サラセンとキリスト教徒軍騎士たちが入り乱れ
絶世の美女、麗しのアンジェリーカを巡って繰り広げる
イタリアルネサンス文学を代表する大冒険ロマンを
ギュスターヴ・ドレの絵と共に楽しむ
谷口 江里也 文
ルドヴィコ・アリオスト 原作
ギュスターヴ・ドレ 絵
第 10 歌 ルッジェロの大冒険
第 1 話: ピレーノの裏切り
前回は、イタリアから来た青年騎士ピレーノへの一途な愛に生きる、美しきオリンピア姫が、野蛮な隣国に囚われの身となったピレーノを救うためなら自らの命さえ惜しまぬ覚悟までしたオリンピアを助けるために、比類なき勇者オルランドが隣国の残虐王チモスコを退治し、無事ピレーノを救出し、めでたく婚礼の儀を執り行ったところまでお話しいたしました。
その間アンジェリーカはどうしているのかと、今回はそのお話をするつもりだったのですが、ところがところが、その前にとんでもないことが起きてしまいました。
目出度く婚礼を挙げたオリンピアとピレーノは、当然のことながら、それから仲良く幸せにオランダ公国の王と王妃として暮らしましたとさ、となるものと思いきや、あろうことかオリンピア姫は、あっという間に、理不尽極まる悲惨な境遇に陥ってしまったのでした。
それもこれもピレーノの許しがたい不実な裏切りのせい。オリンピア姫と結婚して国王となったピレーノは、あろうことか、まだ15歳にもならぬオリンピアの妹の姿を王宮で見た途端、姉に勝るとも劣らぬその美しさに一目惚れ。こともあろうに、その瞬間、オリンピアへのそれまでの愛が嘘のように消え失せてしまったばかりか、その 妹をなんとかして我が胸に搔き抱きたいという邪悪で非道で罰当たりな欲望で頭も体もいっぱいになってしまったのでした。

確かに妹は姉に劣らぬ美貌の持ち主、しかも、いままさに花を咲かせる寸前のつぼみの初々しさを全身にまとった妖精のような娘。そうは言っても、元々は惚れ合って結ばれたばかりの妃の実の妹。
なのにピレーノは、もはやオリンピアには目もくれず、妹をものにしようと追いかけ回すばかりか、妹を我がものにするには、邪魔なのはオリンピアと考え、何かとオリンピアに辛く当たるようになったのだった。
美しい女性を見ればつい目が移り心が動き、たとえ妻のいる身であったとしても、悪しき妄想が心をよぎったことは私にだってないわけではない。しかしだからと言って、それが男の性だとまでは、私は言いたくない。ただ、恋する若い娘たちに対しては、男の恋の炎というものは、欲望を遂げてしまえば、たちまち消え失せてしまうものなんだよ、想いを遂げてしまえば、もう甘い言葉をささやくことも忘れてしまうものなんだよとだけは、恥ずかしながら言っておかねばなりません。
そうは言っても、純情なオリンピアに対する、あまりにひどいピレーノの心変わり。同じ男の端くれとして、こんな男のことは、できれば私だって皆様に語らずに隠しておきたい。こんな男がいることを知れば、たまには実ることもなくはないはずの男女の恋の花が、ことごとく萎れてしまうかもしれないとも思うけれども、しかし、オリンピアが被った悲惨、私が見てしまった世にも悲しい事態を皆様に語ることも、どうやら私の務め。このままでは、彼女が流した涙のことが、誰にも知られぬままになってしまうと思い、こうしてかわいそうなオリンピアのことを皆様にお話しする次第。
同じ男として実に言いにくいことではありますが、しかし、はっきり申し上げましょう。愚かにもピレーノは、オリンピアさえいなくなれば、今度は妹を妃にできると考えたのだった。しかも、それから彼がしたことこそ非道の極み。ピレーノは新婚旅行を楽しもうと嘘をついてオリンピアを船に乗せ、国を離れた絶海の孤島にまで連れて行き、そこにオリンピアを置き去りにしてしまおうと考えたのだった。
いくら浮気が本性のイタリア男とはいえ、そこまでやっては、いくら何でも男が廃る。
さあ、この非道な男がしでかした事の顛末については第10歌 第2話にて。

-…つづく