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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から
第164回:人生の卒業
更新日2010/06/24


今年もまた、卒業式のシーズンがやってきました。

こんな田舎町の大学の卒業式でも、アメリカンフットボールのスタジアムが満員になるほど、父兄や在校生が参加します。先生がたと卒業生はフィールドに置かれた折りたたみ式の椅子に座り、学長や町の偉い人のスピーチを聞き、それから、延々と続く卒業生の名前を一人ひとり呼び上げ、彼らが壇上に上り、卒業証書を手渡されるのを見守り、自分の教え子の時には拍手をしたりします。

卒業生は千人以上いますから、それはそれは時間がかかります。その上、アナウンサー、きっと思い入れがあるのでしょう、まことにユックリと名前を発音しますので、まるで決して終わることがないような遅いペースで進行します。遠くからやってきた親、親類縁者にとって、息子や娘の名前が呼び上げられるのはとても大切なことだということは分かります。こちらとしては、お坊さんの長いお経を聞くようなもので、ただ"忍"の一字で耐えるほかありません。

毎年、この時期になりますと、特別な卒業生のことが話題になります。

イギリスの名門ケンブリッジの博士号をマイケル・コッブさんは91歳で取得しました。アメリカでは94歳のラヴィーナ夫人が大学を卒業し、90歳でヘレン・スモールさんはテキサス大学の修士課程を卒業しました。専攻は心理学です。

今までのギネスブック的記録では、最年長は94歳のヘイゼル・ソアレズ夫人がオクラホマにあるミルズ大学を卒業した例があります。ですが、今年、隣町のモンテローズの高校を95歳で卒業したお爺さんが出てきました。ラッセル・クックさんです。

生まれは1915年といいますから、第一次世界大戦の真っ最中に生まれ、8年生(中学2年)まで学校に行きましたが、その後、大恐慌に見舞われ、枕木を作る仕事や工場に働きに出なければならず、そして軍に取られ、高校に進むことができなかったそうです。

曾孫と同じ歳の子供たちと一緒に高校に通い、やっと今年、卒業まで漕ぎ着けました。卒業生皆と一緒の赤いガウンに上が真四角で房の付いた帽子をかぶり、シワクチャな顔をさらにクチャクチャにして喜んでいました。

こんな超お年寄りが卒業するとなると、主役は完全に彼ら、彼女らになります。長く儀式に退屈しきっている参列者も全員立ち上がって声援を送ります。お年寄りの談話がいちいち振るっているのです。

「何かを始めるのに、遅すぎるということはない」。「いまさら、何のためにそんなことをするのだと、周囲の人は云うけれど、私は無教育のまま人生を終わりたくないだけです。少しは教養のある人間として死にたいと思っています」。

「私のような老人がクラスにいることで、多少でも若い人に自分にフィードバックできることがあるのではないかと、思うのです」。

「年寄りの特権は時間があるということです。一科目ずつ取っていけば、いつかは卒業できのです」。

「私たち老人にとって、失敗はありえないことです。ただ途中であきらめてしまわないことだけが、成功の鍵です」。

なんとも含蓄に富んだ、時には耳の痛い言葉でしょう。スーパー老人に脱帽です。

アメリカの大学、高校は、勉学の意思のある人なら年齢にかかわらず受け入れる土壌があるのも事実です。ですが、日本で、もうすでに定年退職期を迎えた団塊の世代の人々、これからの第二の人生、若い時にやりたくてもできなかった勉強、専攻を始めるのに丁度良い時、歳ではないでしょうか。90歳までに博士号の三、四つ取れる時間が十分ありますよ。

日本の大学の敷居が、入試や学費の面で高すぎるようでしたら、アメリカの大学へいらしてください。日本の企業で三十数年培った経験は、アメリカの若い学生にフィードバックできることがたくさんあると思います。是非、マジメに考えてみてください。

 

 

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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~アメリカ中西部今昔物語
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