■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち


杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)


1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。月刊文藝春秋「乗り鉄うまい旅」連載。「鉄旅オブザイヤー」最終選考委員。




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第301回:旅と日常の舞台
-神戸新交通ポートアイランド線-

第302回:車両を持たない鉄道会社
-神戸高速鉄道-



  ■連載完了コラム
感性工学的テキスト商品学
~書き言葉のマーケティング
 
[全24回] 
デジタル時事放談
~コンピュータ社会の理想と現実
 
[全15回]

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■著書

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杉山 淳一 著(リイド文庫)



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■更新予定日:毎週木曜日

 
第303回:街から10分でダムの山 -神戸電鉄有馬線 1-

更新日2009/10/08


新開地を発車した電車は、すぐに湊川駅に停車した。まだ電車は地下トンネルの中だ。徒歩で移動できる距離だと思うけれど、神戸高速に接続することが大事だ。孤立するよりは乗り換えに便利な方が良い。それより驚いたことに、この電車はワンマン運転だった。駅に着くと運転士がおもむろに立ち上がり、反対側つまり島式ホームの扉から頭を出してドアを開け、後方の安全を確認してドアを閉じ、のっしりと歩いて運転席に座った。関西人はせっかち、というイメージとは違った。


地下区間を出るといきなり上り坂だ。

都会の電車のワンマン運転は、ホームに鏡をおいたり、電車内にモニターを置いて、運転士が離席しないで済むようにすることが多い。そのほうが停車時間を短くできるからだ。安全面を考慮してホームドアを設置する路線もある。それにくらべると目視確認をする神戸電鉄スタイルはのんびりしている。安全面では安心だし、乗客はおっとりしているようだけれど、運転士さんは忙しい。なかなかハードな仕事ぶりである。

湊川駅を発車する。トンネルの中なので電車のモーター音が響く。ムォーンという、くぐもった音に力強さを感じた。電車は、ちょっと外の様子を見ようかと程度にトンネルを出て、またトンネルに入った。さっきからずっと上り坂である。地図を思い浮かべれば、神戸の平地は海沿いに広がり南北に狭い。それにしても「もう山道か」と思うほどの勾配である。線路は上りだけれど、平行する道路は下り坂だったりする。都心から郊外へ向かう電車だから、平坦な住宅街を行くものだと思っていたけれど、どうも神戸電鉄は違うらしい。片側だけの切り通しを通り抜け、階段状の土地に立つ建て売り住宅を眺め、またトンネルに入った。


最新型とすれ違う……ほんとは乗りたかった。

トンネルの上にも家が建っている。つまり線路の勾配が土地の傾斜に追いつけず、仕方なくトンネルで通り抜けている。線路だってなかなかの急勾配である。電鉄として作られたからできたワザであって、SL時代ならこんな線路は作られなかったと思う。神戸電鉄の発祥は、湊川から有馬温泉を結ぶために造られた観光路線である。開通は1928(昭和3)年だった。昭和天皇の即位の礼の直後、アメリカではミッキーマウスの映画が作られた時代。世の中が盛り上がっていた頃のようだ。温泉観光向けの電鉄を造ろうという雰囲気も理解できる。 だからこそ、お金をかけてトンネルを掘り、勾配を稼ぐために迂回路を延ばしたのだろう。

トンネルを抜けると正面に大きなマンションが見える。建物が長田駅付近に密集している。線路は一部が高架や築堤になっている。駅付近は平地だけれど、線路は常に一定の勾配を保って上り続けているからだ。少ない平地を線路が貫き、その狭い場所にマンションが建ち並ぶ。山の中腹からにょきっと生えたマンションもある。いやはや、これはたいしたものだ。神戸電鉄は立派な山岳路線ではないか。あのマンションがすべて温泉旅館だと言われたら信じてしまいそうだ。いや、温泉付きのマンションもあるのかな。それほどの険しい山道である。


駅と駅の間は険しい山道。

山腹マンション群の景観に圧倒されているところに、新型電車とすれ違った。それもよく見たい。なかなか忙しくなってきた。そして駅を出てしばらく走ると森の中だ。ここはもう六甲山地と呼べる場所なのだろうか。山の中の集落を、電車は丁寧に結んで走る。神戸市街までは電車で10分程度である。山のおかげで隔絶され、都会に近いのに静かな住宅街になっている。もっとも、平地は狭いから土地は高そうだ。斜面を造成した土地も地価は高い。故に、上品な家やマンションが多い。

くねくねとした曲線と上り勾配が続いている。直線になったと思えばトンネルである。都市近郊の路線は平坦な場所に住宅が並び、どこも同じでつまらないと思っていた。しかし神戸電鉄は違う。車窓の変化が楽しい。鉄道模型の小さなジオラマに、都会と山とトンネルを作ってしまったようで、欲張りな路線である。準急はこのあたりの駅をすべて通過していくので、なおのこと変化が大きく飽きない。町並みからちょっと離れ、山の中の駅を通過する。


突然開けて車庫線と合流する。

駅名標に「鵯越」とあった。ひよどりごえと読む。源義経が一ノ谷の合戦で奇襲攻撃をしたとされている。勢いづいて京都へ戻ろうとしていた平家の大軍を、義経は僅か70騎の強者で殴り込みをかけ退散させた。神戸電鉄は都心から僅か10分ほどで、歴史的合戦の場所も経由する。私はいつもより楽しい気分になった。

話を現代に戻す。電車はずっと山道を走っている。山の中に駅がある。ここも準急だから通過したと思ったけれど、実は菊水山駅という休止中の駅だった。開業中もほとんどの列車が通過してしまい、付近には浄水場しかないため、そこの職員しか利用しなかったという。都会から最も近い秘境駅として話題になったこともある。この駅の先で川を渡る。その上流にダムがあって、電車はその横に掘られたかなり長いトンネルを走る。このダムは石井ダムといって、1972年から建設が始まり、私が訪れる3カ月前に完成したらしい。トンネルはダム用地の線路を付け替えたもので、1995年に開通している。紛れもなく山岳地帯だ。


鈴蘭台駅はもうすぐ。

緩やかなカーブが連続し、車窓からの長めは常に変化する。森から町へと駆け抜ける電車は、どんな風に見えるだろう。私がこのあたりに生まれ育ったら、このあたりを俯瞰できる部屋を借りて、ずっと眺めていたに違いない。電車は森を駆け抜け、視界が急に広がった。右手に電車の車庫があり、そこから延びる線路がこちらの複線に並んだ。

線路3本の、かなり長めの併走区間を経て鈴蘭台駅に到着した。本当は駅のすぐそばに車庫を置きたかったに違いない。きっと山間の町で土地の手当てに苦労したのだろう。開業当初、1両、2両で運行していた頃は長めの留置線で良かった。しかし今は4両編成で行本数も多い。線路の起伏といい、苦労の多そうな路線だ。しかし鉄道好きにとっては、その苦労の様子も興味深いわけで、誠にたちの悪い話である。

-…つづく

(注)列車の時刻は乗車当時(2008年10月)のダイヤです。

第301回からの行程図
301koutei.jpg

 

 


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