■感性工学的テキスト商品学~書き言葉のマーケティング

杉山淳一
(すぎやま・じゅんいち)


1967年生まれ。信州大学経済学部卒業。株式会社アスキーにて7年間に渡りコンピュータ雑誌の広告営業を担当した後、'96年よりフリーライターとなる。PCゲーム、オンラインソフトの評価、大手PCメーカーのカタログ等で活躍中。


第1回:感性工学とテキスト
第2回:英語教育が壊した日本語
第3回:聞くリズム、読むリズム
第4回:話し言葉を追放せよ
第5回:読点の戦略
第6回:漢字とカタカナの落とし穴
第7回: カッコわるい
第8回: 文末に変化を
第9回: "冗長表現"が文章を殺す
第10回:さらば、冗長表現
第11回:個性なんかイラナイ!
第12回:体言止めは投げやりの証拠
第13回:主語と述語のオイシイ関係
第14回:誰のために記事を書く?
第15回:ひとつのことをひとつの文で
第16回:しつこいほうが好き。

■更新予定日:隔週木曜日

 

第17回:コノときアレのドレがソウなる?

更新日2002/10/24


二組の恋人同士を比較して、付き合いの長さを書き分けてみましょう。隆志さんと昌子さんはもう5年以上も交際しています。尚樹さんと弘美さんは出会ったばかりです。あなたならどんなふうに表現しますか?

・隆志と昌子は5年以上前に出会った。一方、尚樹と弘美は15日前に知り合った。

説明文にするとこうなるでしょうか。ハッキリと数字で表わし、交際期間を明確にしています。裁判の記録を読んでいるようですね。ちょっとあじけない気もします。でも、説明文ですから合格です。

小説なら、こんな表現方法もあります。

・「ねえ、あれってどうしたっけ」
 昌子は隆志に声をかけた。
 「あれは、向こうに送ったよ」
 と、隆志は言った。

・尚樹は食器棚を指さして、
 「あそこのそれ取って」と言った。
 「これね」弘美が答えた。
 「ちがうよ。そっちだよ、ほら」
 「それ、だけじゃわからないわよ」

"あれ"、"これ"ですぐに話が通じれば、交際期間が長く、気心が知れているとわかります。また、お互いの意思がかみあわない様子を示せば、付きあったばかり、あるいは、浅い関係であるという印象を読者に与えます。または、二人が不仲であるというイメージですね。お互いの意思を通じ合わせるためには、"指示語"の内容を正確に伝える必要があります。これは、文章を書く上でも大切です。

ライターと読者の関係は、長年連れ添った夫婦ではありませんし、何十年もともに過ごした"無二の親友"でもありません。したがって、文章を書く上では"こちらの気持ちは伝わらないもの"と心がけましょう。"この程度でわかってくれるだろう"という気持ちは書き手の"甘え"です。うかつに省略してはいけませんし、指示語の多用は禁物です。

・問題。
品川駅は新幹線の新駅設置を決め、建設工事を開始した。これは周辺住民にどんな影響を与えるだろうか。100文字以内で説明しなさい。

こんな問題が出たらどうしましょう。この文章で"これは"はなにを指しているでしょうか。"これ"は"旅客に影響を与える"ものですね。新幹線は旅客が利用するものです。影響はあるでしょうね。新駅ができれば旅客の利用方法は変わります。でも、当面は工事によって迷惑する旅客のほうが多いでしょう。つまり、この問題は論点があいまいで、出題者の意図が明確ではありません。もし、新駅について答えてもらいたいなら、

・この新駅は周辺住民にどんな影響を……

 と書くべきだし、工事について論じたいなら

・この工事は周辺住民にどんな影響を……

と書いたほうがわかりやすくなります。

指示語は書き手にとってはとても便利な言葉です。同じ言葉を何度も繰り返す必要はありません。長い固有名詞を何度も使うと"しつこい"という印象を持たれやすくなります。指示語を使えば固有名詞を減らせます。しかも、たいていの指示語は2文字か3文字ですから、文字数を節約できます。

しかし、文章を曖昧にして誤解を生みやすいという"副作用"があります。指示語を使うときはくれぐれも慎重に。使わないで済むなら、使わないほうがいいでしょう。なぜなら、指示語、いわゆる"こそあど言葉"は、書き手の思い込みが反映されます。書く側が指示語の対象を認識していても、読者は別のものだと判断する場合があります。

私はこのコラムで、ライターの文章は、制限された文字数にたくさんの情報を盛り込むべきだ、と書いています。しかし、その結果として読者に誤解される表現になっては本末転倒です。説明文を書くなら、しつこいなあ、くどいなあ、と思うくらいがちょうどいいと思います。試しに、指示語をいっさい使わないで文章を書いてみてください。それを読み返して、あまりにもくどい、しつこい、と思う部分だけをひとつずつ指示語に置き替えましょう。置き替えながら、指示語の対象がはっきりしているかどうか、しっかりチェックしてください。

指示語は使わないもの。固有名詞が何度も出てきて読みづらい時に"しかたなく"使うものだと心得ましょう。安易に指示語を使うよりも、ずっとわかり易い文章になりますよ。

 

→ 第18回:強い文は短い