■ダンス・ウィズ・キッズ~親として育つために私が考えたこと

井上 香
(いのうえ・かおり)


神戸生まれ。大阪のベッドタウン育ち。シンガポール、ニューヨーク、サンフランシスコ郊外シリコンバレーと流れて、湘南の地にやっと落ち着く。人間2女、犬1雄の母。モットーは「充実した楽しい人生をのうのうと生きよう」!


第1回:セルフコントロール
更新日2001/04/10 

母親になって、もう5年になる。妊娠したことがわかった日から数えて6年。とくに子どもが好きだったわけではなく、ましてや欲しいと思ったことなど一度もなかった。独身の頃、母には「私はたぶん結婚はしない。子どもは絶対にいらない」と宣言していた。子どもが欲しくなかった理由の一つは、自分の子供時代の恥ずかしい思い出や、母にかけた苦労の数々があったし、自分の面倒さえ見ることのできない私が子どもをちゃんと育てることなどできるわけがないという思いがあった。そしてなにより、自分にはやりたいことが山のようにあって、そうした自分の夢を叶えていくことを考えたときに、おそらく子どもは邪魔になるだろうと考えていたのだ。産んでしまったあとに一瞬であっても「この子さえいなければ…」などとは絶対に思いたくない。だから、いらない、と。

妊娠がわかったのは夫の赴任先のニューヨークにいたときだった。いろんな夢に思いを馳せて、どうやって自分自身の人生を進めていこうかとあれこれ思い描いている時期だった。妊娠が望んでいたものではないことを知っていた当時の主治医は、私がすでに結婚していて、経済的にも出産できる状態にあることを知っていながら、「産むか産まないかは2週間のうちに決めてね。でないと堕胎できる時期を逃してしまうわ」と淡々と言ってくれた。そして、どちらにしても私の体のために一度超音波検査を受けた方がいい、とアドバイスをくれた。その言葉に素直にしたがって、つわりに苦しみながらバスに揺られて検査を受けに行った。「妊娠10週目」。そう聞いていた私は、無知にもほどがあって、胎児は手も足もないお魚くらいのものなんだろう、と勝手な想像していた。ところが、白黒の荒い画面に映ったその胎児は、はっきりとわかる小さな足と手を一生懸命動かしていた。私に訴えているように見えた。不覚にも涙が出た。結局、堕胎はしなかった。描いていた自分の夢をすっきり諦めるにはさらに2年ほどかかった。

そして、現在5才と1才半の女の子の母である。かつての友人が「日本の現代社会においては女性は2人の子供を持って初めて1人前と見なされる」と苦く喝破した立場になった。さて、正直に言おう。子育てがこんなにも奥深く、子どもがこんなにも面白いものであるとはまったく予想していなかった。もちろん、毎日がバラ色の日々であるわけがない。本当に、自分がこんなに短気だとは思っても見なかったし、「もういい。わかった」とついつい子どもに感情をぶつけてしまうことも日常茶飯事だ。子どもの寝顔を見ながら「明日はきっといらいら怒ったりしないからね」というできもしないことでさえ言ってしまうのだ。そうしたいという気持ちも、やってやろうという意気込みもある。ただ、それは少しも実行できそうにない誓いなのだ。

この5年で悟ったことがある。私は一人で子どもを育てているわけではない、ということだ。母親だからといって完璧な人間になる必要はない。だから、すべてを一人で辛く抱え込まなくても良いのだと考えることにした。今の自分の悩みはきっと世界中の母親みんなが昔も今も抱えている悩みだから、試行錯誤しながらでいいじゃないか。子どもも私も一人の人間であって、人間関係はマニュアル通りにいくわけもなく、個人個人で違うものだから。時間が経つにつれて、その関係だって変わっていくのだから…。

ただひとつ、いつも心に留めていることは、子どもに「私はあなたをとても大事に思っている」という気持ちをちゃんと言葉で伝えること。言わなくてもわかるのかも知れないけれど、言葉にしてわかりやすくする。私だって、子どもに「ママが大好き!」と言われると嬉しいのだもの。

まさに言うは易し行うは難し。子育てというのはその瞬間その瞬間が自分への挑戦だ。自分のいらいらが高じて子どもに大声を上げても子どもには通じない。怒りやいらだちをひとまずおさめて、それから言葉にしたほうが子どもには伝わりやすい。感情をコントロールするということは、とても重要なことだ。私がすぐにイライラして子どもに当たったあとに、癇癪を起こす子どもにむかって「イライラしないの!」と言ってみたところで、どのほどの説得力があるだろうか? そうやって考えると、戦略的にも敵にこのイライラを悟られてはなるまいぞ、と思うのだ。

「不思議の国のアリス」の中で、キノコの上の芋虫が水パイプをくゆらせながら、短気を起こして足早に去っていくアリスに声をかける。
「大切なことを教えてあげよう。もどっておいで」
小さいアリスはぶつぶつ言いながらそれでも草をかき分け石を乗り越えて戻ってくる。
「大切なことっていったい何なのよ!?」
そうたずねるアリスに芋虫は一言、こう言う。

「Control your temper──癇癪をおこすな」

 

 

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