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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第562回:喪失 - 女川港 -

更新日2015/09/10


代行バスの女川駅に着いた。だけど本当はここがどこかわからない。私が7年前に訪れた女川駅は港の近くにあり、構内には赤い気動車が保存してあった。ホームから改札口へ降りる階段に水色の線があって、1960(昭和35)年チリ地震の大津波の高さを示していた。あの時、まさかこれより大きな津波が町を襲うとは誰も思っていなかっただろう。

その女川駅があった場所に行きたい。携帯端末で地図を表示した。GPS機能で現在位置がわかる。拡大すると、女川駅の場所も見つかった。オンライン地図サービスは被災前の情報で更新されていなかった。いや、建物の表示がないから、あえて駅の場所だけを残したかもしれない。


とりあえずこの道を歩く……

私は携帯端末の地図を頼りに歩いてみた。ここは丘の上。すぐに下り坂になる。しかし前方を見ると、平地へ降りる途中で通行止めになっているようだ。いや、もしかしたら直角の道かもしれない。近づいてみる。やはり通行止めだった。砂利道はある。ただし通行は工事用車両に限られており、人が歩く用途は想定されていない風景だ。

見上げれば、広大な造成地があった。駅はない。建物もない。だから、私はこの時、未知の場所に来たと思った。違う道を降りてきたのだろうか。しかし携帯端末の地図は、前方に女川駅の位置を赤く示していた。現実は更地。列車の姿はなく、重機がけだるそうに動いている。女川は変わってしまった。いや、変わったではない。消えた。


通行止めの柵の向こうは入りづらい雰囲気

私の知る風景は、忽然と姿を消していた。呆然と立ち尽くす、という言葉の意味がわかった気がする。なんなんだこれは。私は7年前の女川の街並みを思い出そうとした。ふだんは旅先の町を思い出さないけれど、今回は断片的に浮かんできた。駅前には小さな広場があって、そこから商店街があって、雑居ビルもいくつかあったと思う。港へ向かっていくと飲み屋や定食屋が増えてくる。

スナックばかり寄り添う一角、1軒の扉に空き家の貼り紙。きっとこんなところに流れ着いた女が店を借り、いつしか船乗りの常連の溜まり場になる。そこに流れ着いた男が現れ、騒動が起きる。流れ者はもちろん高倉健だ。そんな物語を妄想できる一角もあった。あった……あった……あった。すべては過去形だ。私の目の前にはなにもない。広大な造成地があるだけだ。


女川駅の方向を眺めた

旅立つ前、被災地の現場に立ったら、私はどんな気持ちになるだろうと考えた。恐ろしさに震えるか、自然に対する怒りに拳を握るか。喪失感に腰を抜かして慟哭するか。実際に来てみたら、どれも違った。新しい景色を見たと平静でいられた。それはたぶん、瓦礫がすっかり片付いていたから。この街の人々の悲しみや怒りの籠もった物体がなかった。きれいに片付いた、なにもない造成地。町が消えた、という虚無感があるだけだった。

旧女川駅のあたりは造成地の真ん中である。徒歩で入り込めるような場所ではない。だから駅はあきらめて港へ行く。港の景色も覚えている。荷揚げが終わった昼下がり。岸壁に漁船が佇み、背後にはマリンパル女川という建物があった。見学施設と土産屋だったけれど、魚介が苦手な私は早々に退散した……。


中学校のそばの石碑

私は引き返して坂を上った。ふたたび高台。今度は、いまある道を辿ってみた。中学校の敷地の横を通り抜ける。今日は入学式のようだ。生徒さんたちは校内だろう。父兄の姿がある。普段着の私だけが場違いで、不審者と思われなければいいがと不安になる。ふと足を止めると、敷地の隅、下界を見おろす崖に石碑があった。「女川いのちの石碑」2014年3月女川中学校卒業生一同、とある。つまり、最近、建てられたばかりだ。

石碑に刻まれた文字を読む。
「津波が到達した地点なので、絶対に(この石碑を)移動させないでください」
「大きな地震が来たら、この石碑よりも上へ逃げてください」
「逃げない人がいても、無理矢理にでも連れ出してください」

ここまで水がきた。その文字に驚く。その時、この崖は海岸で、向こうまで水面が続いていた。ここでやっと、私は津波の大きさを理解した。女川はまるごと水没した。建物だけではなく、たくさんの人を飲み込んだ。悲しみ、無念、あきらめ、あらゆる命と感情を海に持ち去った……。


向こうの建物に行ってみよう

もう一度崖から下界を見渡す。対岸に当たる場所にも丘があり、大きな建物がある。あの建物は見覚えがあった。7年前に町を眺めたところだ。行ってみよう。私は海岸へ向かって急坂を下りた。ここも通行止めかと思ったけれど、途中で歩行者道と書いた看板を見つけた。歩行者道とわざわざ書くと言うことは、他の道は車道専用、復興工事の重機優先という意味にも受け取れる。


歩行者用の坂道を降りる

造成地の海の端に出た。道路から造成地に入る分かれ道に、警備員がぽつんと立っていた。こんにちは、と挨拶を交わす。彼はここで、1日に何度くらい歩行者に出会うだろう。そのくらい生活感のない場所である。まるで砂漠の交差点だ。海沿いの道路を歩く。街、港、あったはずの建物がなにもない。たしか、高村光太郎の歌碑があったはずだけど、それがどこかもわからない。


ここが港だっなんて……

ただ、この景色は見覚えがあった。さっき、代行バスが通ったところだ。つまり、7年前に私が歩いた場所。ここを通った時、私は未知の場所だと思ってしまった。間違いだ。あの殺風景な海岸は、この女川港であった。バスの中で見た横倒しのビルも、たぶん私は7年前に見ていたはずだ。場所としてはマリンパル女川の近くだ。

プレハブの小屋がある。復興まちづくり情報交流館。見学できそうだ。帰りに時間があったら寄ろう。今は崖に行きたい。消えた街。その現実に戸惑いながら、ただ、私は歩いていた。立ち止まっている時間はない。歩き、目と耳と足で得られるものを、なるべく記憶しておきたい。

-…つづく


杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。
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■著書
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