■くらり、スペイン~イベリア半島ふらりジカタビ、の巻

湯川カナ
(ゆかわ・かな)


1973年、長崎生まれ。受験戦争→学生起業→Yahoo! JAPAN第一号サーファーと、お調子者系ベビーブーマー人生まっしぐら。のはずが、ITバブル長者のチャンスもフイにして、「太陽が呼んでいた」とウソぶきながらスペインへ移住。昼からワイン飲んでシエスタする、スロウな生活実践中。ほぼ日刊イトイ新聞の連載もよろしく! 著書『カナ式ラテン生活』。


■移住を選んだ12人のアミーガたち、の巻(連載完了分)

■イベリア半島ふらりジカタビ、の巻
第1回:旅立ち、0キロメートル地点にて

■更新予定日:毎週木曜日




第2回:移動遊園地で、命を惜しむ

更新日2002/10/31


高校のころよく聴いていた音楽に、『フェアーグラウンド・アトラクション』というイギリスのバンドがあった。心地良いアコースティックの響きで日本でも人気となったので、ご存知の方もいるかもしれない。オリジナル・アルバムを一枚出しただけで解散した彼らの名前が「移動遊園地」という意味だと知ってから、しゃにむに移動遊園地なるものに憧れてきた。

日本では、あまり移動遊園地の話は聞いたことがない。アメリカとかフランスとかの映画の中で、たまに目にするくらいだった。ある日、なにもなかった原っぱに、色鮮やかな木製のメリー・ゴー・ラウンドが現れる。あぁ、なんて素敵なんやろう! 県内にはしょぼくれた遊園地がひとつしかなかった田舎者の私は、ある日近所にやってくる遊園地というものに、本当に本当に憧れていたのだ。

その移動遊園地が、先週、近所にやってきた。スペインでは、地域の祭りの際に、よく現れるのだ。昨年引っ越してからは、はじめての経験。何度か外国ナンバーのキャンピング・カーを見かけたなと思ったら、いつもはガランとした広場に、大きな観覧車ができていた。現場近くを通勤するダンナの証言によると、たった二日で組み立てられたという。その技術を誉むるべきか、その安全性を危惧するべきか。


というわけで、10月の晴れた日曜に、私は移動遊園地へ出かけたのであった。真っ赤なマドリード市交通バスを待つこと20分。5分乗ったら、もう到着。まったくあっけなくてごめん、これが第一ジカタビなんである。


バス停を降りたところから、跳ね回るちびっこたちと、ベビーカーを押すパパと煙草を吸うママと、手をつないでゆっくり歩くお年寄り夫婦で、あたりはふわーっと賑やか。いつもは恋人たちがラテンムード満載の熱烈チュウをしている静かな広場は、屋台とアトラクションでびっしりだ。

屋台は、フライドポテト、ポップコーン、ホットドッグ、それにオリーブや鰯の酢漬け。日本と同じく綿菓子やりんごアメがあるのには、ちょっと驚く。いちばん大きい屋台は、スペインの国民食ボカディージョ(フランスパンサンド)やさん。中身はスパイシーソーセージ、イカのリングフライ、豚ロース肉のソテー、内臓のフライ(ずっとホタルイカだと思って食べていたので、知ったときにはショックだった)、豚の血の黒いソーセージなど。網の上で脂のはぜる美味しそうな匂いが、ぷーんと広がっている。その店頭に置かれた台に並ぶのは、パン・コン・トマテ。

これはスライスしたパンの表面に、トマトとニンニクをすりつけて、塩とオリーブオイルをかけたもの。バルセロナなどカタルーニャ地方の料理と言われる。それに生ハムと赤ピーマンのオイル漬けを乗せたら、お祭り用スペシャルバージョンのできあがり。こいつがもう、むちゃむちゃに美味い! 「ミニ」という名前の1リットル入りサングリア(この場合は安い赤ワインを安い炭酸水で割って安い果物の欠片を入れ、薄汚いバケツからすくって出してくるもの)で流し込めば、もうお腹いっぱい。安サングリアのせいで、ちょと頭痛がするのはご愛嬌、っちゅうことで。


遊びの屋台は、射的に輪投げ、缶倒し、ビンゴ、と日本と変わらず。でも商品が生ハムの足1本だったりするのは、実にスペイン的か。射的のおじちゃんは「この銃は日本製なんだ、だからパシーッと狙ったところに弾が行くでよ」と言っているけど、どでかい商品のかかった人形は、弾が当たったところで倒れやしない。まぁったくもう、こういうとこはしっかり世界共通なんだよな。

ちびっこが鈴なりになって覗き込むアトラクションは、ゴー・カート、ミニ・ジェットコースター、座席が上下しながらぐるぐるまわるやつ、など遊園地でお馴染みのもの。ちなみに巨大観覧車は、ゆっくりボックスをひとつずつ動かしてお客さんを全員乗せてから、やにわにぐるぐる高速で回りだすという絶叫型の代物。2日間で作られたという骨組みが、ぎしぎしと鳴っている。3年前に乗ったとき、いろんな意味ですごーく怖かったので、命が惜しいうちは乗らないことにしている。

さて。いちばん人気のある花形アトラクション、ロデオマシーンへ。

この写真のは子ども向け、といってもかなり揺れる。前後、左右、上下、斜めに傾斜、そしてぐるりと前後に一回転。必死で牛の角にしがみつく子どもたちに、観客が大声援を送る。ちなみに私は2年前に、別の町で、とても本格的に跳ね回る10人乗りロデオ・マシーンに挑戦したことがある。激しい動きに耐えられず地面に放り出されたちょうど真上に、前に座っていた小結級にデブちんな友人(推定120kg)がぽよんと落ちけてきて、しばらく息もできなかった。それ以来、命が惜しいうちは見るだけと決めている。うーん、なれば必ず頭痛を誘発する安サングリアも、命を惜しんでやめるべきか?

今回はなかったが、以前は回転木馬ならぬ、回転生ロバを見かけたこともあった。木枠につながれた数頭のロバが、ぽくぽくと、円を描いてまわりつづけるのである。もちろんロバがリズミカルに上下したり、電気がぴかぴか光ったりはしない。こころ弾むようなきれいな色、ですらない。やっぱり臭いし。そのせいか、あまり人気がない。そのせいでよけいに悲しく見える、実に切ないアトラクション。嗚呼あのロバたちは、いまいずこ。


憧れの移動遊園地は、想像していたよりも本格的なアトラクションが多くて楽しくて、でも想像していたようにどこか懐かしい気分になる場所である。『フェアーグラウンド・アトラクション』のアコースティック・ギター、そのままに。まさか、こんなに命が危険にさらされるとは思わなかったけれど。

帰りの路線バスは、満席。立ち並ぶひとの頭の間でキャラクター・バルーンが揺れていたりして、祭りの余韻があちこちに残っていた。私の腹が少し痛くなってきたのも、祭りサングリアの余韻だろうか。いかん、来年からはせめて「ミニ」サイズはやめよう。命、惜しいし。いてててて。

 

 

第3回:佐賀的な町でジョン・レノンを探す(1)