■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から


Grace Joy
(グレース・ジョイ)



中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。




第1回~第50回まで

第51回:スポーツ・イベントの宣伝効果
第52回:国家の品格 その1

第53回:国家の品格 その2


■更新予定日:毎週木曜日

第54回:国家の品格 その3

更新日2008/04/03


プエルトリコで10年近く暮らしたことがあります。カリブ海に浮かぶとても美しい島国です。島の人々は優しく親切で人情味があり、私たち異邦人を両手を大きく開いて受け入れてくれました。いまだにメールや手紙のやり取りも続いていますし、自分の家の庭で取れたライムの小包みが送られてきたりして、懐かしく島の生活を思い出します。

私たちがプエルトリコを去ることにしたのは、余りにも多い犯罪が一つの大きな原因です。どのような戦地でも人々は死と隣り合わせに暮らしていくものですが、ありとあらゆる犯罪、自動車泥棒に始まり、空き巣、恐喝、それに麻薬中毒の人が時折狂ったように野放しの銃火器で乱射事件が起こる日常性に私たちは、プエルトリコ人のように適応できなかったのです。自分の家に入るのに鉄格子のフェンスに始まり、4つの鍵を開けなければならない生活、すべての窓に鉄格子が牢屋のようにはめ込まれている生活に本当に疲れてしまったのです。

今住んでいる田舎町は、もちろん暴力が支配するアメリカにありますが、車を盗まれる心配をしたことはありませんし、プエルトリコでは頻発するカーステレオを盗むために車の窓ガラスを割るような事件もありません。第一、車のドアをロックしたりしません。家も同じで鍵をかけないで外出したり、夜を過ごしても、泥棒が入る不安感はありません。もっとも私たちの家は貧しい労働者が多く住んでいる、従ってメキシコ人の多い地区にあり、家には泥棒が失望するくらい盗むものがないのですが、アメリカも田舎町ではまだまだ犯罪に対して気楽でいられます。

一市民として安楽に生活していくのに、物価や気候などの条件は重要ですが、泥棒、空き巣、恐喝、通り魔のような犯罪も大きなウエイトを占めています。対外的に国の品格を判断するのではなく、そこに住んでいる人がどれだけ犯罪への恐怖を抱かずに安心して暮らすことができるかを犯罪発生率、検挙率などで比較しようと調べたところ、最近、日本も悲惨なことになっているのを見つけました。殺人犯の検挙率は90パーセント以上で、世界でも最高の水準ですか、窃盗は20パーセントを割っているのをご存知でしたか。

お財布をレストランに置き忘れ(これは私の得意技なのですが)、2、3日後にアッと思い出し、あわてて取りに行くと必ず店の人が預かっていてくれる国、夜一人歩きしていても全く恐怖心を抱かずにすむ国、そんな日本のイメージを変えなくてはならないのかしら?

犯罪発生率の国別の比較は、その国がどんな基準で"これは犯罪"と規定しているかに大きく左右されますし、警察に届出をしてはじめて統計に載るわけですから、モノを盗まれた程度では警察へ出向かない国、たとえばプエルトリコのようなところは、記録上の窃盗は少ないことになります。スペインに住んでいる友人たちは、主に日本人ですが100パーセント近く窃盗、強盗の被害に遭っているようですが、実際に警察へ届け出る人は少数派だそうです。ましてやマドリッドに2泊、バルセローナに1泊のような観光客は警察に行く時間もないことでしょう。

そこで、統計上の数字がはっきりしている牢屋に入っている囚人の数を比べてみました。数値は日本とアメリカの法務省のウェッブからの引用です。

日本で2005年に牢屋に繋がれている人は7万9,055人で成人人口百万人に対し凡そ8人が刑務所に入っていることになります。言い換えれば1,250人に一人の割合で"臭い飯を食っている"(誰が言い始めたのかしら、これ素晴らしい言い方ではありませんか)ことになります。

そして私の国アメリカですが、総計159万6,127人が牢屋に入っておリ、それはアメリカ成年(18歳以上)100人に一人が服役中ということになります(2006年調べ)。メジャーリーグの野球の試合で5万人の観客がスタジアムに入ったなら、その比率で500人は牢屋に入っている人が居ることになります。それはなんと日本の12.5倍です。 

ですから、アメリカの牢屋は泊まり客が多すぎて大変混みあっていて、ホテル業界がうらやむような、いつも定員オーバーの状態です。とても州や郡、国でそんなに大勢の犯罪者の面倒を見切れない……というわけでしょうか、今刑務所の大半は民間企業が請け負って"営業"しています。まだヒルトンが刑務所業界に乗り出す話は出ていませんが。

それだけ多くの犯罪者が牢に入っているから、アメリカの街はどこもとても安全…であればいいのですが、実際は犯罪が多すぎ、警察は人手不足、逮捕状が出ていても町中を自由に歩き回っている犯罪者が5、6百万人いるとも言われています。

もう少し詳しく人種別の犯罪を調べてみました。想像はしていましたが、黒人の男性(アフリカン・アメリカン)はなんと9人に一人牢屋につながれておリ、ヒスパニックと呼ばれるスペイン語を話す主に中南米の男性は36人に一人、白人の男性も106人に一人服役中なのです。

私の住んでいる町では、メキシコを中心としたヒスパニック系がとても多く、黒人はめったに見ることがありません。数年前、屋根を修理に来た黒人にこの町に黒人がほとんどいない、珍しい存在ではないかと不用意に言ったところ、「何を言ってる、郡の刑務所の中は黒人ばっかりだ」とあざ笑らわれました。彼も数ヶ月前に出所したばかりでしたし、助手として連れてきたもう一人の黒人とヒスパニック系の青年も刑務所仲間でした。

どうも、力とお金がすべてのアメリカと秩序と和を重んじる日本では比較の組み合わせが悪すぎた……と反省しています。国の品格比べでは、はじめから勝負にならない組み合わせでした。日本はまだまだ安全で住み良い国です。しかし、アメリカで起こったことは数年後に日本に起こるそうですから、油断はできませんが…。

 

 

第55回:国家の品格 その4