第704回:宇部興産の街を行く - 宇部線 宇部新川 ~ 新山口 -
小野田から山陽本線で宇部へ戻り、ここから再び宇部線に乗る。08時28分発の宇部新川行きはクモハ123の単行だ。そういえば、私が会社勤めを辞めて乗り鉄旅を復活した当時は、まだ宇部線と小野田線に茶色の旧型国電が走っていた。それが最後の旧型国電として鉄道好きに人気だった。現在はクモハ123の終焉の地だ。古い電車ばかりあてがわれて、沿線の利用者には気の毒な気がする。しかし鉄道好きには興味深い路線だ。

小野田駅、スッキリした外観
ロングシートに空きはなく、私は定位置、運転室の後ろに立った。朝一番に乗ってから2時間を経て、乗客も増えている。この列車は時刻表には休日運休と表記されており、通勤通学のために走っている。いや、学校の始業は8時半だろうから、宇部に着いた通学列車の折り返しか。

宇部駅から再び宇部線へ、信号場が見える
今朝、一度目に乗った時は気づかなかったけれど、右上りカーブの先、畑の中に信号場がある。1両単行の電車にはもったいない長さで、なるほどこれも炭鉱鉄道の貨物列車を走らせた名残だろう。二度目に渡る厚東川、水面が明るく鮮やかな水色になっていた。いや、一度目はまだ眠気が残って景色がぼやけていたかもしれない。

厚東川は昼の景色へ
次の岩鼻駅で対向列車とすれ違う。105系の3両編成だ。行先は下関と書いてある。宇部から山陽本線に直通する列車だ。下関と聞くと、関東の人間には本州西端の印象がある。宇部は下関近郊とも言える位置。ここから各駅停車で約1時間の近さ。そうか、私はずいぶん遠くに来たんだな。宇部新川に到着した。

下関行きがあるんだね
時刻表では08時39分着、乗り継ぐ電車は08時41分と近いから、もしかしたらこの電車がそのまま新山口行きになるかもしれない、と予想したけれど、到着したプラットホームの向かい側に105系電車3両の新山口行きが待っていた。ここから先は乗降客が多いらしい。発車前にすでにロングシートの半分は埋まり、そこに宇部から乗ってきた人たちが乗り換えてきたから満席で発車した。車掌も乗っている。さすがにこの混雑をワンマン運転士だけではさばけない。
これだけ多くのお客さんはどこへ行くのだろう。新山口へ行きたいなら山陽本線経由のほうが早いはずだ。私の居場所はまたしても運転席の後ろである。いや、それでいい。早起きをしたから、座ると居眠りをしそうだ。未乗路線だ。景色を観たい。しかし市街地である。面白い形の家やビルがないか探し続けて眠気を追い払う。それにしても、これだけの人々はどこへ行くのだろう。

トンボが乗っていた
宇部線沿線を下関近郊と書いてしまったけれども、宇部市もなかなかの規模である。下関市は人口約26万人、宇部市は約16万人。厚東川の向こうの山陽小野田市は約6万人で、合わせて約22万人になる。宇部市も小野田と同様に海底炭田で発展した街で、宇部興産の創業の地でもある。宇部線と小野田線も、宇部興産の元となった沖ノ山炭鉱が作った線路だ。そこを走った電気機関車が、いま、銚子電鉄のマスコット的存在の「デキ3」とのこと。いろいろ繋がっていておもしろい。

大きな家の広い庭
そして宇部興産をWikipediaで調べると「同社は株主総会の回数が減ることにより地元株主の楽しみを奪うことを避けるために1982年まで年2回決算を続けていた」と書いてあった。楽しみってなんだろう。年2回の配当というなら総会まで開かなくていい。株主総会は仲良し同士の飲み会、お祭りのような趣向だったのか。歴史上、多くの炭鉱会社は、何もなかった土地でまちづくりから始めている。地元への貢献度は高い。互いの感謝の気持ちが通じて、楽しい催しになっていたのかもしれない。こういう企業城下町は暮らしやすいだろうな、となんとなく思う。
琴芝駅で10人ほど降りて、同じくらいの人が乗ってきた。東新川駅も同様。しかし次の草江駅は10人以上降りて、同じくらいの人数が乗ってきた。この駅は山口宇部空港に近い。車窓から管制塔も見える。空港のWebサイトによると、ターミナルビルから草江駅まで徒歩7分だ。7分なら空港連絡駅の資格はじゅうぶん。羽田空港のロビーと地下の京急電鉄やモノレールの駅だって数分かかる。山口宇部空港駅に改名すればいいのに、と思う。副駅名でもいいけれど。発車してすぐの踏切から空港方面を見ると、道路が広がりソテツの並木がある。いかにも空港の入口だ。

新幹線の高架橋が見えた
次の常盤駅は海のそばの築堤にあって海と空港島の端が見える。タイミングが合えば離着陸する飛行機も見えそうだ。宇部線、小野田線に乗るために飛行機で来る行程も考えた。なんとなく時間が合わなかった。わずかな時間に見えた晴天の海、キラキラと輝いている。ブラインドを下ろす人がいなくて良かったと思ったけれど、この電車にはもともとブラインドがついていなかった。

山陽本線の貨物列車
海から遠ざかり、自然が残る住宅地という景色になった。各駅で乗降する人がいるけれども、入れ替わりは5人程度に減った。宇部から帰宅する人、新山口に行く人が交差する。深溝駅を発車してしばらく走ると、遠くの山裾に山陽新幹線の白い高架線が見えてきた。列車が見えるかなと目をこらしていたら、手前の地上をコンテナ貨物列車が通り過ぎた。山陽本線はそこにあったか。複線の線路が近づいて、上嘉川駅からは山陽本線の踏切も見えた。

柱の向こうに山陽本線の踏切
09時34分、新山口駅に到着。4時間で小野田線と宇部線を巡った。これでもまだ朝の散歩という時間だ。今日は長い一日になる。

山陽本線と合流
-…つづく
|