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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第463回:大学キャンパスはレイプゾーンか? その3

更新日2016/05/05



最終的にエリカをレイプした3人組は起訴さえされませんでした。

しかし、これは一種の取引、示談でしょう。アメリカの裁判ではよくあることなのですが、それにしてもレイプという純粋な刑事事件では珍しく、大学側が初期の事件対処に不手際があったとして95万ドル(1億1千万円相当)を支払っているのです。3人組が支払ったのではなく、大学が口封じとして支払っているところが臭います。しかも、それは事件後4年以上経った2016年1月26日になってからのことです。ということは、暗にレイプが起こったことを大学が認めていることになるのですが…。

この示談を受け入れたエリカの家族は、精神的にも金銭的にも疲弊し、これ以上、訴訟を継続できなくなったのでしょう。その間、サポートのメール、手紙もたくさんあったそうですが、それ以上に誹謗、中傷、脅迫めいたメール、手紙が膨大な数になったそうです。まるでエリカが娼婦のように誰とでもすぐに寝る女性だったとか、エリカは公衆便所だとか、フットボールのスーパースターにヤラレタのを幸せだと思えとか、毅然と立ち上がったエリカは神経衰弱になり、精神科のお医者さんに通わなければならなくなったほどです。

もちろん、示談を受け入れる条件として、この件に関して一切口外するなと釘を刺されています。レイプ犯のジェームス・ウィンストン、クリス・キャシャー、ロナルド・ダオービィーの3人は、全く自由の身です。

大学はお金と権力に弱い構造になっている…と先に書きましたが、もう一つ付け加えて、アメリカでは大学スポーツの名の下なら何でも許される風潮が強いのです。ジェームスが活躍したフロリダ州立大学はフットボールのチャンピオンに開校以来初めてなり、8万人近く入る大学のスタジアムは彼が出るというだけで満員になり、彼が大学にもたらした経済効果は200億円以上になる…と言われています。

ジェームスが出場するフットボールの試合の時、観衆にエリカ事件を知っているか…と、ドキュメンタリー映画『The Hunting Ground』のインタヴューアーが質問したところ、皆、エリカ事件のことを知ってはいましたが、そんな"小さな出来事"を気にしている人はいませんでした。

うちの仙人によれば、日本の学生スポーツで、万が一、選手がレイプ事件を起こせば、その大学のチームはあっさり2、3年は出場停止処分になるだろうし、ひょっとすると無期限の出場停止になるんじゃないか、と言っています。そんな処置をアメリカで取ったら、アメリカの大学はすべて出場できなくなり、大学選手権なんか成り立たなくなるのではないでしょうか。

キャンパス内だけではありませんが、レイプの被害者が表立って名乗り出るのはとても勇気のいることです。そして、普通、事件は密室というか、他に証人になってくれるような人がいないところで起こりますから、彼女はそう言った、いや言わなかったの水掛け論に終わることが多く、立証しにくい犯罪と言ってよいでしょう。おまけに、キャンパスでの事件は90パーセントはパーティー絡み、デートで起きており、ますます証明どころか、訴えることさえ難しい条件となります。

スポーツで有名なカソリック系の大学、ノーロルダム大学で警察官を勤めた人もはっきりと言っていますが、キャンパス内でスポーツ選手が起こした事件は、まず体育会委員へ報告しなければならず、一般の事件と同じように処理できないことになっており、スポーツ選手はアンタッチャブル的存在だった、とてもまともに警察職を務めることなどできない、と辞職しています。

大学側では、飲みすぎないよう、またそのようなパーティーに行かないよう呼び掛けてはいますが、若い人たちの足を縛っておくわけにはいきません。それに、たとえどんなに酔っていても、前後不覚になっていても、本人の意思を無視して性交するのは犯罪行為なのです。

娼婦や自分の奥さんに対してでも、彼女らの意思に反する暴力は立派な犯罪です。そのような犯罪に対して、大学と警察はキチット対処しなければならないのです。青少年(犯罪者)の将来を考えてとか、酒の上でのことだからとか、終いにはそんなところに行く女性にも責任があるという錯覚を捨てて、刑事事件として処理すべきスジのものです。

大学関係者もそのような事件は絶対に許さないという毅然とした態度で臨むべきです。そして、自分をレイプした犯人がノウノウとスポーツの大スターになって活躍したり、罪を問われることなく社会的成功を収めているのを見なければならない犠牲者の女性たちのことを少しでも考えてみるべきです。

私の勤める大学は、"今のところ"という条件付きで、マンモス大学に起こりがちなそのような事件から免れていますが、将来どうなるか、万が一そんな事件が起こった時に、大学側がきちんと対処するのか、できるのかどうか、確信を持つことができません。

幸いと言って良いと思いますが、コロラド州に鳴り響くほど強いスポーツチームは私の大学にはありません。一つだけ群を抜いて強いのはソフトボールですが、これは女生徒ばかりですから、"そんな事件"を起こす可能性はないでしょうね。

私の孫のような学生さんたちが、春の陽射しの下、男女一緒に伸びやかに闊歩している様子を観ると、彼らが悲劇的な事件に遭遇しないようにと祈らずにはいられません。これも私が歳をとり、余計な老婆心のなせる業なのかもしれませんが…。

 

 

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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