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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第552回:天井から水平線 - 帆柱ケーブル -

更新日2015/05/28


門司港の街で昼飯を食べようと思っていたけれど、和布刈で食べたジャンボウインナーの腹持ちが良かった。だから電車に乗ったわけだ。赤いマスクの813系。鳥栖行きである。乗り甲斐のありそうな電車だけど、約30分の八幡で降りる。その僅かな時間で空腹を覚えた。

電車に乗ると腹が減る。クロスシートに座り、空席が多いと何か食べたくなる。なぜだろう。列車の振動で、胃袋の中身がすべて十二指腸へ落ちていった。それしか考えられない。


八幡駅の駅舎は大きい

八幡駅の改札のそばにコンビニと東筑軒の売店が並ぶ。もうすぐ15時。昼飯時は過ぎているけれど、かしわめし弁当がふたつ残っていた。まるで私の到着を待ちかねたように。ふたつとも、という気持ちを抑えてひとつ買う。帰りに見かけたら買おう。ちょっとした運試しだ。コンビニにも寄って、飲み物を買う。ついでに菓子パン。これは夕食にはぐれたときの予備である。

包みを抱えて外に出る。どこで食べようか。駅前広場に木陰とベンチがあればいいけれど、ベンチはバス停にしかなかった。あそこで食べたらバスがやってきて、食べ終わるまで待ってくれそうだ。しかし路線バスに乗るつもりはないからそれは気まずい。


遅めの昼飯、かしわめし、うまし

帆柱ケーブルカーの駅に行くシャトルバスを待つ。バス停の背後、植え込みの端に腰掛けて包みを開けた。カサカサと音をたてたら、腰のほうでバサバサと音が出た。なんだろうと茂みを覗いたら野良猫がいた。先客を驚かせてしまったようだ。野良猫に餌をやってはいけないと思いつつ、お詫びにパンをちぎって置いた。

10分ほどでシャトルバスがやってきた。ちょうど食べ終わってお茶を飲み干そうとしたところだ。慌ててゴミをコンビニ袋に入れ、それを鞄に突っ込んでバスに乗った。乗客は私だけだ。連休中の平日だけど、なんとも寂しい。隣の駅はスペースワールドだった。あっちはどうだろう。バスは整った街並みを走る。八幡製鉄所の恩恵を受けているのだろう。街並みはきれいだ。ガラス張りの大きな建物がある。


シャトルバスで帆柱ケーブルへ

バスは住宅地の細道へ分け入っていく。上り坂、住宅は石垣の上。どの家も華美な外装はなく、慎ましい佇まいである。車は新しいけれど小さい。しかし庭は広く、手入れが行き届いている。年配のほうが住む地域かもしれない。坂道は左へぐいと曲がり、上り詰めて右へ直角に曲がり、高速道路を越えた対岸がケーブル駅の広場だった。無料バスだったから、お礼のつもりで世間話をした運転手さんに礼を言って降りた。


駅舎は猫の顔に見える

ケーブルの駅舎は猫の顔のようだ。駅舎に入ると、壁にパラグライダー利用者向けの注意書きとフライトエリアマップがあった。なるほど、スカイスポーツも楽しめるレジャースポットというわけだ。その隣にケーブルカーを紹介するポスターもある。全長1,100メートル、標高差441メートル。速度は時速14キロメートル、最高傾斜角は28度、スキーのジャンプ台と同じとある。


スイス製のケーブルカーだ

ケーブルカーの車両の定員は112名とある。大柄の部類だろう。ホームに行ってみると、青いケーブルカーが待っていた。前面が大きな曲面ガラス。スイス製で、ヨーロッパのLRT車両を連想するデザインだ。青色はかなた号という。客室は階段状だ。ケーブルカーならどこもこんな様式だけど、乗車してみると前後の高低差が大きい。スキーのジャンプ台の確度でも座れるように配慮した設計だからだろう。最前部から下を見ると、つま先より下の高さに最後部の屋根がある。屋根がガラス張りで、まるでサンルームのようだ。


アジサイと緑のトンネルが続く

私のあとから若い男女、壮年の男女、ひとり旅の女性が乗り込んで発車した。ひとりきりだと寂しいけれど、カップルたちと同乗すると黒子に変身したくなる。ひとり旅の女性も同じ気持ちだろう。最後部に座ったようだ。私は最前部にいるから前方を注視した。発車してすぐに満開のアジサイのそばを通った。そのあとは森の中である。左右の視界はない。ずっと緑に囲まれている。冬の葉が落ちるときのほうが良かったかと思う。中間点で黄色い車両とすれ違う。黄色いはるか号である。


はるか号とすれ違う

中間地点を過ぎても森林地帯。やがて両側に石垣が現れる。切り通しだから左右の景色はない。頂上付近でやっと右側の景色が開ける。右側へ視線を移しつつ、身体も横向きにし、さらに後方へ視点を移動してびっくりした。ガラス張りの屋根から下界が見える。なるほど、太陽の光を取り入れるためのガラス屋根ではなく、下界の景色を見るためのガラス窓だった。


今度は石垣の間を進む


天井を通して水平線を見る

始めからこちら向きに乗れば良かった。帰りは最後部に乗ろう。左右の視界の寂しさも納得だ。帆柱ケーブルは、左右の視界ではなく、天井から下界を眺める乗りものだった。スキージャンプ台ほどの急角度だから実現した景色だ。山上駅に着く。階段状のホームから車両を見おろすと、いまにも仰向けにひっくり返りそうであった。


最後まで急傾斜のままであった

-…つづく


杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

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■著書
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