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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第655回:乗り継ぎ遭難 - 芸備線 備後落合駅 -

更新日2018/02/22



山の中の備後落合駅。かつては駅蕎麦もあったというけれど、現在は無人駅。小さな駅舎の壁に「備後落合通信」という手作りのポスターがある。カエル池のそばでトマトが育っている。木次線の100周年記念イベントの報告。6月号とあるから、月に一度の掲載らしい。しかし今日は7月26日。夏休みだろうか。

01
備後落合通信6月号

「備後落合駅傘寿記念写真展」というコーナーがあり、雑記帳と書かれた手作りの冊子が数冊。無人駅でも、誰かが駅を守っている。鉄道路線を盛り上げるなら、こういう人を起用してみたらいいと思う。

02
旅人たちが思い出を残した……?

2面3線の島式ホームの待合室で過ごす。次の列車は14時37分の芸備線新見行き、14時38分の芸備線三次行き、14時44分の木次線宍道行きだ。時刻表には12時48分の三次行きがある。これは臨時列車で今日は走らない。奥出雲おろち号からの接続に便利で、三次駅で三江線にも接続するけれど、どういう時期を選んでいるのか。

私は14時38分発の芸備線で三次へ行くつもりだ。芸備線の備後落合駅の両側も未乗区間である。そして、三次から16時56分の三江線に乗り継げば、全線を完走して江津着は21時20分。山陰本線の最終列車で出雲市に戻れる。二度目の三江線乗車、後半は夜になってしまうけれども、前回、不覚にもトイレの中で通り過ぎてしまった宇都井駅は明るいうちに通れる。


駅が賑わっていた頃の写真もあった

待合室の外で、話し声が大きくなった。不通、遅れ、という言葉に私の耳が反応した。和服のおばさんたちと、奥出雲おろち号の運転士さんが話をしている。なんと芸備線の三次方面が土砂崩れで不通らしい。ただし復旧見込みが立ち、14時38分発の三次行きは来るという。

ネットを調べると、どうも始発から止まっていたようだ。13時50分に運行を再開予定。ただし50分遅れの運行だ。備後落合駅に到着後、折り返しも50分遅れになるだろう。定刻なら、三次駅で三江線に乗り継ぐ待ち時間は56分。微妙な時刻である。12時59分に奥出雲おろち号を見送ると、もうJR西日本の職員はいない。無人駅に不安げな乗り継ぎ客たちが残された。


奥出雲おろち号が行ってしまった

JR西日本からの公式情報は、リモートコントロールの自動放送だ。新見行きの発車時刻が告げられる。しばらくして三次行きのアナウンス。55分遅れ、と機械的に告げられた。これは厳しい。土砂崩れ区間を徐行しているのかもしれない。そうなると、復路も遅れるはずだ。三江線は接続を待ってくれるだろうか。

14時25分。折り返し新見行きとなる列車が到着した。定刻である。この列車がその方向のまま三次へいってくれたらどんなによいかと思う。しかし、そうすれば折り返しの新見行きがなくなってしまう。こういうことも考えて、芸備線は運転系統を分割していると思われる。

次の自動放送が木次線の到着を知らせた。この列車で折り返すというルートもある。宍道から出雲市へ向かってホテル到着。もっとも安全な方法だ。しかし、安全、安定、安心な旅はつまらない。私はますます、三次、三江線ルートがとても素晴らしいと思い始めた。プラン上は完璧だった。土砂崩れめ。弱い線路め。八つ当たりしたい気分である。


山の中のジャンクション。三方向へ行ける

新見行きの運転士が降りてきて、三次行きは代行バスになると教えてくれた。無線で列車指令と連絡を取っていた。もっとも新しく、確かな情報だ。プラットホームに立ち尽くしていた難民たちが外へ向かった。私は諦めきれず、運転士に聞いてみた。55分遅れの列車は来るのか来ないのか。来たとして、55分遅れで折り返すだろうか。
「この時間の代行便は出したから、次の便として走らせるかもしれませんね」
ああ、なるほど。それなら次の列車からダイヤを正常化できる。遅れを引きずるよりもいい。私が列車指令担当者ならそうする。

では、代行バスで三次に向かおうか。いや、バスでは意味がない。三江線にも乗りたいけれども、本命は芸備線の未乗区間だ。そして、バスの速度がわからない。三江線に乗り継げなければ、出雲市に戻れない。三次から出雲市まで高速バスがあったはず。しかし、三次の乗り場は駅から離れていたような。悔しいが、賭けるにはリスクが大きすぎる。

私は新見行きの気動車に乗った。芸備線の備後落合駅~新見間も未乗区間だ。いつかは乗るべき線路であった。この行動は無駄ではない。新見から伯備線と山陰線で出雲市に戻る。電化されているし、特急も走る路線である。三江線まわりより早く出雲市につくはずだ。

三方面に行ける備後落合駅で、どのルートも選択できる。青春18きっぷで良かったと改めて思った。安いだけではなく、進路選択の自由がある。青春とは自由なり。


新見行きを選択した

-…つづく


杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

<<杉山淳一の著書>>

■連載完了コラム
感性工学的テキスト商品学
~書き言葉のマーケティング
 
[全24回] 
デジタル時事放談
~コンピュータ社会の理想と現実
 
[全15回]

■鉄道ニュース(レポーター)
マイナビニュース
ライフ>> 「鉄道」
発行:マイナビ

 

■著書
『列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法: 時刻表からは読めない多種多彩な運行ドラマ!』


列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法
杉山淳一 著


『ぼくは乗り鉄、おでかけ日和。』 ~日本全国列車旅、達人のとっておき33選~』

ぼくは乗り鉄、おでかけ日和
杉山淳一 著


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