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■音楽知らずのバッハ詣で
 

第27回:バッハとセックス その2

更新日2022/05/26

 

バッハ関連の研究はとてつもない量に及ぶ。もちろん、音楽の解析、作曲の背景、初演の場所と時、他からの転用、他の作曲家からの影響、楽譜に隠されたメッセージ、そしてバッハが後世の作曲家に及ぼした影響を探し、楽譜に現れたバッハ的なところを指摘するなどなど、好き者ここに極めり!の感がある。

しかし、バッハの日常を探った本は、全くと言っていいほどないのだ。そんな俗事は、彼の偉大な作品に関係がないと云わんばかりだ。

手元に偶然から夏目漱石の娘(筆子)の夫、松岡譲が漱石の妻鏡子からの聞き書きした本があり、そのおかげで漱石の女性観、妻の扱いなどを知ることができる。漱石といえば、あの毅然とした紳士面の写真を思い浮かべるが、あにはからんや相当な亭主関白で、女性を崇め奉る紳士どころか家庭内暴力を頻繁に起こしていたとその本にある。

鏡子の方も中々のキカン坊で、歯に衣着せぬ物言いをしていたようだ。夏目夫妻の夫婦喧嘩は犬も喰わぬレベルどころでなく、派手な立ち回りを演じていたらしい。文豪のそんな情景を知ることができるのは松岡譲のおかげだ。

バッハは晩年、目が見えなくなり、妻のアンナ・マグダレーナ、そして娘婿、エリザベートの夫、ヨハン・クリストフ・アルト二コルが付き添い、楽譜に写し取り『フーガの技法』が未完ながら残った。それはとてつもなく大きな遺産だが、アルトニコルは松岡譲ではなかった。赤裸々なバッハ像を書かなかった。

以下、100%以上私の想像、下衆の勘ぐりなのだが、夏目漱石が鏡子婦人以外の女性と接したことがなかったのではないか。バッハも最初の妻マリア・バルバラ、そして二番の妻アンナ・マグダレーナ以外の女性を知らなかったと思う。当時、街はずれにあった怪しげなところにバッハが出入りしていた記録はないし、二人の妻以外の女性と交渉があったとは思えない。それがどうのこうの、作品にどう影響を及ぼしているかは全く別の問題だが…。

妻以外の女性を知らなかった漱石は、憧れにも似た理想の女性を書き上げている。後世に残る名画、裸婦を描いた画家は、必ずしも女性体験が多かったわけではない。明治の文豪、永井荷風は玉ノ井の娼窟に入りびたり、女性体験は膨大だったと思われるが、彼が書く女性が女房一本槍の漱石より魅力的だとは言えないスジのものだ。

バッハの官能的な法悦、エクスタシーをもたらすほど、体の芯を揺さぶる感動、忘我の境地は性的なものなくしては有り得ないと思うのは私だけだろうか。絵画の美には、常に性的要素が絡まっている。主にカトリックだが、聖母マリア信仰にも多分に性的な要素が含まれていると思う。

バッハが最初の妻マリア・バルバラを失ったのは1720年7月7日のことで、翌年の12月3日にアンナ・マグダレーナを迎えている。アンナ・マグダレーナ20歳、バッハ36歳の時だった。一回目のマリア・バルバラとの結婚はともかく、2回目アンナ・マグダレーナとの結婚は子沢山のバッハが必要に迫られて、云ってみれば子供の世話をし、飯の仕度、掃除洗濯をしてくれる女中代わりだったと思う。彼女に音楽の理解があり、一緒に寝てくれればそれに越したことはない…程度の捉え方ではなかったかと思われる。

アンナ・マグダレーナはすべての面で最良の伴侶になった。20歳の貧しい家の(アンナの父親は教会のトランペット吹きだった。鐘楼からトランペットを吹き、時間を知らせ、また数々あった行事を町人に知らせるような役目、職に就いていた)娘が、その地方で少しは名の知れたケーテンの宮廷楽長バッハに憧憬を抱くことは大いに有り得るだろう。

しかし、バッハが音楽と結婚していると気がつくのに、それほど時間を要しなかったことだろう。バッハは妻や子供たちより、何より音楽を優先させていた。

No.27-01
1736年にライプツィヒで出版された歌曲選集の表紙
バッハとアンナ・マグダレーナをモデルにしたのではとされている

アンナ・マグダレーナは音楽に造詣が深く、かつ13人もの子供産み、バッハを最後の最後まで支えた。云ってみれば、アンナ・マグダレーナはバッハにとって大当たりだった。だが、アンナ・マグダレーナが幸せな結婚生活をバッハと過ごしたかどうかは別のことだ。恐らく、アンナ・マグダレーナは自分が幸福であったか、不幸であったか、16歳年上のバッハに嫁いだのは失敗だった、別の可能性があったとか想像もしなかったに違いない。ただ従順に運命を受け入れ、与えられた条件の下で夫に子供たちに尽くしただけなのだろう。だからこそ、アンナ・マグダレーナの自我のないバッハに尽くす生涯が、雅びるほど純朴に見えるのだろう。

20歳でバッハの元に嫁いだ時、アンナ・マグダレーナにどんな恋愛感情があっただろうか疑問に思う。バッハにしたところで、逸早く誰か育児、家事を任せられる女性を見つけ、一緒になることが先決だったろう。二人の間にロミオとジュリエット的とまで云わなくても恋愛感情があったとは思えない。もっとも、日本の“お見合い”も家柄、学歴、仕事、花嫁修業などが条件で、擬似的恋愛感情は後から結婚後生まれてくることがあるにしろ、最初から熱烈な一目ぼれなど起こる余地はないのだが、それが社会的習慣として結構上手く作動している。漱石と鏡子夫人もお見合いだった。

アンナ・マグダレーナは余程の多産系だったのか、バッハの方も絶倫だったのか…
 1723年にソフィア・ヘンリエッタを出産(3歳で死亡)
 1724年にゴットフリート・ヘンリッヒを出産
 1725年の4月にはクリスティーナを出産(1728年9月に死亡)
 1727年の10月にはエルネスト・アンドレアス出産(2日後に死亡)
 1728年の10月10日にレジーナ・ジョハンナを出産(5歳で死亡)
 1730年にクリスティーナ・ベネディクタ出産(3日の命で死亡)
 1731年にクリスティーナ・ドロテア出産(翌年8月に死亡)
 1732年の6月にヨハン・クリストフ・フリードリッヒ出産
 1733年の11月5日にヨハン・アウグスト・アブラハム出産(翌日死亡)
 1735年の9月にヨハン・クリスチャン誕生
 1737年の10月にヨハナ・カロリーナを産み、少しスピードが落ち、4年置いて、
 1742年にレジーナ・スサーナが生まれている。

それにしても良くぞ立て続けに産み続けたものだと思う。打ち止めは、バッハ57歳、アンナ41歳の時でレジーナだった。バッハは65歳で亡くなり、その後遺されたアンナ・マグダレーナと子供たちは赤貧に陥ったが、アンナはバッハ没後18年生き、59歳で死んだ。バッハに尽くす一生だった。バッハとの結婚生活、20年と100日の間に13人の子を生み続けていたのだ。アンナは乳飲み子を抱えながらも、常に妊娠していたと言ってよい。これは消耗する…と想像するのだが…。

なんとも残念なことだが、信用できるアンナ・マグダレーナの肖像画はない。ライプチッヒの市役所やバッハ博物館には、鬘(かつら)を被り、偉そうに構えた男共の肖像画があるばかりだ。


多くのゲージュツ家がやりたがるように、“最愛の妻、美しき伴侶”に捧げるとか、“神に召された今は亡き息子、娘”に捧げると、バッハはやっていない。少なくともそのようにはっきりと名指しで妻、子供たちへとバッハ自身が表記した曲はない。バッハも当然、人並みに赤ん坊の誕生を喜び、死を嘆き悲しんだとは思うのだが、バッハが赤ん坊を膝に載せあやしながらチェンバロに向かっているのは想像しにくい。また、アンナに対して豊かで細やかな愛情を示した図も想像できない。 

セックスをすれば当然妊娠し、出産、育児は、妻を消耗させることもバッハは分かっていてたはずだ。それでいながら、せっせとセックスに励み、次から次へと妻を孕ませているのだ。アンナ・マグダレーナが産褥で死なず、生き続けたのは、奇跡と呼んでもよいほどだ。アンナ・マグダレーナはよほど頑丈に生まれついており、かつ犠牲的精神の持ち主だったに違いない。もっとも、バッハは漱石のように、「女は妊娠ばかりしてしていて、どうしようもない」などと、正直に内心を吐露していはいないが…。

聖書にあるように”産めよ、増えよ、地に満ちよ“を地で行っていただけなのだろう。妻の体を考慮し、性交を控え、家計を圧迫している育児から、少しでも楽になろう、しようといった思考はカケラもなかったとしか思えない。可能な限り夫婦にとって自然な行為、性を営み、その結果妻が孕むのは神様のオボシメシだとでも思っていたのだろうか。

No.27-02
アンナの息子で音楽家となったのは
末っ子のヨハン・クリスティアン・バッハと
このヨハン・クリストフ・フリードリヒ・バッハの二人だった

-…つづく

 

 

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佐野 草介
(さの そうすけ)
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海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

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