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第358回:100kmの路線網に挑む -富山地方鉄道 不二越線-

更新日2010/12/03


2010年10月10日。日曜日である。私は東京駅を09時28分発の『とき315号』に乗った。越後湯沢駅で『はくたか6号』に乗り継いで、富山着は12時45分。北陸へ行く定番ルート。いつものことながら、3時間ちょっとで本州を横断できるというスピードに戸惑う。北陸新幹線が開業すれば約2時間になるという。


いつものルート、MAXとき。

昼食は越後湯沢駅で『牛~っとコシヒカリ』という駅弁を買い、はくたかの車内で食べた。牛丼ふうの駅弁が人気となっているようで、旅先でよく見かける。私は魚介が苦手だから、この風潮はありがたい。地方色は出しにくいだろうけれど、この駅弁は地元のブランド米である。肉も飯もうまかった。


越後の青いそら。


駅弁『牛~っとコシヒカリ』

富山駅は新幹線を受け入れる工事中だ。ホームと南口駅舎が離れて、長い跨線橋で結ばれている。窓から見下ろすと、広い地面で重機が活躍していた。在来線ホームが新しい作りだから、富山駅は新幹線も在来線も地平になるのかと思っていたけれど、実はこの在来線ホームは仮の設備で、重機が地ならしをしているところに高架ホームを作るという。高架の在来線は回送線を含む2面5線、新幹線ホームは南側に高架で2面4線。富山地方鉄道の駅も高架化されて、島式ホームと降車ホームの2面2線になる。その高架下で、富山ライトレールと富山地方鉄道市内線が接続される計画だ。


スノーラビット「はくたか」で富山着。


富山駅は工事中。

南口を出て富山地鉄の駅に向かうと、なんとなく街に見覚えがある。しばらくして思い出した。5年前、富山港線や神岡鉄道に乗ったときに、富山駅南口前のネットカフェに泊まった。駅前の大きなビルの中で、設備も良かった。また利用したいと思ったけれど、その後しばらくして閉店した。懐かしくも寂しい。そして新幹線が開業すれば、この風景も懐かしくなるだろう。

富山地方鉄道は、立山や宇奈月温泉へ向かう鉄道線と、路面電車の『市内軌道線』を運行している。富山地域の各民営鉄道を、旧富山電鉄が統合する形で現在の路線網になった。富山は戦前に陸上交通事業調整法の適用を受けた地域である。東京で大東急時代が始まる要因となった法律でもある。富山では珍しいことに、市営の路面電車も民間会社の富山地方鉄道に統合されている。こうして、鉄道線、軌道線合わせて100kmの鉄道網ができあがった。いち地方都市でこれだけの統合ができたとは珍しい。富山の奇跡と言ってもいいだろう。


電鉄富山駅。こちらは地鉄生え抜きの車両。

なにしろ広大な路線網である。鉄道線と軌道線のどちらを先に乗ろうかと考えて、まだ日の高いうちに鉄道線で立山へ行こうと決めた。市内電車は日暮れや早朝でも回れるけれど、長距離遠征は時間に余裕を持ちたい。富山地鉄の駅ビル『エスタ』を通り抜けた所に駅窓口と改札口があった。いかにも昭和の電鉄という佇まいだ。しかしここも仮住まいで、将来は高架駅となって新幹線と並ぶ予定である。気の毒なことに、そのときは4線から2線に減らされてしまう。地鉄にとっては列車のやりくりが悩ましいけれど、私はダイヤに興味があって、それは楽しい作業かもしれないと思う。

定期券売場で『鉄道線・市内電車 全線2日フリー乗車券』を買った。かつては『電車全線2日フリー乗車券』という名前だったらしい。このきっぷは、なぜか富山地方鉄道のWebサイトで紹介されていない。そのため、現在は販売されていないという噂や、まだ売っているという噂が錯綜していた。電鉄富山駅にも表示されていないから不安だったけれど、窓口で女性係員に言ってみると出してくれた。「どうしてホームページに表示しないんですか」と聞いてみたけれど、「そうなんですか」という返答だった。Web担当者のうっかりミスか、積極的に売りたくないか、どっちだろう。


岩峅寺行きは元京阪テレビカー。

電鉄富山から立山へは、立山線経由で行くルートと、次の稲荷町から岩峅寺までを不二越線と上滝線で迂回するルートがある。発車案内表示によると、不二越線、上滝線経由の岩峅寺行が13時15分発、立山線ルートが13時17分発だ。立山線経由が本筋のようだが、私は不二越線、上滝線経由を選んだ。立山線は帰りに乗る。帰路に暗くなったとしても、立山線経由のほうは、いずれ立山黒部アルペンルートを旅するときに再訪できる。

岩峅寺は(いわくらじ)と読む。そこへ向かう電車は、下半分が緑、上半分が黄色。扉は二つで、座席は転換クロスシート。顔つきは見覚えがあって、もしかしたら京王電鉄の中古ではないかと思ったけれど、京阪電鉄の元祖テレビカーである。すでに京阪を引退して、現在はここと、大井川鐵道で余生を送っている。なるほど、私は夏に大井川鐵道を訪れている。道理で見覚えがあるはずだ。大井川では乗れなかったけれど、今回は乗れる。


稲荷町の車庫。

4番線を発車した電車は、右側の線路を走り続ける。複線区間だからすぐに左側の線路に移るかと思ったら、そのまま走っている。次の稲荷町で右へ分岐するから、このままかもしれない。しかも複線間隔は広くなっている。ふむふむ。電鉄富山から稲荷町までは単線が2本並んでいるのか、と思ったら、鉄橋で道路を渡ってすぐにポイントを渡った。ホームからずいぶん離れたところである。これもダイヤ作成者を泣かせたであろう。高架化工事の都合でこうなっているらしい。完成までの辛抱である。

稲荷町駅の手前でまたポイントを渡り、右の線路を進んだ。稲荷町駅は本線と不二越線が分岐する駅で、それそれの路線のホームはハの字に配置されている。ハの字の間は車庫や工場になっていて、出番待ちの電車が佇んでいた。隅っこに、初代西武レッドアローの中間車だけが留置されている。この電車は3両編成2本が富山地鉄に譲渡された。しかし老朽化が進んだか、輸送量が減ったか、最近は中間車を外した2両で運行されていて、中間車のみ廃車になるという。たしか来週まで、3両編成の復活運転が行われるはずだ。


南富山駅で軌道と合流する。

不二越線のホームは1本だけで、本線は対向式2面2線。この駅を出ると両線とも単線になる。市街地を通り抜けて不二越駅。線路の両側に大きな駐車場がある。不二越といえば駅名の由来になった大きな会社があるはずだが……と思っていたら、電車が発車してすぐ左側に大きな建物が続いた。なるほど大きい。不二越は工作機械や工具、産業用ロボットのメーカーである。一般に馴染みはない会社だが、検査機械を商う叔父の会社が機械を納めさせていただいている。私が大学生の頃、ときどき叔父の会社を手伝って、機械を載せてクルマで行った。私はドライブの交代要員だった。

南富山駅は市内軌道線との結節点である。踏切を渡るとき、道路の中央に複線の軌道が見えた。一部が石畳のままで、なぜか古いまま残されているようだった。道路はこちらの線路と交わり、軌道はカーブしてこちらと並んだ。電停があって、その向こうの建物に「富山地方鉄道株式会社研修センター」と書いてある。電車の停車時間は短かったけれど、この駅が不二越線と上滝線の境界である。

両線の運行は一体化しているけれど、上滝線のほうは市内軌道線に直通する構想がある。南富山駅の構内で、軌道線の線路と鉄道線の線路は繋がっていた。あとは電圧とホームの高さの違いを解決するだけだ。富山はLRTが好きだから、上滝線をLRT路線に改良する方向らしい。そうなると、不二越線と上滝線の蜜月は終わるかもしれない。

南富山駅を出ると、右の車窓から市内電車の車庫が見えた。ピカピカのLRT車両があった。路面電車は新品が入り、鉄道線は中古車ばかり。いや、中古ではない。ビンテージカーだ。元祖京阪テレビカー、いまは富山地鉄10030形の乗り心地は上々である。


市電の車庫があった。

-…つづく

第358回の行程地図
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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

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