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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第451回:絶景と信号場 - 高山本線 高山~岐阜 -

更新日2012/12/20



4時間は長いようで短かかった。飛騨牛カレーにしようか、飛騨牛ステーキ、それとも飛騨牛ハンバーグ……迷う暇もなければ食べる暇もなかった。悔しいから駅弁は『飛騨牛入りほう葉みそ弁当』を買った。厚みのある箱でたくさん食べられそうだと思ったら、下半分は加熱装置だ。


美濃太田行きで列車旅を再開

特急ワイドビューひだ14号を見送って、14時48分発の美濃太田行き普通列車に乗る。ディーゼルカーのキハ48。向かい合わせの席を陣取って弁当を加熱。透明なフタが水蒸気で曇り、味噌のいい香りがする。飛騨牛は3切れ。山菜がたっぷり。カロリーを気にする私にはちょうどいい。

食事をしながらの車窓は市街地。ちょっとだけ宮川に寄り添って飛騨一ノ宮。1日平均の乗降客は数十人の駅だが、南側に飛騨国の一宮、水無神社があって、初詣や祭礼では臨時職員も配置されるほど賑わうという。線路の北側、線路際には臥龍桜があって、開花時期はライトアップも実施するという。車窓から見えるだろうか。その時期にもう一度訪ねてみたい。


飛騨牛入りほう葉味噌弁当

左にカーブして宮川を渡る。これで宮川とお別れだ。分水嶺の長いトンネルを出ると、川の流れが列車の進行方向になった。川に沿い、対岸に渡り、また渡りなおして久々野に着く。下り列車と交換した。ここは飛騨川と支流が交わるところで、一宮へ向かう峠の宿として栄えたと思われる。特急も一部の列車が停車する。


宮川とお別れ

トンネルのこちらも春の陽気だ。山肌に雪がない。満腹で列車に揺られ、窓から陽光が降り注ぐ。天の恵をありがたく頂いて、しばしまどろむ至福のとき。飛騨川に車窓も変化に富んで楽しい。しかし眠い。渚駅。なぜこんな山の中に渚だろうか。飛騨川の水運に関係があるのかな。そういえば渚あられって旨いな……。思考が散っている。


トンネルの先は飛騨川水系

この暖かさは車内だけではないようだ。飛騨萩原駅のホームに女学生がたくさん並び、アイスクリームを舐めている。こちらの車両にもお客が増えて立ち客もいる。私のボックス席は相席となった。次の禅昌寺駅を出たところで、ついに桜が咲いていた。山の向こうの臥龍桜も、もう少しで開花だったかもしれない。

下呂駅でどっとお客さんが降りた。でも立ち客が消えた程度で座席は埋まっている。暖房と人のぬくもりで、ますます暖かい。むしろ暑い。どんどん眠くなってくる。白川口という駅に停まった。合掌造りの白川郷の入り口かと思ったらそうではなく、このあたりが白川という。


飛水峡信号場で特急と交換

このあたりで私はぬくもりに耐えられなくなった。席を立ち運転席の背後に立つ。頭が少し涼しくなる。前方を見ていると信号場があって、特急がこちらを待っていた。時刻表から類推すると、ワイドビューひだ15号らしい。

高山本線は信号場が多く、下呂から美濃太田までの間に四つもある。人口の少ない谷間に線路を敷き、駅を作るまでもなく、しかし運行本数を増やしたい。だから列車のすれ違いのための設備が必要になる。長編成に対応した長い線路で、おそらく全盛期の貨物列車に対応したからだろう。今でも全て使っているのだろうか。


高山本線の絶景、飛水峡

信号場の先の景色、細い川の両岸をゴツゴツとした岩が挟む。対岸の崖に飛水峡と書いてあった。寝覚の床のような風景だが、平らな岩はない。岩場のところどころに虫食いのような穴がある。川に運ばれた小さな岩が当たり、小さなひび割れにはまってくるくると回り、円形に削っていく。これを甌穴(おうけつ)というそうだ。自然の彫刻が作った絶景。立ち止まってゆっくり見たい景色である。さっきの信号場の名前は飛水峡信号場。駅にして、観光シーズンだけでも乗降できたらいいのにと思う。


中川辺駅の桜が咲いていた

速度は上昇しているけれど、列車のディーゼル音は小さくなっている。下り勾配が続いている。上麻生駅、下麻生駅と停車し、空が広くなっていく。中川辺駅の桜は満開で、その景色が眠気を解いてくれた。


美濃太田駅に到着

美濃太田到着は17時07分。この列車の終点である。ここから普通列車を乗り継ごうとすれば、20分後に岐阜行きがある。その列車は18時04分に岐阜に着く。しかし、そこから東海道線の各駅停車を乗り継ぐと三島で終電となってしまう。東京に辿りつけない。大多線に乗って中央本線で名古屋に出てもだめ。今日のうちに東京に着くならば、岐阜発17時46分が最終である。


ここからはここで特急を使わないと帰れない

そこで奥の手を使う。美濃太田駅を17時15分に発車する特急ワイドビューひだ16号に乗れば、岐阜に17時36分に着き、17時46分発に間に合う。たった27.3kmの特急乗車。青春18きっぷでは乗れないから、いったん改札を出てきっぷを買った。乗車券と自由席特急券で790円だった。東海道線の途中で新幹線こだま号を使うよりずっと安い。


一瞬だけ特急の旅

リクライニングシートの心地よさと、大きな窓からの眺望を21分だけ楽しむ。高山本線の旅の締めくくりだけど、今日の日程はまだまだ終わらない。ここから東京まで約400km、6時間以上の各駅停車の旅が始まる。夜行バスで始まって、さすがにこの行軍はキツイ。そろそろ青春18きっぷの旅を卒業する時期になったようだ。

第451回の行程地図

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2012年04月10日の新規乗車線区
JR:189.2Km
私鉄: 0.0Km

累計乗車線区(達成率)
JR(JNR):19,126.3Km (85.18%)
私鉄: 5,866.7km (82.93%)

 

 

 

 

 

 

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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

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■鉄道ニュース(レポーター)
マイナビニュース
ライフ>> 「鉄道」
発行:マイナビ

■著書

『A列車で行こう9 Version2.0 プロフェッショナル 公式ガイドブック』 杉山淳一著(株式会社(エンターブレイン)

http://www.a-train9.jp/professional/


『A列車で行こう9 公式エキスパートガイドブック』
杉山 淳一著(株式会社エンターブレイン)





『もっと知ればさらに面白い鉄道雑学256』
杉山 淳一 著(リイド文庫)





『知れば知るほど面白い鉄道雑学157』
杉山 淳一 著(リイド文庫)


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