■よりみち~編集後記

 


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更新日2008/08/07


会社帰りに立ち寄った駅構内にある書店の文庫コーナーで、島村英紀著『私はなぜ逮捕され、そこで何を見たか。』(2007年10月16日発行;講談社文庫)に出会ったのは、そのタイトルに刺激を受けたからだ。塀の中の話は、一般の人には未知の世界であり、海外旅行などのようにお金の力で行ける場所ではないだけに、興味がある。幸いなことだが、自分は塀の中に入る機会が今まではなかった(これからも入らないで済ませたいものだ)。文庫を手に取り、帯の解説を読んでさらに興味が湧いた。著者の島村英紀氏は2006年2月にマスコミを賑わせた国際的にも有名な地震学者だと分かったのだ。事件の概要が理解できるので、その帯の解説を全文そのまま引用させていただくことにする。

【だまされた人がいない、不思議な詐欺事件だった。北海道大の島村英紀教授は共同研究をするノルウェー・ベルゲン大から海底地震計を売ってほしいと求められた。地震計は操作が難しく、開発者の島村教授がいなければ宝の持ち腐れ。「形だけでも」という頼みをのんだが、北大は外国の小切手は受け取れないと拒否代金は個人口座に振り込まれて共同研究に使われ、地震計は島村教授らが管理し続けた。国際共同研究ではこの程度の「困った事態」は珍しくない。しかし北大は島村教授を業務上横領で告訴し、それが捜査段階で詐欺事件に変わる。被害者は何とベルゲン大だ。同大教授は「だまされたとは思っていない」と証言したが、判決は有罪。研究は道半ばで挫折し、日本の大学に対する不信感だけが残った。-----共同通信論説委員 辻村達哉】

この事件は新聞やTVニュースにも大きく取り上げられたので、私もよく覚えていた。なぜ北大は自分の大学の教授を告訴したのかが不思議で、大学となんらかの金銭的なトラブルなどがあって見せしめ的なことで告訴されたのかなと思っていたのだが、TVに映し出された島村教授の姿はまるでキツネにでもつままれたような表情で、とても計画的な犯行を犯したような雰囲気もなく、話せば分かるとでも言いたげな表情が印象に残り、今後どうなるのかなと思っているうちに、ニュースにも出なくなって忘れてしまっていた事件だった。この解説を読むと完全に不当逮捕であり、おまけに告訴した北大がいつのまにか消え、被害者がいないにも関わらず、詐欺と思ってもいないベルゲン大学を代行する形で検察庁が原告となってこじつけの罪をきせる前代未聞の事件だということが分かった。おまけに171日間もの長期に渡り札幌拘置所に接見禁止のまま独房に拘留され続け、最後は4年の執行猶予付きとはいえ3年の実刑判決が出たのだ(控訴しても国にはかなわないと断念し判決を受け入れた)。最後の解説で、安部譲二氏が「残忍非道な魔女狩りのようなことが起こった」と書いているが、確かに魔女狩りに近い。まるで明治生まれの頑固親父が息子に向かって拳を振り上げてしまったが、自分が勘違いしていたことにはたと気づき、上げた拳を下げるわけにもいかず、訳の分からない講釈をつけて、あまり痛くないように頭をこつりと殴るような感じなのではないだろうか。検事と判事は面子を守ることしか考えていない日本の司法では、起訴されて99.9%が有罪判決だと言うから、とにかく司法の威信にかけても無罪にはできないという事情があるのだろう。この話を読んでいると、来年からスタートする裁判員制度であれば、このようなもろに検察の面子を守るような事件には有効ではないかと思えるのだが、二審以降は従来の裁判と同じ方式だと言うから、結局、無罪になったとしても、検察側が控訴したら元通りの裁判だから、司法改革にはほとんど影響がないのかもしれない。
著書では、島村教授が逮捕される瞬間から171日間の札幌拘置所での独房生活について、よくこれだけ事細かに塀の中を記録したものだと思えるほど、朝起きて寝るまでの日々の出来事がすべてが記録されている。未決囚とはいえ、すべて細かいルールが決められており、数々の制約の中、これでもかというほど丹念に記述しており、地震学者のフィールドワークを拘置所でやっていたような印象である。著者の記録の仕方にも脱帽であるが、このような極限状態でありながら、検察、判事、そして拘置所の職員などに対して一言もマイナスの感情をぶつけていないことに驚いた。171日間の独房生活を想像しただけで、滅入ってしまう自分がいるわけで、とてもポジティブな思考は続きそうもなく、誰かを呪ったり、自分を責めたりしてしまいそうだが、そんな思考回路は持ち合わせていないようなのだ。人間の出来がちょっと違うようである。著書の中でも言っているが、考えようによっては拘置所は天国のようだと言っている。ヨットのキャビンでの生活に比べたら、十分なスペースも確保できるし、メシは3食カロリー計算までされているし、最もすごいことは海ではないので揺れずに安眠できることだと、すべてポジティブに考えている。もちろん不安がないはずがないのだが、強力な精神力と分析力で独房で生き抜く方法を考案していく姿に感動を覚えた。意外な情報としては、札幌拘置所の食事は全国一の評判が高く、かなり充実した食生活のようで、拘置所が選べるならばの話だが、札幌がよいようだ…。(

 

 

 

 


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