最初の公的な仕事『フェルディナンド1世の生涯』を制作する2年前、コジモ2世から宮廷芸術家に任命される前年の1613年にカロは、版画としては型破りの大きさ、縦が736㎝、横が894㎝もの大きさの版画を制作しています。同時代に活躍し、主にフレスコによる壁画や天井画を描いた画家ベルナルディーノ・バルバテルリ、通称ポチェッティ(酔っぱらい)のスケッチを見たことがきっかけになったようですが、画題《テーマ》はルネサンスの扉を開いた詩人ダンテが『神曲』で描いた地獄を版画化したものです。ポチェッティは幻想もまた、絵に描きうる画題だということを示した点でカロにとっては重要な存在です。
白派と黒派に別れて繰り広げられたフィレンツェを二分する戦いの、白派のリーダーの一人だったダンテは闘いに負けてフィレンツェから追放されましたが、『神曲』は、そんな漂泊の身となったダンテが死ぬ直前まで書き続けた100の歌(詩篇)からなる渾身の大作です。
キリスト教的な価値観とギリシャ・ローマ的な物語性を融合させ、それに独自の人間観や社会観や美意識を重ね合わせた『神曲』はルネサンスと呼ばれることになる文化的ムーヴメントを起こすきっかけとなった歴史的な、文学史上最重要作品の一つです。
ダンテがつけた原題は単に『Commedia(コメディ=悲喜劇)』ですが、後世に与えた影響があまりにも大きく、やがて神々しい(Divina)という冠詞が付け加えられて、『Divina Commedia』と呼び習わされるようになりました。また、当時のヨーロッパの知識人たちの間では文章は教養のある人たちの共通語ともいうべきラテン語で書かれるのが慣わしでしたけれども、ダンテは『神曲』をトスカーナ地方の口語で書きました。やがてそれが現在のイタリア語のベースとなり、学校でも詩篇を暗唱させられたりするなど、『神曲』はそのような意味でも、非常に広い影響をもたらした作品です。
『神曲』は人生の途中で道に迷ったダンテが、ダンテの想い姫、わずか24歳でこの世を去ったベアトリーチェの願いを受けたギリシャ時代の詩人ヴィルギリウスに導かれて地獄、煉獄、天国の三つの冥界を旅する極めてスケールの大きな物語です。なかでも地獄の描写は視覚的かつダイナミックで、画家の創作意欲をインスパイアするものがあると思われ、ボッティチェリもこの物語をもとに絵を描いています。この作品以降、ダンテが描いた地獄のイメージが、ヨーロッパの共同幻想的なイメージとして定着しました。
ダンテの『神曲』では、地上から地獄の門をくぐって地下の地獄に入り、犯した罪が重くなるほど下層の地獄に落とされることになっていますが、カロの版画では地獄は何段階かのピラミッドのようになっていて、ダンテの描写では最下層で氷の中に閉じ込められているルチフェル(サタン)が、山の頂上にいます。

ルチフェルをすり鉢型の地獄の最下層に置いたのでは、極悪人の親分ともいうべきサタンがあまり目立たないと思ったのかもしれません。画をよく見ると、左下に船を漕いで罪を犯した魂を地獄に運んでいる男がいます。ダンテの記述に照らし合わせれば、これはどうやら、地獄と現実界を隔てるアケロンという三途の川のような川の渡し守カロンのようです。ダンテによれば地獄には10の裁きの谷があって、そこでは情欲の罪を犯したものや、貪欲な人や守銭奴や自殺者などが、それぞれの罪に応じた罰を受けています。中でも最も重大な罪を犯したのが、かつて神と天使たちの世界にあって、光り輝くルチフェルと呼ばれ神に匹敵するほどの人気を誇っていた存在でありながら、神に背き反乱天使軍を率いて戦いを挑んで敗れ、地獄の最下層に堕とされてしまった魔王サタンです。
画を見ると、物凄い形相で誰かをかじっているようですが、ダンテによれば、サタンに噛み砕かれているのは、ローマ皇帝ユリウス・カエサル(ジュリアス・シーザー)暗殺の首謀者ブルータスとカシウス、そしてイエスを裏切ったユダの三人ということです。『神曲』は全体をとおして端々にダンテの美意識や価値観や社会観が反映されています。
ちなみにサタンは旧約聖書にも登場しますが、面白いのはサタンもまた神を取り巻く天使たちの一員とされていることで、神が招集した会議にもしばしば天使たちと並んで参加しています。つまりイエスに無理難題をふっかけたり、信心深いヨブに災いをもたらしたりする忌むべき存在の代表ともいうべきサタンが、実は神の仲間、少なくとも顔見知りだったというのが、謎の多い旧約聖書の中でも最大の謎の一つです。
旧約聖書は一神教の宗教の聖典で、神(ヤウエイ)は絶対無二の存在ですから、その使いともいうべき天使たちの一人としてのサタンというのは、どうやらヨーロッパの多くの表現者たちの想像力を大いに刺激したようです。そのテーマをさらに魅力的に脚色したのがダンテで、ダンテがサタンを、神に謀反を企てた美貌の大天使ルチフェルのなれのはてとしたことがますます謎に深みと広がりが付与されて、のちにジョン・ミルトンが、ルチフェルを主人公にして『失楽園』を書くことにつながりました。
つまり『神曲』は、読む者の想像力を全方位で刺激する書物ですから、カロが視覚化したくなったのもうなづけますが、ただ問題は、こんな大判の、しかも緻密な版画をカロが唐突に、どうしてわざわざ彫ったのかということです。これはちょっとした遊び心で、という程度のことでは到底出来ない作業量です。
ですからこれは、もしかしたら版画家としての自からの力量をパリジやコジモ2世に誇示するための一種のプレゼンテーションだったのではないかと考えられます。そう考えれば、これはまさしく最適のテーマです。ここから対話を無限に展開できるからです。
それに罪と罰や、地獄や天国や三途の川というのは、死への畏れをどこかに抱きながら現世を生きる人間にとっては、ヨーロッパであれ東洋であれ、つい関心を持たざるを得ないような人類的なテーマです。日本でも昔は、嘘をつくと閻魔様に舌を抜かれるよ、とおばあさんなどに語り聞かされ、そう言われた子どもは、一瞬、その様子を想い描いて恐くなったりしたものです。そしてそういうことが、人が社会生活を送る上での大切なことを伝える何らかの働きをしていたのかもしれません。だから、それに視覚的効果を加えた地獄絵図というのは、想像力が豊かな人間にとっては西洋東洋の違いを超えて、極めてリアルな力を持っていたと思われます。
-…つづく