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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第468回:戦艦大和と呉市電 - 呉線 呉~海田市 -

更新日2013/04/25


呉駅から大和ミュージアムまでは約500m。徒歩で7分ほどだろうか。早足で歩き、高架歩道からショッピングモールに突入。両側の店舗を横目にしつつ、建物の反対側に出た。そこで携帯電話に着信。鉄道ゲームソフトの販売元からだった。次回作の知らせと、攻略本の仕事の依頼であった。快く引き受ける。その原稿料が次の旅の資金になる。歩きながらの会話と喜びで荒い息になった。


左から呉桟橋ターミナル、大和ミュージアム、海上自衛隊呉史料館

正面に大和ミュージアムがある。正式名称は呉市海軍歴史科学館である。公式サイトによると、オススメ見学コースの最短は2時間30分。私にはそれだけの時間はない。このエリアには大和ミュージアムの他に、海上自衛隊呉史料館もある。潜水艦専門の展示があり、屋外には実物の潜水艦『あきしお』が鎮座している。あれも見たいけれど、今回は無理だ。

チケットを買い、案内図をもらって見学場所を選ぶ。まずは10分の1の戦艦大和へ。本物の図面から作られた精巧な模型である。これを見なければ来た意味がない。ゆっくりと大和の廻りを歩いた。いまさら説明の必要もない、世界一の巨大戦艦である。ただし、私が大和を知ったきっかけは、戦記ではなく、アニメの宇宙戦艦ヤマトだった。ここの大和は実物がモチーフだから、艦首に波動砲がない。当然のことだ。しかし、ちょっと寂しい。


戦艦大和10分の1モデル

続く1階の展示室へ。大和ミュージアムというから戦艦や第二次大戦の艦隊、戦史に関する展示ばかりだと思っていたら、呉市の歴史に関する展示も多い。正式名称からすればこれも当然。私には戦史より郷土史のほうが興味深い。明治時代に鎮守府が置かれたところだから、呉市と海軍の結びつきに関する展示が多かった。戦後はいったん衰退するものの、造船と戦時技術の平和利用で再興した……という流れであった。

その中でも呉市電の展示は僥倖であった。官営鉄道が海田市から呉までの開通した6年後、呉市電の開業は1909(明治42)年だった。実は広島市よりも3年早く、広島県で最初の路面電車だったという。ただし、説明書きの次の行が「昭和42年に役割を終えた」である。説明があっさりしすぎていて物足りない。


呉市電の模型もあった

呉市電は、民間資本で建設され、呉停車場前からメインストリートを走るルートで開業。その後も東西方向へ延伸した。西は呉線の川原石までの短い区間に留まった。しかし東側は呉超峠の向こうへ続き、広駅付近から南下して海沿いの町、長浜に至った。広にも海軍工廠があった。

地図を見ると、呉と広を隔てる休山半島の北側を幅広の道路が通じている。その中央分離帯が線路跡なのだろう。呉市電の総延長は11.3kmだったという。広海軍工廠は現在、王子製紙の工場になっている。ダンボールや茶封筒の原料となるクラフト紙で全国シェア1位になっている。

呉市電が廃止された昭和42年は私が生まれた年だ。東京都電の大規模な廃止が始まっていた時期である。呉の路面電車もまた、自動車交通に追い出されたようだ。重工業の土地だから、大型トラックやトレーラーにとって邪魔者とされた。そして同年7月、集中豪雨による線路被災があり、そのまま廃止となった。山越えの路面電車が、いまも残っていたらよい風景になっただろう。残念である。

大型資料展示室には呉海軍工廠が開発した特攻魚雷『回天』や広海軍工廠の功績であるゼロ戦の実物が展示されている。海龍という小型潜水艦の形がいい。戦争はよくないけれど、戦うというシンプルな目的のために、研ぎ澄まされた潔さがある。それはただ走るために作られた蒸気機関車の無骨さにも通じる。

早足が過ぎたようで、ひと通り回って少し時間が余ってしまった。足を休ませるために、シアタールームに着座して映画を見る。戦艦大和製造の経緯や、戦後の呉の造船技術が旅客機など、現代の最新技術に活かされていると紹介される。道半ばに散った戦艦大和への哀悼のようでもあった。

近年、戦艦大和の残骸が海底で発見された。船体は第二主砲付近で折れており、艦橋は粉々に散っていたという。宇宙戦艦ヤマトが発進するときのように、きれいな形では残っていなかった。多くのヤマトファンががっかりしたことだろう。その海底の情景も展示室に再現されていた。


ふたたび呉線で広島へ

映画が終わると、予定した電車の発車20分前だった。私はまた早足で高架歩道を歩き、呉駅に戻った。17時47分発の広島行きは、旅行鞄を持つ私が乗車をためらうほどの混雑だった。夕方の帰宅ラッシュ時間帯である。広島に勤める人だけではなく、広島から呉の工場に通勤する人もいる。疲れた表情の人々と、ドア付近に立つ。

たぶん私も疲れた表情をしているだろう。しかし私は気を抜くわけにはいかない。海田市までは未乗区間である。幸いにも海側の扉の窓から景色が見える。小さなトンネルをいくつか通り過ぎつつ、ほとんどが海に沿う線路であった。呉ポートピアという駅がある。

市民公園の最寄り駅というだけだと思いつつ調べてみると、ここに呉市電の車両が保存されているようだ。知らなかった。そして、いま降りてしまえば、帰りのサンライズに間に合わない。いまはもう、見過ごすしかないのだ。宇宙戦艦ヤマトの沖田艦長が、地球に向かう遊星爆弾を発見しても手を出せない。そんなもどかしさであった。


瀬野川を渡れば海田市駅

-…つづく

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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

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