■店主の分け前~バーマンの心にうつりゆくよしなしごと

金井 和宏
(かない・かずひろ)

1956年、長野県生まれ。74年愛知県の高校卒業後、上京。
99年4月のスコットランド旅行がきっかけとなり、同 年11月から、自由が丘でスコッチ・モルト・ウイスキーが中心の店「BAR Lismore
」を営んでいる。
Lis. master's voice


第1回:I'm a “Barman”~
第50回:遠くへ行きたい
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第51回:お国言葉について ~
第100回:フラワー・オブ・スコットランドを聴いたことがありますか
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第101回:小田実さんを偲ぶ~
第150回:私の蘇格蘭紀行(11)
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第151回:私の蘇格蘭紀行(12)

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■更新予定日:隔週木曜日

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更新日2009/12/10


ネス湖巡り
4月13日(火)、スコットランドには、実は私たちがイメージする「観光地」らしい場所は本当に少ない。有名な景勝地であっても、ほとんど観光施設を置かぬ自然公園であり、日本でよく見掛ける観光センターのような建物はあまりないようである。

少ない例外のひとつが「ネス湖」であると聞いた。ここは由緒正しき観光地であるらしい。ネス湖と言えばネッシー。日本人にも馴染みの深い湖だ。かつて衆議院議員時代の石原慎太郎氏が、「ネス湖怪獣国際探検隊」という浅はかなチームを作って、何度かネッシーの「捜索」活動をしたこともあった。

まずネッシーは恐竜であって、怪獣ではない。人の国の湖に勝手に集団でドヤドヤとやって来て、何度も潜りを繰り返し「探検」なのだと言う、スコットランドの人々には迷惑千万な話だろう。石原氏はそれをロマンと言うのかもわからないが、「幻想」をも含めたその他の人々が抱くロマンを壊しかねない、想像力の欠如した行動だと、私は思う。

そのネス湖に、ネッシーを訪ねて出掛けることにした。彼だか彼女だかも、機嫌が良ければ顔を見せてくれるかも知れない。

駅のターミナルからバスに乗り、ネス湖に向かう。バスの後ろの席に日本人の若い女性がひとりで座っていた。海外(殊に欧米)旅行で時々出会う、日本人女性の「何であなたがここにいるのよ、いいから話しかけないで、向こうへ行って」というオーラこそ出してはいないが、心なしが硬い表情を浮かべていたので、声をかけるのを止した。

バス停をひとつ乗り越してしまい”Urquhart Castle”(アーカート城)で降りる。ネス湖畔にたたずむ古城。いろいろな写真で見ていた城と湖の光景である。城の中に入るには見学料が必要なので、城内に興味がない私はあたりを少し散策してから、手前の停留所であるDrumnadorochit(ドラムナドロケット:以下ドラム)に戻っていった。

途中、羊たちの顔を見ながら歩いていたら、フワフワっと雪が舞い降りてきた。4月中旬なのに雪である。空は晴れているのに雪である。天気雪というのは、おそらく初めての経験。日本では天気雨のことを「きつねの嫁入り」と言うが、こちらでは天気雪を何と呼ぶのか。

ドラムまでの道すがら、あまり寒いので、このままバスに乗って街に引き返そうと思ったが、やはりネス湖のクルージングだけはしたいと思い、民間の観光センターに入る。冒頭に書いたが、さすがにスコットランド一とも言える観光地、クルージング・ツアーと展示室見学が抱き合わせになったサービスを提供する観光センターが四つもある。

私は、中でも最も地味な感じのセンターに入り、クルージングだけを申し込む。?8.00、それなりのよい値段である。過去撮影されたネッシーの写真の展示室というのがいかにも眉唾ものに見えたので、こちらは遠慮しておいた。

船着き場までマイクロバスで移動し、いよいよクルージング。この回のツアーはどこかの若いご夫婦と私、そして男性のガイドさんだけという少人数。若いご夫婦は私がいなければ二人だけなのでお邪魔だったかなと思ったが、二人ともフレンドリーな人だったので救われた。

広い湖は独特な雰囲気を持っていて、ここならばネッシーが出てきてもまったく不思議ではないと思わせるものだった。途中ガイドさんが、今まで「発見」されたネッシーたちの大きさ、形状などについていろいろと説明をしてくれて、ご夫妻はときどき笑い声を上げながら熱心に聞き入っていたが、残念なことに、私にはよく理解できなかった。

街への帰りのバス、また件の日本人女性と乗り合わせたが、結局は会話はせず仕舞い。ちょっと寂しい思いが残った。

街に戻るとなぜかカレーが食べたくてしようがなくなり、インド・レストランに入る。ひと皿が?5.50という高さに驚き、メニューを見てもよくわからないので、当てずっぽうで注文する。

出てきたのはイメージと違い、ナッツを使った甘いカレーであった。それでも味が良かったので、「これでいいのだ」と自分を納得させながら食べ終えた。

帰り際に、給仕をしてくれた方にチップを渡すと、「これは何ですか?」と聞かれてしまった。拙い英語で事情を説明すると、実にうれしそうに受け取ってくれる。この店はチップが不要だったのか、あるいは渡すタイミングが悪かったのか、疑問符を二つ三つ頭に浮かべながら店を出た。

出店後に、店先に詳しく解りやすい英語で書かれたメニューがあることに気づく。入る前によく確認しておくべきだった、後悔は先に立つのだと思いながら、自分の注文したカレーの説明書きを見ると”Very sweet curry”と書かれていた。

-…つづく

 

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