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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第551回:要塞海峡 - 火の山ロープウェイ・サンデンバス・関門汽船 -

更新日2015/05/14


関門トンネル人道の山口県側出入り口から船で福岡県に戻る。クローバーきっぷにはサンデンバスの片道きっぷが含まれている。区間は人道出口に接する御裳川停留所から港のある唐戸停留所まで。停留所の時刻表を確認すると、唐戸方面下関行きは1時間に10本以上も走っている。運行間隔が不揃いだから、各地から下関行きのバスが集まっているようだ。

そのバスに乗る前に、ちょっと寄り道をしてみた。御裳川停留所から徒歩5分の場所に、火の山ロープウェイがある。高いところへ上って、今度は山口県側から関門海峡を眺めたい。関門トンネル人道の駐車場北側にロープウェイの看板がある。住宅街の小道を上り、看板の矢印に従って並木道を通り抜けると、10分ほどで鉄筋コンクリートの簡素な駅舎に着いた。


下関市営の火の山ロープウェイ

火の山ロープウェイは下関市が運行している。市営の公共交通である。3月から11月まで稼働し、運休日は火曜日と水曜日。運行時間は10時から17時まで、00分、20分、40分に出発する。今日は水曜日だけど、調べてみたところ、ゴールデンウィークは運行している。それがあまり周知されていないか、あるいはカレンダー通りに生活する人が多いか。

時計を見た。12時08分。ちょうど良いタイミングと言えそうだ。駅舎の写真を撮り、窓口できっぷを買う。片道300円、往復500円。今日の気候なら帰りは歩いて下りたいところだ。しかし日帰りの旅では気持ちが急く。往復を買った。係員の女性は出札も運転係も美人で対応が丁寧だ。

待合室に色あせた映画のポスターがある。『チルソクの夏』というタイトルだ。公開は2004年。9年前だ。日韓交流の陸上競技大会に参加する女子高生の青春物語。このあたりがロケ地になったらしい。出演者の名前に上野樹里、夏木マリ、山本譲二がある。韓流ブームの後半あたりだろうか。


登山道も楽しそうだ

ホームに上がると小ぶりのゴンドラが待っていた。まんじゅ号と書いてある。小ぶりと言っても定員は31名とある。ゴンドラの天井から猿の尻尾のような腕が伸びてロープをつかむ。2台のゴンドラが交互に往復するクラシックなスタイルである。

山頂駅までは約4分。鳥の鳴き声が聞こえる。眼下は新緑。紅白の花はツツジだろうか。そばに藤棚のような屋根とベンチがある。登山道の散歩も楽しそうだ。ふもと側を見ると海峡の全容が開けていく。晴天の良い眺めである。山頂駅付近は広い公園が整備されていた。展望台だけかと思ったら、ゆっくり散歩できそうだ。

海峡を眺めつつ歩くと展望台があった。その手前に案内図がある。ちょうど公園最深部に向かって半分くらいの道のりを歩いたようだ。その先には“下関要塞火の山砲台跡”という文字がある。なるほど、ここも関門海峡の防衛拠点だったわけだ。門司城跡は絶景バスで通過するだけだったから、こちらをひとめぐりしてみた。


瀬戸内方向を眺める

火の山は標高268mの小さな山だ。平安時代から見張り台として使われ、狼煙を上げた場所となった。だから火の山という名になった。室町時代は火山城が築かれ、廃城後の江戸時代も狼煙場の役目は残された。明治21年から日本陸軍の下関要塞として砲台が4基も設置された。和布刈側の要塞と合わせて、強固な門として機能していたようだ。


砲台跡

この海峡を突破されると、日本列島の懐に侵入されてしまう。だから関門海峡は我が国本土防衛の要である。挟撃に好立地だから、わざとここまで敵艦を引き込んで殲滅するという作戦もできただろう。ただし、下関砲台は実戦で砲撃する機会はなかったと案内板に書いてある。日本海軍が優秀だったから、敵艦を寄せ付けなかった、ということだろうか。もっとも、昭和時代以降は対船舶より対航空戦力が重視された。砲台は取り払われ、高射砲が設置されたという。下関も空襲被害を受けている。


弾薬庫か兵舎か……

砲台跡のうち、第3砲台と第4砲台の保存状態は良好らしい。もっともすでに大砲はなく、遺跡は土台のみである。地下につくられた弾薬庫や兵員の控え室も残っており、立ち入り可能だ。歴史にあまり興味のない私でも興味深いから、廃墟ファンにはたまらないだろう。もっとも、残骸は構造物のみで、ぽっかり空間があるだけだ。植栽も整えられて、戦時中に勤務した防人たちの心情を察せられる風景ではない。かくれんぼで遊ぶと楽しそうだという感想は、いささか暢気が過ぎるというものだ。


兵舎の中も入れる

海峡を眺めるだけだからすぐに引き返せると思っていた。しかし要塞の遺構をたどり、ひとつひとつ説明書きを読んで長居をした。かっちり予定を組んだわけではないけれど、そろそろ港へ急ごう。ロープウェーの往復きっぷは正解だ。

御裳川停留所付近の公園に、壇ノ浦の戦いを主題とした像がいくつかある。バスの待ち時間に見物しようと思ったら、ちょうどバスが来た。唐戸は終点ではないから、自動放送の停留所名に耳を澄ませる。路線バスに乗ったときの、小さな緊張感は悪くない。自分が旅人だと自覚させてくれる。もっとも、唐戸は主要停留所だから必ず停まるようだ。バスは10分もかからず唐戸に到着した。広い駐車場を持ち、土産物屋などが並ぶ賑やかな場所であった。


ロープウェイから関門海峡、右手奥に巌流島

唐戸というと、港ではなく桟橋とターミナルを指すようだ。関門海峡、山口県側の下関港は広大で、そのうち門司港行きと遊覧船が唐戸桟橋を発着する。巌流島経由という黄色い船が見える。桟橋には巌流島決闘400年という横断幕がかかる。巌流島の決闘は慶長17年4月13日。西暦の新暦では1612年5月13日。なるほど、去年の5月で400周年である。あと12日間は記念の1年となるわけだ。


サンデンバスは、かつてこのあたりで路面電車を走らせた会社だ

ああそうか、巌流島の決闘は江戸時代だったか、と思う。さっき壇ノ浦の戦いを聞いたばかりだから、宮本武蔵も佐々木小次郎も源平合戦の人物だと思っていた。本当に歴史を知らない。恥ずかしい。1612年と言えば徳川幕府の成立から9年目。大坂夏の陣の2年前。まだまだ剣の力がものを言う時代であった。

宮本武蔵と佐々木小次郎が決闘した巌流島。正式名称は船島というそうだ。巌流島の由来は、佐々木小次郎が巌流を名乗ったからだ。じつは佐々木小次郎という名は後世の伝説で語られており、当時は巌流だったらしい。巌流が死んだ島だから巌流島になった。


関門汽船で門司港へ

13時42分発の門司港行き。クローバーきっぷで乗る船は、巌流島を経由しない。しかし右手の遠くに見える。意外にも平たい小さな島だ。なんとなく広大な青松白砂の浜という印象だったけれど、あれはドラマか絵本にすり込まれたイメージらしい。小さくてがっかりだけど、江戸時代の剣豪が決闘する場所、つまり競技場としては手頃なサイズだと納得する。そしておそらく、壇ノ浦の決戦に因んでこの場が選ばれたのではないか。うん、興味がわいてきた。武蔵か、小次郎か。歴史小説を読んでみよう。


海上から関門海峡を眺める

唐戸桟橋から門司港桟橋まで、海峡の狭いところを渡って所要時間は数分である。門司港側の桟橋は門司港駅のすぐそばであった。これにて関門海峡めぐりの旅は終わり。私は本日二番目の目的地へ向かうため、電車に乗った。時刻は14時少し前であった。

-…つづく


杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

<<杉山淳一の著書>>

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■著書
『列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法: 時刻表からは読めない多種多彩な運行ドラマ!』


列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法
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