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■ジャック・カロを知っていますか? ~バロックの時代に銅版画のあらゆる可能性を展開した天才版画家とその作品を巡る随想



更新日2021/11/18 
 

 

第16回:聖地巡礼報告書



カロは1619年から1620年にかけて、それまでのカロ的な表現とは全く異なる版画集を制作しています。建築技術者でもあったフランシスコ教会の僧侶ベルナルディーノ・アミコ・デ・ガリポリが、エルサレムの教会やイエス・キリストが生まれたベツレヘムなど、キリスト教徒にとっての聖地を巡礼した報告書に描いた図面などを47点の版画にしたものです。

ベルナルディーノは、おそらく聖なる場所を丹念に採寸して描き写したのでしょうし、それを原図としたカロの版画はまるで建築の設計図です。題材が題材ですから当然でしょうけれども、極めて想像力や描写力が豊かで師匠パリジの祝祭のパレードのデザインなどには過剰解釈を施したカロが、ここでは原図を正確に版画化することに専念しています。それというのもこの作品は、トスカーナ大公コジモ二世のために特別に制作されたものだからです。

敬虔なキリスト教徒にとっては、イエス・キリストが生まれた街ベツレヘムや、イエスが十字架に架けられて昇天したエルサレムは特別な場所、まさに聖地です。イエスの死後、キリスト教が広まるにつれて、イエスにゆかりのある場所に次々に聖蹟が建造され、それらを巡礼することがキリスト教徒にとっての夢となりました。

コジモ二世は病弱であり、とりわけこの頃は病に臥すことが多かったため、建築のことを熟知する僧侶ベルナルディーノに、自分の代わりに聖地をつぶさに巡礼し、それを正確に視覚化してもらい、それをお抱えの版画師カロが精緻な版画にしたものを見ることで、聖地巡礼を追体験しようと思ったのでしょう。作品の点数が多いのもそのためでしょう。

カロはこの仕事にずいぶん時間をかけたようです、というより、この仕事にとって重要なのは、創意を発揮することでも、目の前の自然や人物などの自分の目が捉えたものを描き表すことでもなく、自分が見ていない場所や空間を版画で再現することだったからです。

そのためにカロはベルナルディーノから建築という立体空間を表現するための建築的な平面図や立面図や断面図、そして正確な透視図を描く技術を一から学ぶ必要がありましたし、それをちゃんと理解した上で版画化(図面化)することが求められたからです。


例えば『平面図と二つの透視図』と題された作品があります。これはイエス・キリストが生まれたベツレヘムの厩のあった場所に建造された世界最古の教会、『聖誕教会(降誕教会)』の平面図と断面図と透視図です。そこにあった飼葉や生まれたばかりのイエスを入れた飼葉桶などを奉ることから始まったようですが、339年に建てられた最初の聖堂は6世紀に消失し、その後再建され、さらに隣接してフランシスコ会の教会が建てられるなどして、現在でもキリスト教徒にとって最も重要な聖地の一つです。

16-01


次の版画は『ピラトの宮殿』と題されています。イエスが生きていた頃のユダヤ社会は、すでに国が滅びて久しく、かろうじてローマ帝国の支配下にある共同体として生き延びていました。ピラトというのは、その頃のユダヤ人社会、エルサレムやパレスティナを中心とする地域を、ローマ帝国から派遣されて治めていた総督です。

その頃のユダヤ人社会は、シリアとエジプトとローマという大国の狭間にあって、ダビデによって統一されソロモンによって大国となったイスラエル王国の栄光の時代も遥か遠い昔となっていました。

そこに至るまでの経緯としては、イスラエル王国はやがてイスラエル王国とユダ王国に分裂し、さらに抗争を重ねて衰退したところをバビロニアに攻め込まれて王国が消滅し、多くのユダヤ人が捕囚としてバビロンに連れていかれるなど、悲惨な状態に陥ったのち、エジプトからメソポタミア全域を支配したペルシャ王国の支配下で、またそのペルシャを駆逐したアレクサンドロスの死後に分裂して成立したセレウコス朝シリアの支配下で、ユダヤ教を核に不思議な結束を持つ社会として存続を許されていましたが、生き延びるために綱渡り的な外交を繰り返したのち、ローマの庇護のもとに独自性を維持する道を選択するに至っていました。

しかしそういう属国的な生き方をする社会にありがちなことですけれども、当然のことながら王のような統治者はおらず、独立王国的な独自の国家運営の仕組みもなく、ユダヤ人社会の場合は、心の拠り所としての神殿と、厳格な戒律と、それを司る祭司たち、とりわけ大祭司が独裁的な力を持っていました。しかも祭司たちは権威を振り回しながらも、宗主国であるローマにも色目を使い、権威と権益によって私腹を肥やすという堕落に陥りがちな状態になっていました。


そこに登場したのがイエスでした。イエスは祭司たちの自分勝手な戒律の解釈と神の権威を背景とした特権の乱用によって支配され、階層化し、がんじがらめにされていた民と、二重の支配構造の中で閉塞状態に陥っていたユダヤ人社会に新風を吹き込み、人間と個人という視点を新たに導入してたちまち人気を集めましたが、イエスを信奉する人たちが急増する中で、祭司たちからは、ユダヤ人社会の権威と規律を破壊する危険人物と見なされるようになっていました。

その緊張が頂点に達したのが、祭司たちやユダヤ人社会の長老たちが雇った連中によるイエスの拘束と、大祭司カイアファの屋敷で行われた弾劾裁判と、それに続くイエスの処刑でした。弾劾裁判は祭司や律法学者や長老など、当時のエルサレムのユダヤ社会の特権階級が勢揃いしていて、即座にイエスの死刑がユダヤ人社会の最終決定として言い渡されました。

しかしユダヤ社会は基本的にローマ帝国の支配下にあったために、それなりの自治権は与えられていたとはいえ、死刑などという重罪を決定する権利は大祭司にもなく、死刑は統治者であるローマの総督ピラトの決定によってなされる必要がありました。

細かな経緯は省きますけれども、こうしてユダヤ人社会の最高権威者たちからピラトに引き渡されたイエスを見てピラトは、この静かで健やかな表情をした青年が、本当に死刑にされるような罪を犯したのだろうかと不審に思い、祭司たちが罪状を読み上げてもなお、なんとかこの青年を救えないものかと考えます。

そこでピラトはイエスを連れていったん宮殿の中に入り、宮殿の前の広場に人々が集まるのを待ちます。折しもその日はユダヤ人たちの祭日であり、広場に多くのユダヤ人たちが集まってきた頃を見計らって、大勢のユダヤ人たちに向かって、この人は本当に罪人なのかと問いかけます。人々の中にイエスの弟子たちやイエスに心を寄せている人もいるはずであり、その人々の声をもってイエスを救おうとしたのでした。

しかしピラトの近くにいるのはユダヤ人社会の最高権力者たちであり、その人たちがイエスを逮捕し死刑だと断罪している以上、イエスの味方をあえてしようという人々の声が力を持つには至りませんでした。

そこでピラトは再びイエスを連れて宮殿に入り、思案の末、もう一度ユダヤ人たちの前に出ると、人々に向かって、「今日はお前たちにとって大切な祭りの日だ。このような日には恩赦として罪人を一人釈放しても良いことになっている。今私の前には、強盗をしたバラバとイエスがいる。どちらに恩赦を与えて欲しいか?」と聞きます。

しかし前の方には祭司たちに言いくるめられたものたちが大勢いて、「バラバだバラバだ、イエスを死刑に」と叫び、その叫びが、すでに興奮のるつぼにあった大勢の人々を刺激してイエスを救えという声をかき消します。

それでも諦めきれなかったピラトは、もう一度宮殿に入り、部下に鞭でイエスを打たせ、イエスの背中に傷を与えたのち、もう一度ユダヤ人たちの前に出て「いろいろな尋問を私はしたが、この男にはこれといった罪が見当たらない、私はこの男は無罪だと思うが、しかしユダヤ人社会を騒がせたという罪に対する罰として、私はこの男を鞭打ちの刑に処した。そのことをもってこの罪のない男を許してはどうか」と言いますが、すでに回り始めた悪しき熱狂が冷めることはなく、ついにユダヤ人による「死刑だ、十字架だ」の大合唱が始まります。

どうしようもなくなったピラトは、仕方なくイエスを救うことを諦めますが、それでもなお、水を張った盥《たらい》を持って来させ、ユダヤ人たちの目の前で手を洗い、「見た通り私はこの人に関わってきた自らの手をすでに洗い清めた。これまでのこと、そしてこれから起こるであろうこと、この人が流すであろう血については、これでもう私には関わりが無い。このことに関しては全てお前たちユダヤ人が自分たちの責任において決めたこととする」と宣言しました。

そうしてイエスはユダヤ人たちの声によって死刑となり、十字架を自ら背負ってゴルゴダの丘への坂を登り、磔にされて処刑されました。十字架にはその上の方に、ローマの裁判において下された罪状を書いた板を打ち付けて掲げる習慣がありましたが、その罪状を見て人々は驚きました。そこにはINRI(ナザレのイエス、ユダヤ人の王)と書かれていたからです。

これはピラトのユダヤ人たちに対する精一杯の抗議だったでしょう。何しろそれは、ユダヤ人にとっての王であることがユダヤ人社会にあっては死罪に値するとユダヤ人たちが決めたということを表していたのですから。

16-02


この版画に描かれた宮殿は、その当時のピラトの宮殿ではなく、こうした史実を踏まえて、のちに聖蹟として建造された建築のようです。それというのも、イエスは十字架を背負って坂を登るときに、その重さに耐えかねて地面に三度膝をついて倒れたとされていますが、この版画の中の右下の階段のところに記されたEの文字の説明に、ここはイエスさまが2回目に倒れられた場所とあるからです。

エルサレムはキリスト教、ユダヤ教、イスラム教の三大宗教にとっての聖地なので、長い年月をかけて多くの教会や聖蹟が建造され、あるものは壊れ、また建て直されたりなどして、当然のことながら、エルサレムはイエスがいた頃とは全く異なる姿をしています。カロが生きていた17世紀でも、すでにそうだったでしょう。


47点の版画の中から、もう一つ紹介します。『聖墳墓教会平面図』と題された作品です。イエスが絶命した場所に建てられたとされている教会です。ここもまた。最重要な聖地の一つです。


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それにしても、数千年も前に、チグリス・ユーフラテスに挟まれた豊穣なメソポタミアをなぜか出て、カナンを目指したアブラハムから始まる。絶対神とユダヤの民の壮大なドラマを書き記した『旧約聖書』を聖典とする、神からモーセに与えられた戒律を重視する荒れ地で生まれた宗教の中から、イエスという革命児が登場し、人間愛という普遍的な概念を導入して世界化したキリスト教、そしてイエスを神の子とすることを良しとせず、最後の預言者ムハンマドが神から授かった言葉を書き記したクルアーンを聖典とするイスラム教。これらの世界宗教が人類社会に与えた影響の大きさには驚嘆します。

それらの宗教のために建造された無数の教会やモスクや街、そして聖地。この版画集におけるカロの、沈黙と言うしかないほどの絵画的な表現を排除した静寂さには、そうした巨大な精神世界へのヨーロッパ社会の構造的な敬意が自ずと働いているように思われますし、そうでなければこのような聖地巡礼の報告書がつくられることもなかったでしょう。

そして、このような精緻な版画集の存在は、それ以後に世界中で建造された教会建築や空間創造の際の貴重な参考資料として、少なからぬ働きをしたに違いありません。加えて、ここでカロが学んだ建築空間の表現方法と精緻な技術は、のちのカロの表現にも大きな影響をもたらすことになりました。


ちなみにこの作品は、トスカーナ大公お抱えの版画師であるカロにとっての本来の仕事でした。画家や音楽家が、自らの創意のもとに不特定多数に向かって作品を創るのは近代に入り、アーティストという存在が特別な表現者と見なされるようになってからです。それまでは画家は、王侯貴族や教会や富豪などからの注文に応じる職人のようなものでした。中でも優秀な人が宮廷お抱えの絵師となりました。もちろんそんななかでも、表現者たちは自らに個有の表現を追求しましたし、それをアピールもしましたけれど、カロのような版画師は、半ば公文書制作者のようなものですから、王や大公の注文に応えなくてはなりません。それは予想外の注文が来た時も同じです。たとえ自分の美意識の中にはなかったような対象でも、それなりにちゃんとこなさなくてはなりません。しかしだからこそ逆に、思いもよらない表現方法や、対象の面白さを発見することもでき、それが自分自身の表現の幅や豊かさをもたらすことにもつながりました。

ゴヤもそうでした。なかなか宮廷画家になれなかった彼は、王宮のコレクションであるベラスケスの作品などを版画にする仕事や、タペストリーの下絵(通称カルトン)を描く仕事に長く従事しましたけれども、それが版画家としてのゴヤを生み出すことになりましたし、石造りの宮殿の冷たい部屋の雰囲気を和ませるものとしての民衆の暮らしの絵柄が好まれたタペストリーの下絵を多く描いたことが、彼の油絵に大きな影響を与えました。

重要なのはだから、偶然や注文という他者から与えられた機会を、自らの表現を豊かにするチャンスとして誠実に向かい合い、そこでの工夫や発見を自らの表現力に取り込めるかどうかということなのかもしれません。

-…つづく

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谷口 江里也
(たにぐち・えりや)
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本や歌や建築、さらには自治体や企業のシンボリックプロジェクトなどの、広い意味での空間創造を仕事とする表現哲学詩人、ヴィジョンアーキテクト。
主な著作に『鏡の向こうのつづれ織り』『鳥たちの夜』『空間構想事始』『天才たちのスペイン』、主な建築作品に『東京銀座資生堂ビル』『ラゾーナ川崎プラザ』『レストランikra』などがある。
なお音楽作品として、シンガーソングライター音羽信の作品として、アルバム『わすれがたみ』『OTOWA SHIN 2』などがある。

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バックナンバー
第1回:ジャック・カロを知っていますか?
第2回:カロの最初の版画
第3回:ローマでのカロ
第4回:フィレンツェでの幸運な出会い
第5回:最初の公的な仕事
第6回:地獄絵図
第7回:愛のキューピットがトスカーナにやってくる
第8回:祝祭都市フィレンツェ
第9回:ジャック・カロの発見
第10回:独自の路を歩み始めたカロ
第11回:劇的空間
第12回:聖アントニウスの誘惑
第13回:版画集『きまぐれ』
第14回:トスカーナの風景
第15回:三人の役者

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