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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 
第403回:古参機関車と騒音電車 - 弘南鉄道大鰐線 -

更新日2011/12/15



何度か訪れようとして日程の折り合いがつかず、いざ乗りに行ったら豪雨で辿りつけなかった。その念願の弘南鉄道に乗車できる。嬉しいけれど、改札口越しに見えた電車は東急電鉄から譲渡された7000系の中古車だ。子供の頃によく乗った電車だし、まだ都内でも池上線で走っているから、新鮮な感情も半減する。


清々しいトイレの窓から撮った

日本の地方私鉄はどこもこんな感じだ。特に、車両の長さ18メートルという中型の電車については、新製する会社が東急と京王くらいしかない。だから中古の出物も東急7000系と京王3000系が圧倒的に多い。いま、東急と京王に投入される新型が、20年から30年くらい経つと、また地方に移っていくのだろう。さしずめ地方私鉄の懐も寂しく、そのころまでに受け皿の会社が残っているかどうか、という話ではある。

改札口前に並んだプラスチックの椅子に荷物を置き、きっぷを自販機で購入した。弘南鉄道には当日限り全線有効のフリーきっぷもあるけれど、私たちは今日は大鰐線、明日は弘南線と二日にまたがって乗るからメリットがない。自販機から出てきた柔らかいきっぷには、中央弘前→大鰐と駅名が記載されていた。大手私鉄では○○円区間という表記が普通だから、これもちょっと珍しい。


スノープロウ付きの7000系

改札口を挟んでラーメン屋と反対側に、甘いものを売る店がある。夏はアイスクリーム、冬はたい焼きといった類の店で、M氏がソフトクリームを買っている。夏に熱いラーメンをすすったら、次は冷たい物を食べたい……。しかし私は残念ながら二型糖尿病でカロリー制限の身の上であった。自販機でペットボトルのお茶を買った。

発車まで少し時間があって、駅舎の周りを歩いてみた。線路1本、ホーム片面の小さな佇まい。線路のそばを小さな川が流れている。土淵川という名ではあるが、両岸とも急角度のコンクリート斜面だ。お堀のような水路のような。かつては水運もあっただろう。そういえば弘前城に寄らなかった。次に訪れる機会があるだろうか。


土淵川沿いを走る

停車中の電車をうまく撮れる場所がない。いつもホームからの写真ではつまらないな……と思いつつ、トイレに行ってみたら、そこの窓からちょうどいい角度で撮影できた。この便所は悪臭がない。掃除が行き届き、風通しも良い。弘南鉄道はちゃんとしているな、と思う。きっとこれからも存続して、東急の次の電車を受け入れられるだろう。私の経験でいうと、潰れる地方私鉄はまず便所が臭い。電車の窓が汚れている。それに気づいてから、私も自宅のトイレと窓を頻繁に掃除するようになった。

東急の中古だけど、よく見ると細部に手を入れている。連結器の下に山型の排雪プレートがついている。乗降扉に開閉スイッチがある。つまり雪国寒冷地仕様である。そうかと思えば、車内は夏姿で、扉の窓に簾がかかり、絵と笹の葉が飾られている。ワンマン電車だからすべての扉を使わない。その未使用の扉を飾っている。気が利く女性社員がいらっしゃるようだ。


岩木山が見え隠れ

そういえば、弘南鉄道では昨年から「トレインキャスト」というアテンダントが乗務している。だとすると、吊り革の柄の広告が「渋谷109」や「東横のれん街」のまま、という理由は、女性の都会への憧れだろうか。いや、これは交換が面倒だからかもしれない。

2両編成の電車の座席が半分ほど埋まり、電車が動き出す。土淵川に沿っており、自然と街を併せ持つ、地方私鉄ならではの好ましい眺めがしばらく続く。次の駅は弘高下、その次は弘前学院大前、次は聖愛中高前。きっと朝の電車は賑やかだろう。


花のプランターが印象的な小栗山駅

千年と書いて「ちとせ」駅。列車のすれ違いができる駅である。ここが弘前市街地の端のようで、車窓に緑が多くなる。後部の車両の運転台越しに津軽富士の岩木山が見え隠れする。こちらは青空も見えるけれど、岩木山の山頂は雲の中である。

小栗山駅を出てしばらく行くと、リンゴ農園が現れる。実のひとつひとつを水色の紙で覆う木と、実を晒した木がある。品種の違いだろうか。生食用とジュース用の違いか。そうだ、ラーメンに練り込む実もあるか……。


リンゴ畑を通り抜けた

津軽大沢駅には電車の車庫があった。凸型であずき色の電気機関車がいる。ED22型といって、これは東急のお下がりではなく、長野県の信濃鉄道がアメリカから輸入した。信濃鉄道は国鉄に買収されて大糸線になると、その大糸線や飯田線で活躍した。やがて西武鉄道へ譲渡され、近江鉄道、一畑電鉄へと移籍したのち、1974年に弘南鉄道にやってきた。それが約30年前の話という。


85歳のED22型

車齢85年の古参兵。大河ドラマにしてあげたいほどの壮絶な運命である。それがピカピカに磨き上げられ、いまもなお、保線や除雪に活躍しているらしい。感動せずにはいられない。もっとも、鉄子さんなら「カワイイ」とひと言で形容してしまうかもしれない。それもいいか。苦労話など語らない「カワイイおじいちゃん」。それはそれでカッコいい。

ED22型の向こうの線路には、湯たんぽのような姿の電車がいた。あれは東急のお下がりの6000系である。なんだオマエ、こんなところにいたのか、と思う。再会は楽しいけれど、私は彼に対して良い印象を持っていない。この電車は、私の中学時代から高校時代にかけて、自宅近くの大井町線を走っていた。


「湯たんぽ」東急6000系の姿

こいつはとにかくうるさい電車だった。ヒィェェェンだのギュイインだの、特に惰行から減速にかけて凄まじい音を立てる。沿線から苦情が多くて廃車になったかと思っていたら、この地で頑張っているらしい。もっとも、昼寝をしているところを見ると、こちらでも沿線の人々からは歓迎されていない様子であった。

-…つづく

 

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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

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