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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 
第351回:再生の連絡船、風葬の気動車 -青森駅界隈-
更新日2010/10/14


母に昔の青森駅の話をする。上野発の夜行列車から降りると、ほとんどの乗客たちは海へ向かって歩き、連絡船通路への階段を上る。その先に広い待合室があって、誰もがベンチに座ってじっと乗船時間を待つ。するとなぜかラジオ体操の音楽が鳴り響き、誰ともなく体操を始める。学校や夏休みの公園のように模範演技をする人はいない。こどもの頃を思い出しながら身体を動かし、思い出せない人は周囲を見渡して、ちょっと遅れて動く。最後はみんなの調子が揃って、なにやら一体感が生まれるのだ。体操のあとはあちこちから話し声が聞こえた。連絡船の三等室はカーペット敷きの相席だけど、体操の一体感のおかげか、少し安心できた……。


青森駅前は改装中。

いま、青森駅に着いた客は海を背にしてホームを歩く。連絡船通路を懐かしんでいるうちに、私たちが最後の客になってしまった。エスカレーターを上がって左、正面玄関の東口へ向かう。ここは去年、寝台特急日本海に乗ったときに立ち寄ったところだ。初めて駅舎を出る。駅前はなにやら工事中で白い幕が張られていた。東北新幹線の新青森駅開業に合わせて整備しているようだ。新青森はここではなく、奥羽本線のひとつ隣の駅である。表玄関の威厳を保たないと、新駅にその座を奪われてしまう、と考えているのだろうか。

青森ベイブリッジの橋桁展望台を目指して歩く。線路沿いに行けそうもないので、観光案内所の外側を迂回した。ふと振り返ると既視感がある。すこし考えて思い出した。高校に進学する前の春休みに、私は東北のローカル線を巡る旅をして、この青森に泊まっていた。宿は父の知人にとってもらったホテルサンルート。大通りを歩いたし、いまはビルが建っているけれど、当時は駅舎の並びにリンゴ屋の屋台がズラリと並んでいた。そこで、形がいびつな、いかにも手作りのリンゴ飴を買った。美味かったなあ。駅の売店では見かけなかった。もう売っていないだろうか。


八甲田丸を発見。

太陽が照りつけるなか、橋桁の展望台へ向かって歩いた。すると、その先になにやら観光施設らしいものがある。青函連絡船の文字が見えた。なんと、青函連絡船の八甲田丸を保存して、博物館にしていた。きっと青森では有名な観光施設だろう。下調べをすればすぐにわかったはずだ。うっかりしていた。これは見ておきたい。展望台は取りやめて、八甲田丸に行く。すると、もっと先に国鉄型急行ディーゼルカー、キハ58らしき保存車両がある。それも見ておきたい。しかし、太陽が照りつけていた。母には辛かろうと、見てくるから待つように伝えた。


朽ち果てようとするキハ27。

キハ58だと思った車両は、後に調べるとキハ27といって、キハ58の北海道仕様だという。ホームのようにしつらえた設備に横付けされているけれど、一部の窓ガラスは板に交換され、塗装は褪せ、車体の金属接続部から錆が広がっていた。休憩所として使われたようで、窓から覗くとテーブルや椅子が見える。しかし、いまは稼働していないようで、貫通扉には「都合により閉鎖させて頂きます」と貼り紙があった。風葬に処されたような痛々しい姿である。


廃墟になってしまうだろうか。

その先にも道が続いており、好奇心のままに足を伸ばす。架線を張られた線路が一本、海に向かって突き出ていて、それに沿って芝生とベンチが整備されている。港を眺めるには良い場所で、休日や夜はデートスポットになっているのかもしれない。突堤の先端は海に囲まれたようで良い景色である。線路の向こうには、原油高の影響で運行休止となった客船「ナッチャン」の姿も見える。湾内にはAの形をした青森県観光物産館。美しく塗装された青函連絡船「八甲田丸」。そして、対照的なほど錆を目立たせたキハ27。次に八甲田を塗り替えるときは、余ったペンキでなんとかしてあげてほしい。


突堤の先端へ歩く。

「ちょっと行ってくる」が長すぎた。母は日傘を差したまま、文句も言わずに待っていた。タラップを上がって八甲田丸に入る。受付で荷物を預かってくれたから、足取りが軽くなる。順路を辿ると、なぜか青森の郷土品が並んでいた。青函連絡船の時代に合わせたかもしれないがピンと来ない。その先にミニシアターがあって、青函連絡船の歴史や貨車の積み込みなどを紹介していた。エアコンも効いていて、休憩にちょうどいい。もちろん映像も興味深かった。


八甲田丸と青森ベイブリッジ。

船内は期待通りの展示物だ。青函連絡航路の歴史、歴代の船や積み込んだ車両の模型が並ぶ。ブリッジや船長室なども見物できて、なんと煙突の中にも入れた。圧巻は車両デッキだ。青函連絡船は鉄道輸送船として、その胎内に鉄道車両を積み込んだ。だからレールを敷いた区画があった。そこは今、入れ換えに使用した機関車や貨車、そしてなぜかディーゼル特急車両 "キハ82" の先頭車が展示されている。これは嬉しいけれど、キハ82の誕生は洞爺丸事故の後だから、ちょっとおかしい気がする。本州で製造して、北海道に輸送したときに積まれたかもしれない。


車両甲板にキハ82がいた。

車両デッキの保存車両たちはどれもピカピカに磨かれていた。稼働時とは違って、よそ行きの化粧姿である。貨車などはもっと汚して迫力を出した方がいいとも思う。もっとも、きれいなことはいいことである。ここは船内だから風雨にさらされることもない。ずっとこのままの姿で残されるだろう。


車両積み込み設備も残っていた。

ブリッジや甲板をゆっくり眺めたせいで、いや、私がひとりだけ突堤を散歩したせいで、車両甲板の見学は駆け足になってしまった。帰りは歩道橋として解放されている旧連絡船通路を歩いた。八甲田丸は当時の連絡船の発着岸壁で保存されていて、通路の窓から車両積み込み施設も見えた。駆け足で通り過ぎるしかなかったけれど、車両航送の再現イベントができるなら見てみたい。

それにしても、八甲田丸の保存車両に対して、突堤に放置されたキハ27がますます気の毒になってしまう。同じ国鉄時代に活躍した車両たちだというのに、この扱いの差は何なのだろうか。


連絡船桟橋は歩道橋になっていた。

 


2010年08月29-31日の新規乗車線区
JR: 28.5Km
私鉄: 0.8Km

累計乗車線区(達成率)
JR(JNR):18,446.6Km (82.34%)
私鉄: 5,457.7Km (78.69%)


第351回の行程地図
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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

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