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■新・汽車旅日記〜平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第611回:街道に沿い、終点に至らず − とさでん交通 後免線 −

更新日2016/12/22


はりまや橋。

聞いたことはあるけど、なぜ有名かは知らない。大通りだし、とさでんの東西と南北の線路が交差する場所だから、そこにある大きな橋だろうと思っていたら、道路は橋らしくない。地図を観て歩いて行くと、道路脇にあった。赤い欄干の小さな橋。歩道の飾りのようだ。


はりまや橋と言われても橋らしくない。欄干はある

記念碑に由来がある。土佐藩時代、お堀に面して播磨屋と櫃屋という豪商があった。両者が互いに行き来するために架けた橋が、のちにはりまや橋と呼ばれたという。なぜ櫃屋の名は残らなかったか気になる。播磨屋が費用を持ったというところか。

はりまや橋が架かった通りは人々が往来し、地域の目抜き通りとなる。それが現在、幅広の道路と軌道が通る場所だ。本来のはりまや橋は拡張されたけれど、堀は埋められて公園になった。赤い欄干のはりまや橋は復元である。橋を架ければ往来が増えて商売繁盛、これは播磨屋の作戦勝ちだ。


こちらが観光名所のはりまや橋だった。レプリカ

はりまや橋が有名になった理由は、1959(昭和34)年の歌謡曲『南国土佐を後にして』がヒットしたから。都に出た若者が故郷を懐かしむという内容で、播磨屋橋、よさこい節、桂浜などの言葉を織り込んだ。もともとご当地ソングだったけれど、ペギー葉山さんが歌ってヒット曲になった。

歌を元に映画も作られて、そこにはりまや橋が出たことから観光名所になった。公園にペギー葉山の記念植樹と歌詞の石碑がある。なるほど、いまでいうロケ地訪問、聖地巡礼ってやつだ。私は歌も知らないし映画も観ていない。はりまや橋というキーワードだけが心に止まっていた。帰ったら歌を聴いてみよう。映画はDVDになっているだろうか。


路面軌道の平面交差。すべて乗りたくなる

はりまや橋は地元の人々には誇りだろう。思い入れなく訪れた私は申し訳ない気分になり、とさでんの停留所に戻った。西から来たから、そのまま東へ。路線名としては後免線になる。終点は後免町だ。後免という地名はお詫びではなく、お役御免、免除という意味。新田開発に関わったものは年貢を免除するという制度だったそうだ。

はりまや橋あたりで後免行きと伊野行きが並び、行き先表示看板がひらがな書きだと「ごめん」「いの」と、電車が会話しているように見える。これは有名な話だ。現在、電車の行き先表示は電光掲示板に変わったけれど、「ごめん」「いの」はそのままひらがな書きになっている。


後免行き。電車もモダンな形

後免線と伊野線はすべて直通しているわけではなく、はりまや橋や途中の駅で折り返す運用もある。はりまや橋で折り返した後免線の電車は途中の領石通行き。これを見送って、次の「ごめん」行きに乗った。伊野線からの直通であった。しかし乗客は学生服が数人。町の中心から郊外へ向かう。つまり平日の下りだから空いている。

複線の軌道の両側に2車線の道路がある。道路が広く、クルマのマナーも良いようで、電車は心地よい速度で走る。大通り同士の交差点がいくつかあって、よく整った街だと思った。よく見ると、軌道は砂利と枕木、つまりクルマは入れないという区間もある。クルマと路面電車を同居させるには良い方法だ。


併用軌道のなかに、専用軌道の線路敷きがある

ずっとこのままかと思ったら、知寄町三丁目電停の先で道路が二股に分かれ、電車は複雑な交差点を通って専用軌道に入り、鉄橋を渡った。国分川だ。線路の両側の一方通行は終わり、車窓左手は片側1車線の道、右手は片側2車線の道になる。橋を渡り終えると軌道は左に寄って、片側1車線の道に並ぶ。

こんどは専用軌道のまま続いている。電車の速度は少し上がった気がする。水を得た魚といったら変な例えかもしれない。ただし、線路側から道路につながる小道は多く、警報器も遮断器もない。やっぱり軌道の扱いで、クルマと同じくらいの速度制限はあるだろう。


国分川を渡る橋
専用軌道だから、修理や掛け替えはとさでん負担だろうか

県立美術館通という電停は交差点の真ん中にあり、交差する道路が広い。2車線ずつの上下線の間は駐車場。その上に2本のオーバーパスがある。駐車場でマイカーからとさでんに乗り換える人もいるようだ。さらに進むと文珠通という電停があり、この行き先を掲げた電車も多い。文殊という地名は天橋立のそばにもある。文殊菩薩にちなんだ寺があった。ここもそうかもしれない。

知恵の神様はともかくとして、折り返し列車があるということは、このあたりを境に乗客が減ると思われた。しかし日中だからか、乗客数に変化はない。風景は少し変わって、戸建ての大きな家が増えている。緑も多い。田畑も増えてきた。しかし寂れたようでもなく、しだいに民家が増えていく。


郊外の風景になる。遠くに新興住宅がびっしり。蜃気楼のよう

隣の道路は片側1車線だけど、国道195号であり、土佐中街道という名前もある。高知と徳島を結ぶ重要ルートだったという。もっとも、国境は峠道。険しいルートを避けるように、現在は高知自動車道で北上し、瀬戸内の川之江で阿波・徳島へ分岐するルートが主らしい。

どうりで東西方向の国道195号よりも交差する南北方向、高速道路に接続した道路の方が広い。川之江は松山、高松方向の高速道路も集まっている。四国の高速道は、ハブアンドスポーク構造になっている。周回構造の鉄道とは違う。もっとも、これは鉄道も同様だ。JR四国は国道時代は勝てた。しかしいまは高速道路と勝負しなくてはいけない。


小学生が乗ってきて賑やかに

再び建物が増えていく。もうすぐ後免町である。黄色い帽子にランドセルを背負った子どもたちが乗ってきて、車内は賑やかになった。小学生だけど、電車で通うほど通学路が長いらしい。いや、電車に乗って残そう運動ではなさそうだ。なにしろ電車内は大人たちが座席を埋めるほどの混雑で、小学生たちは立っている。

子どもたちの間から前方の窓の向こうを見る。後免西町電停を過ぎて、電車は久しぶりに併用軌道になった。道路に乗り入れ路面電車らしくなる。後免中町電停は交差点にあって、南へ向かう道路が広い。高速道路にはつながらず、国道の混雑を迂回する道だろう。線路と道路を比較して、隣の芝は青いと思うようになってきた。悔しい。


終点手前で降ろされた……

併用軌道は短かった。後免東町から専用軌道に入る。スピードが上がるかな、と思ったら留置線があって、その先の踏切を越えたところが終点だった。しかし線路は単線になり先に続いている。ここは民家の軒先のようで終点らしくないし、なにより土佐くろしお鉄道の駅が見えない。

妙だなと思いつつ、前を歩く人について線路脇を歩いて行くと、向こうから電車がやってきた。その先に駅前広場があって、後免町のホームと駅舎がある。なんということだ。さっき降りたところは降車ホームだった。この先は単線になり、電車の待ち合わせがある。急ぐ人はここで降りて歩いた方が早いですよ、ということらしい。


後免町電停。ここまで乗りたかった

これはしてやられた。確かに乗り換える人の便宜としては正しい。良いサービスだ。しかし、私としては終点まできっちり乗りたい。線路終端の×印の標識まで電車で行きたい。しかし、全員が降りたところを見ると、希望者は乗ったままでという仕組みでもなさそうである。

ああ、この区間。どうしよう。歩いたから景色は見ているけれど、なんだかモヤモヤする。四国八十八箇所を巡って帰ったら、実は1箇所だけ抜けていた。それくらい納得いかない。

記録上は終点まで乗ったことにしておいて、景色を忘れたころにもう一度訪れよう。今回の旅でJR四国と四国の私鉄は完乗となるけれど、そういえば奥祖谷観光周遊モノレールは乗ってない。まだまだ四国とは縁がある。それは良いことだ。きっと良いことだ。

-…つづく

 


杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。京浜急行沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動する。「新汽車旅日記」をきっかけに鉄道方面にも進出した。「鉄旅オブザイヤー」最終選考委員

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