のらり 大好評連載中   
 
■フロンティア時代のアンチヒーローたち〜西部女傑列伝 4
 

第2回:パール・ハート 〜流れ流れてアリゾナ・フェニックスへ

更新日2017/04/27

 

人が町から町へ流れ歩くのは、その町でのシガラミを切り、噂に聞いた次の町で新しい人生が開けることを期待するからだ。今度こそ、次の町で更生してみせる、成功してみせる、と夢を追うのだ。それが、次の町、そして次の次の町へと、ほとんど渡り歩くのが習性になってしまった自分に気付かず、同じことを繰り返すのだ。

パール・ハートはそうやってアリゾナ州のフェニックスに辿り着いた。そこで、夫のフレッド・ハートに捕まってしまったのだ。パールのような女性を探し当てるのは、それほど難しいことではない。パールの落ち着く先は酒場、サロンバーしかないのだから、丹念に噂を辿っていけば、必ず行き当たる。フレッドは若くキュートなパールに執着があった。それまで数え切れないほど何度となく、パールはフレッドの元から逃げ出しているが、その都度、フレッドに探し出され、ヨリを戻している。外目には分からない男女関係の妙とも言えるが、フレッドには一度掴んだパールを決して手放し、自由にさせる気はなかったように思える。ヤクザが一度モノにした女性を決しあきらめず、食いついたら離れないダニかヒルのように、執拗にその女性を追い回すのと似ている。ヤクザ者まがいのフレッドにとって、パールは酒場の女としてまだまだ利用価値のある女だったのだ。

フェニックスでフレッドと合流してからのパールの生活は悲惨を極めた。それでも、パールに蓄えがあり、酒場での稼ぎを持ち帰っているうちはよかったが、僅かな蓄えもすぐに底を突き、その上、パールが悪いヒモに取り付かれている噂はすぐに赤線、酒場街に広がったとなると、誰もパールに寄り付かなくなってしまったのだ。そうなってから、フレッドはますます荒れた。殴る、蹴るは日常的で、まさに地獄の生活に落ちたのだ。パールは頭を強く打ち、意識不明の重体になってさえいるのだ。

ともあれ、二人はツーサンの町に居を移した。ツーサンはメキシコ国境まで50マイルほどしかない、新興都市というより建設中の町だった。そこならば、フェニックスでの悪評が届くまい、パールが酒場の女として大枚を稼ぐことができると踏んだに違いない。

彼らがツーサンに移り住んだ頃、時を同じくして、米西戦争が勃発した。キューバのハバナに係留していたアメリカの戦艦が暴発し、何とか理由をこじつけスペイン領土を手にしようとしていたアメリカに絶好のチャンスを与えたのだ。スペインが奇襲的にアメリカの戦艦を襲ったという理由で開戦したのだ。だが、ハバナに係留中の戦艦は石炭の自然発火だったことを疑う歴史学者は、現在いない。突然、戦争を押し付けられたスペインこそ良い面の皮で、結果、キューバにアメリカ傀儡政権を立てられ、フィリピンをアメリカにとられ、他の膨大な領域を失い、スペイン凋落に拍車がかかることになる。

当時のアメリカの愛国主義、憎き奇襲を行ったスペインを潰せという盛り上がりは、今から観ると異常なほどで、義勇兵が続々と集まった。フレッドもそんな熱に浮かされた一人だった。合衆国政府も不満分子、ヤクザ者を戦場に送り込むのを歓迎した。今でもアメリカでは最下層の人間が軍隊に入る事実はある。

フレッドが義勇軍に入ったのは、パールにとって、日当たりの良いドアを急に開かれたようなものだった。パールは誰憚ることなく、フレッドが戦場で死んでくれることを願っていると口にしている。フレッドを送り出した後、どのような理由からだろうか、万が一帰ってくるのを恐れてのことだろうか、マンモスという、これ以上のド田舎はアリゾナ広しといえども、他には存在しないだろうと言ってもよいほどのひなびた村に移っている。

そんなマンモスの村近くに遅れ咲きしたように、小さな金鉱が見つかり、鉱夫たちがほんの一時の慰安を求め、週末に降りてくるのが唯一の客種だった。彼女はそんな宿でコックとして働いた。ということは、娼婦業をきっぱりと辞めたのだろう。他の資料では、マンモスと鉱山の間にテント掛けの酒場、娼婦の館を営んでいたとも言われているが、ありそうもないことで、パールは何か事業を始めるような精神を持っていなかった。それにどんな小さな商売にしろ、新しく始めるには資金が必要だ。パールは無一文でマンモスに逃げ延びてきているし、金蔓のパトロンも持たなかった。 

パールがマンモスで暮らしたのは1898年のことで、元々たいした鉱山でもなかったのが、火が消えるように閉鎖され始めていた頃だった。それでも、パールはフレッドとの凄惨な生活にケリをつけることができ、本来の快活さを取り戻しつつあったのだろう、飯を食いにくる常連と軽口をたたくようになっていた。幾人かとは、相当イイ関係にさえなっている。

そこへ、パールの母親が重病なのですぐにも帰ってきて欲しいという手紙が舞い込んだのだ。二人の子供を預けっぱなしにしているし、パールを理解してくれ、いつも変わらない愛情を抱いている母危篤(キトク)の知らせに、パールはパニックった。家にすぐにも帰りたいが、1セントの蓄えもなく、金を借りられそうな人もいなく、またこの田舎町でそんな余分な金を持っている人は見当たらなかった。パールは八方塞がりの状況に陥った。

母危篤、すぐにも帰郷したいが金がない…と周囲の誰彼なく、愚痴っていたのだろう、ジョー・ブーツという男がいたく同情し、そんなら二人で一仕事、強盗を働けば良いではないかと持ちかけたのだ。

このジョー・ブーツ(これはアダナだろう)は、自分で当て込んだ山を持ち、一攫千金を夢見て、コツコツと一人で採掘をしている山師だった。意気投合する以前から、パールとジョーは深い関係にあったと見るのが自然かもしれない。第一、マンモスのような田舎の村にパールのような若い独り者の娘は希少価値があったし、パールの一度身についたコケティッシュなしぐさは消えるものではない。

余程、惚れた女性のためでなければ、自ら犯罪を犯すことはしないものだ。ジョーは金塊を探し山に分け入る夢見がちな一介の山師だったが、アウトローではなく、ギャンブラーでもなかった。もちろん前科もなかった。

-…つづく

 

 

バックナンバー

このコラムの感想を書く

 


佐野 草介
(さの そうすけ)
著者にメールを送る

海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

■フロンティア時代のアンチヒーローたち
〜西部女傑列伝 3
[全7回]

■フロンティア時代のアンチヒーローたち
〜西部女傑列伝 2
[全39回]

■フロンティア時代のアンチヒーローたち
〜西部女傑列伝 1
[全39回]

■フロンティア時代のアンチヒーローたち
〜西部アウトロー列伝 Part5
[全146回]

■フロンティア時代のアンチヒーローたち
〜西部アウトロー列伝 Part4
[全82回]

■フロンティア時代のアンチヒーローたち
〜西部アウトロー列伝 Part3
[全43回]

■フロンティア時代のアンチヒーローたち
〜西部アウトロー列伝 Part2
[全18回]

■フロンティア時代のアンチヒーローたち
〜西部アウトロー列伝
[全151回]

■貿易風の吹く島から
〜カリブ海のヨットマンからの電子メール
[全157回]

バックナンバー

第1回:パール・ハート
〜遅れてきた女性駅馬車強盗の生い立ち
 

 

■更新予定日:毎週木曜日


  TOP-トップページ》 《コラム一覧 》 《のらりインタビュー》 《コラム・バックナンバー
……………………………………現在連載コラム……………………………………
新・汽車旅日記 】 【店主の分け前 】 【フロンティア時代のアンチヒーローたち 〜西部女傑列伝4
 【亜米利加よもやま通信 】 【現代語訳『枕草子』 】 【よりみち
………………………………掲載完了イチオシコラム………………………………
[拳銃家業 ] [貿易風の吹く島から ] [ くらり、スペイン ] [グレートプレーンズのそよ風 ]  
  [フロンティア時代のアンチヒーローたち ]

     

このサイトに関するご意見・ご感想・お問い合わせはこちらまで。
Copyrights 2017 Norari