビーカーを押していても助けてくれない、レストランなど子ども連れでは入りにくいところが多い、同じ歳の子どもを持つ親はよその子を褒めない……。「その方が、独立は早いんだろうけど。逆にスペインは社会が子どもに温かいから、いつまでも甘えてるもんね」 そう、それで超マザコン男が多い、という結論になる。


現在の彼女のいちばんの課題は、「子どもにコンプレックスを持たせないようにすること」。東洋人に対して陰湿な差別はあまりないスペインだが、差別とも気づかずに「チーノ!」(中国人)とはやしたてる子どももいる。先日もまだ3歳のYちゃんに向かって、女子高校生たちがふざけてはやしたてたという。

そういうとき、彼女はちゃんと怒る。泣き寝入りはしない。ちゃんと真剣に相手にぶつかる。ついつい愛想笑いでその場を逃れようとしがちな私には、彼女のそんな愛溢れる行動が、とても眩しい。いつ変わったのか、Yちゃんの誕生がきっかけなのかわからないが、いまの彼女は決して「嫌な女」ではない。こころを大きく開いてみんなを愛し、みんなに愛される存在だ。

彼女がスペインに対して抱くイメージは『実はまじめ』『どこまでも広がる青空』『フラメンコや闘牛じゃないけど情熱』なのだそうだが、これらは私から見た彼女のイメージでもある。付け加えると、真っ赤に燃える太陽。

きっとそれは、Yちゃんにもしっかり伝わっているだろう。Yちゃんが将来、「私のママ、日本人なの。かっこいいんだよ。いいでしょう?」と友人に自慢する日が、必ず来ると信じている。

 

 

第4回: 自らを助くるもの(前編)