■よりみち~編集後記

 


■更新予定日:毎週木曜日


更新日2004/07/08


トラウマとはちょっと違うと思うのだが、ある人物を見た体験が強烈過ぎて、頭の中にこびりついて離れないということがないだろうか。特に子供の頃にそのような体験をした場合、まるでエンドレステープのように、その強烈なシーンだけが焼きついて離れなくなるように思える。私がその人物と遭遇したのは小学校の高学年だった。北海道の空知地方にある深川という町の小学校で、雪がすでに積りはじめた季節だったように思っている(12月頃だと思うが記憶がはっきりしない)。ある日の午後に突然全校放送があり、全校生徒が体育館に集合させられた。当時の冬の体育館は暖房もなく、足元から冷気が上ってきて、じっとしていられないほど寒かった。一体何事なのかと話し始めた頃、そこにその人物が笑顔を振りまきながら登場した。かなり年配のおじいさんで、スポーツマンタイプではないが、がっちりした体格で、今想像すると70歳を超えていたのかもしれない。冬の北海道の寒空の中、上半身は裸で、黒い半ズボン、もちろん裸足に運動靴、手には「日本全国行脚中(これもよく覚えていない)」とか書いた旗ざおを持って満面の笑みを浮かべてステージに向かった。なんだこの老人は? なんで裸なんだ? なんで笑ってるんだ? 全員あっけに取られてびっくりという感じだ。校長先生もかなりうろたえながらその老人を紹介したことは覚えているのだが、私はその裸のおじいさんの存在に圧倒されてしまい、全く上の空だった。とにかくそのおじいさんが「羅漢さん」と呼ばれていたことだけしか覚えていないのだ。その羅漢さんは、マイクを受け取ると、健康の大切さや笑うことの大切さを訴え、人間鍛えればこの通り冬でも裸で全国を旅行できること、みんなも毎日タオルで乾布摩擦しようと熱く語りかけたような記憶がある。独特の豪快な笑い声で圧倒しまくって、「ハーッハーハー」と高笑いしながら、まるで風のごとく校舎を後にしたように記憶している。当時、羅漢さんという言葉の意味を知らなかったが、後に羅漢像を見て、確かにあのおじいさんの顔が羅漢さんそのものだったことに納得したものだ。その後、新聞かなにかで、その羅漢さんが亡くなったことを知ったが、今でも私の脳裏には裸の羅漢さんが歩きつづけている姿が刻み込まれたままなのである。あの底抜けに明るい豪快な「ハーッハーハー」という笑い声を思い出すたびに、なぜか人生そう悪くはないかもという気分になるから不思議である。それにしても、日本には羅漢さんのようなユニークな人が最近いなくなったように思える。「フリーク」(奇形、熱狂者)という存在が正常な社会には必要なのだと思うのだが、最近増え続けているのは精神異常者ばかりで(それも急激に低年齢化しているから怖い)、人を魅了したり惹きつけたりするフリーク的な存在が極端に少ないのは、社会のどこかに問題があるからなのではないだろうか…。(K