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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 
第401回:オトキューで満席 - 寝台特急あけぼの -

更新日2011/12/01


9月5日夜。上野駅でM氏と待ち合わせた。13番ホームに向かうと、すでに『あけぼの』が推進運転で入線するところだった。頭端式ホームの端でさっそくカメラを構える。いまや上野で推進運転を見られる希少な列車である。貫通路の扉が開き、係員が進路を見守っている。趣があるけれど、やはり電車に比べると面倒だとも思う。この情景はいつまで見られるだろう。


いまや希少な推進運転風景

私たちは「今度こそカシオペアのスイートに乗ろう」と互いに日程を合わせたけれど、今回も願いは叶わなかった。でも、互いに融通の効かない日程を合わせたから出かけようとなり、選んだ列車が『あけぼの』であった。都心から出発する、ふたつのブルートレインのひとつ。私もM氏も何度か乗っているけれど、乗るたびに「これが最後ではないか」と思う。


金帯のブルートレイン


今回の旅の、私の目的は弘南鉄道である。昨年の夏に母と青函を旅した時、豪雨のため見送った路線だ。それ以来、路線図を眺めるたびに悔しさがぶり返した。北近畿タンゴ鉄道の豊岡付近も廃止の噂があって気になるけれど、機関車・客車好きのM氏と行くなら、北へ向かう列車しか選択肢がない。

ブルートレインが定位置に停まった。私たちはゆっくりと1両ずつ検分し、写真に収めていく。5号車に乗り込み、ソロの室内に荷物を置き、また先頭へ向かって作業を進める。機関車はEF64形の1030号機。ブルートレインの牽引機にふさわしい、青とクリームのツートーンカラーだ。「この1030は、電車の回送にも使われるんだ」とM氏が言う。なるほど、よく見ると連結器が電車用の密着型にも対応している。


ちょっと特殊な機関車が牽引機

EF64形1000番台は国鉄が最後に設計した機関車で、本来はEF67形としてもよかったところを、事情があってEF64形のマイナーチェンジとしたと言われている。直前の新造車EF66形は流線型でスピード感があったけれど、こちらは重連運転を考慮して外観を従来の貫通路付きにした。それもあって、ベースとなったEF64形のマイナーチェンジ扱いとされたようだ。すると、セノハチにいるEF67形は、もしかしたらEF68形になったかもしれない。なるほど、機関車の世界も奥が深い。

ホームに撮影する人が多い。なぜか女性が多い気がする。『あけぼの』には女性用のリネンなし寝台『レディースゴロンとシート』があるせいだろうか。「女性の列車旅や一人旅が人気」という記事をどこかで見た気がする。年配の夫婦も目立つ。


今夜の宿はB寝台個室ソロ

今日は夏休み明けの月曜日だけど、乗客数は多い。その疑問を検札の時に車掌さんに言ってみたら、
「今日はオトキューのお客さんが多くて」と言う。
「オトキューって……」私が尋ねようとすると、
「大人の休日倶楽部ですか」とM氏が言う。
なるほど。JR東日本が運営する大人の休日倶楽部か。会員向けのフリーパスがあって、いまがその有効期間とのことだった。
この時期は指定券や寝台券を取りにくいようだ。覚えておこう。
「じゃあ、今日のレディースゴロンとはオバキューですね」
私が言う。
「おいやめろ」
M氏がツッコむ。

M氏が手配した寝台券はB寝台個室のソロで、私もM氏も2階。共用階段を挟んで隣り合わせで、お互いの扉を開ければ会話もできる。ここまで気配りできるM氏に感心する。これからは「M師」と書こうと思うほどだ。しかし風変わりなことをすると、あとあとM氏が登場するたびに理由を書かなくてはいけない。やめておこう。

列車は上野を出て、まだ都内である。しかし車窓は暗い。たいていの建物が線路を背にしている。東海道線や中央線だと、線路と建物の間に道路があって、もう少し明るい。大宮はM氏が少年時代を過ごした所で、彼の鉄道趣味の原点である。そんな思い出の場所をいくつか聴いた。それから話に夢中になり、高崎で私が眠くなっため解散した。徹夜明けである。昼寝して、寝台で夜明かししても良かったかもしれない。次に夜行列車で旅立つときはそうしてみようか。


翌朝、秋田は重い曇空

明るい気配で目覚めた。寝台車に乗るときは窓のカーテンなどを開けておくと決めている。走行中は覗かれたりしないし、駅で通り過ぎる人に覗かれても一瞬のことだ。日当たりの悪いアパートに住んでいた時に、夜行列車に乗るときは空の明るさで自然に目覚めたいと思って、以来ずっとカーテンは閉めない。今の自宅にはカーテンすらない。


奥羽本線に転身したE751系『つがる』とすれ違う

列車がスピードを落とし、駅に停まった。駅名標に象潟とある。埼玉県で眠り、秋田県で目覚めた。目覚めれば腹が減る。昨夜、上野駅構内で買ったおにぎりを食べた。以前は早朝の秋田駅でしばらく停車し、駅弁屋も出ていた。しかし、東北新幹線開業のダイヤ改正で、秋田駅の停車時間は2分へ短縮された。もう駅弁屋も出ていないらしい。夜汽車の旅はどんどん不便になっている。


新幹線の接続駅、新青森を発車

ベッドが生温かくなって、さっぱりしない。秋田を出たから、開放寝台が空いているかもしれない。車内を探検してみると、開放寝台は満員だった。しかも下段のベッドに3人も4人も座っている。寝台利用者だけなら上下の二人だけのはず。秋田から立席特急券で乗る人が多いようだ。今回は久しぶりに開放寝台にしようかとM氏から提案されたけど、これは個室にして正解だった。


毎年のように訪れる青森駅

弘南鉄道の拠点は弘前だけど、私たちは青森まで『あけぼの』を乗り通した。東北新幹線が新青森へ開業して初めての青森駅。2番線に青い森鉄道の電車が停まっている。長岡からあけぼのを牽いてきた赤いEF81形機関車は、到着後すぐに切り離された。私たちはEF81形の写真を撮り、早足で編成の反対側に回り、回送用のDE13形機関車の連結を撮った。その間に特急『スーパー白鳥』が発着し、リゾートあすなろが入線した。ダイヤ改正で青森駅の線路の使い方が変わったらしく、駅の動きが忙しくなっているようだ。これも新幹線開業効果だろうか。


回送機関車はDE10形


青森駅の新顔が揃った

-…つづく

 

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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

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■鉄道ニュース(レポーター)
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発行:マイナビ

■著書
『A列車で行こう9 公式エキスパートガイドブック』
杉山 淳一著(株式会社エンターブレイン)





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杉山 淳一 著(リイド文庫)


 

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