第826回:アメリカの金脈政治
私の大学時代の同級生が、一時、州議会議員になったことがあります。彼は元々政治に強い関心を持っていましたし、それに教員組合の仕事をしていましたから、そこを基盤にして立候補し、当選したのです。
彼はとても謙遜な性格で、天才的と言ってよいほど人の話を聞くのが上手で、従って誰とでも会話できるタイプでした。私のダンナさんや私の父や叔父を彼と一緒に放っておいても、彼はすぐに相手のウチにあるものを引き出し、会話に載せるのです。
ところが、彼が地方議員になってから、アレよというぐらい人が変わってしまったのです。親切で会話上手なのは変わりませんが、急に自分ができること、力が備わったとでもいうのかしら、権力を握ったことを意識し出したのです。
例えば、私が当時、プエルトリコの大学で教えていた時、どこかアメリカ本土の大学に移りたいと漏らしたら、即座に俺が教職を探してやるよ…とまで言うのです。ミズーリー州のイチ議員が、大学に対しコネで私を就職させることなど、頭から不可能なことなのですが、そんなことまで請け合うのにショックを受けました。
彼は大学の同級生(彼女も私の親友です)と結婚し、二人の子供がいました。円満で波乱のない良い夫婦だと思っていたところ、議員さんになるとすぐに、彼、秘書嬢と浮気か本気か同棲し始め、家庭を捨ててしまったのです。まるで人が変わってしまったのです。議員にさえならなければ、こんなことは起こり得なかったでしょう。彼、少し政治力を持ったことで舞い上がってしまったのでしょうか。
でも、2年ほど、丁度任期が終わると同時に夢から覚めたのでしょう、元の家庭に戻ったのでした。
どうにも、悲しい現実ですが、人間いきなり権力、金力を掴むと人が変わってしまうようなのです。
ニュージャージー州の上議会議員のボブ・メネンデスは、国際関係委員会の議長を務めるほどの議会の重鎮でしたが、3人のビジネスマンから50万ドル(7,000万円ほど)の現金を受け取り、ほかに金の延棒(11万ドルの価値があるのだそうです)を貰っていることがバレてしまいました。その上、メルセデス・ベンツのスポーツカーも、怪しげな筋から奥さんにプレゼントされていることが判明したのです。それも偶然からというのか、ハデハデの奥さんのナディンが、そのベンツで交通事故を起こし、歩行者を殺してしまったことから発覚したのです。
それよりも何よりも、彼は自分の立場を利用し、米国の加工食品会社に、モスレムの禁忌になっている豚肉が混じっていない加工肉を輸入する便宜を図るという交換条件で、エジプトのビジネスマンから巨額の献金を受け取っていたことが漏れてしまい、民主党から除名されました。
ボブ・メネンデスは69歳ですが、彼よりほとんど頭ひとつ背の高い、大柄で若造りでボインボインの奥さんナディンのご機嫌取り、浪費を重ねた末のことのようなのです。ナディンとは浮気が本気になり、前の奥さんと別れ、2020年に結婚したばかりでした。
しかし、彼ほど議会に長い間席を置いていた議員が、賄賂を貰えばいつかバレるし、自分の将来を危うくすることに気が付かないのが不思議です。権力を持つことに慣れきってしまい、権力にすり寄ってくる人が貢いでくるのを当たり前のように受けるようになってしまうのでしょう。彼の周囲にいた人たちは、メネンデス議員をミスター・ワイロと呼んでいたそうです。裁判の一審で有罪の判決が降りました。次の選挙には出馬しても落選するでしょうし、これで彼の政治生命は終わるでしょう。
腐っているのは議員さんたちだけでなく、アメリカの最高裁の判事にまで及んでいます。最高裁の判事は終身保障された仕事です。ですから、いかなる政治的圧力にも揺るがない立場を貫き通すことができるという建前です。現在、9人いる最高裁判事は共和党系が多数を占めています。三権分立のはずなのに、常に政治色がついて回ります。
その判事の一人、クレアランス・トーマスが知人でサポーターの超大金持ちハッチェン・クローの招待で、ため息が出るような超豪華なクルーザーヨット、ほとんど普通の旅客機サイズのプライベートジェット、バハマの豪壮な別荘を使っていたことが判明したのです。
このトーマス判事、最高裁判事になる前にも、とかく問題の多い人物だったようで、セクハラで訴えられたこともありますし、判事になってからも50万ドル以上するキャンピングカーを買い、その支払い、残金26万7,230ドルを10年以上放っておき、そのまま握り潰そうとしたりで、金欲、物欲、性欲の強い人間のようなのです。
戦後、日本中で生きるために誰しもヤミ米を手に入れ食べた時代、東京地方裁判所の判事山口良忠氏が、「人を裁く立場の者が、非合法のヤミ米を口にできるか」と、餓死したそうですが、トーマス判事に山口良忠判事の爪の垢でも煎じて飲ませたいものです。
マア~、日本も政治家となると田中角栄のようにお金がすべての政治家がたくさんいるのでしょうけど…。
それにしても、アメリカの金権政治、拝金裁判は酷すぎます。民主主義イコール資本主義、そしてそれイコール拝金主義になってしまっているのです。ウチのダンナさんなら、万が一宝くじで何億円が当たっても、救世軍の払い下げの店で古着を買うでしょうし、今持っているボロ車を自分で修理して使うことは間違いありません。
自分の生活を変えない人格を持っていることは、それだけで希少価値が出てくる時代になってしまったのです。このコラムの日本語の添削をしてもらった時、ダンナさん「オイ、何言ってるんだ、オレも一生に一回くらい、大金を掴み、華麗に変身してみたいと思っているんだぞ。しかし、変わりようがないとみなされるのも悲しいこったな~」とのたまっています。でも、この人が全く変わりようがないことは、半世紀近く連れ添った私がよく知っているし、保証できます。
日本人が尊敬する“清貧”の思想は、アメリカ人には想像もできないことなのです。政治家をはじめ裁判官、牧師、神父、教育者でもお金をたくさん稼ぎ、豪壮な家に住み、高級車を乗り回すのを恥ずかしいことだという感覚がまるでないのです。自分で稼いだお金をどう使おうと俺の、私の自由だ!と信じて疑わないのです。
マア~、それがアメリカ的民主主義、資本主義を大きく育ててきたオオモトの姿勢なのですが…。
第827回:よそのことを知らないアメリカ人
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