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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第656回:谷間を東進- 芸備線 備後落合~新見-

更新日2018/03/15



芸備線は岡山県の備中神代駅と広島県の広島駅を結ぶローカル線だ。中国山地の山の中を稜線に沿うように、つまり東西に走っている。総延長は159.1km。壮大なローカル線だ。その長さに敬意を表して、起点から終点まで乗り通したいと思っていた。しかし、運行本数も少なく、他の路線との連絡も思わしくない。

ずいぶん前に三次~広島間を先に乗った。今日は残りの区間のうち、備後落合から備中神代まで乗る。そうすると、備後落合~三次間が残ってしまう。なんだか区切りが良くない。いずれ、時間を作って乗ってしまいたい。

01
芸備線新見行き

さて、備後落合14時37分発の新見行きは、三次からやってきた代行バスを待って2分遅れで発車した。発車を待つように雨が降り始める。窓ガラスに斜めに水滴がつく。私の座席の近くで、誰かが魚臭いモノを食べている。気持ち悪い。吐きたい。窓を開けたいけれども雨が入ってしまう。エアコンも効いている。ただし換気性能は良くない。「奥出雲おろち号のトロッコは吹きさらしで良かったなぁ」と独り愚痴る。

02
谷とか森とか

1両の気動車は上り勾配をゆっくり進む。えっちらおっちら。坂を登り切ると速度が上がり、すぐに速度が下がる。中国山地の山伝い。上ったり下ったり。地図をみれば、なんでこんな所に線路を、と思うけれども、乗ってみれば確かに人家はある。山を迂回し、谷をたどって道後山駅。民家が多い。しかし人影はなく、道路は濡れている。

速度が上がれば、窓につく雨粒が流れはじめる。雲の隙間から青空が見える。されど進行方向は暗い雨雲である。山の中は天気が読めない。ならば、山の中に住む人は、常に傘を持っているかもしれない。出かける時は財布とハンカチとスマホと傘。クルマで移動するから傘は不要か。クルマ社会ではクルマがコート、クルマが合羽だ。

03
雨が降り出した

また下り坂になって速度が上がった。小奴可駅。おぬかと読む。調べる。「ぬか」という地名があって、その役所があったところ。東城街道の宿場町。東城街道は、戦国時代の領主が東と西に城を建て、そのうちの東城が中心地となり、放射状に街道が整備されたという。小奴可駅のそばに、道後観光バスが並んでいる。道後は愛媛ではないかと思ったら、ここが本社らしい。松山には東道後タクシーと、前道後タクシーがある。道後とは何か。わからぬ。

気動車は森の中に入った。車体に枝が当たる。塗装が傷つくと心配する。自分のクルマならやりたくない走りだ。しかし列車は線路を進むだけ。避けられない。内名駅に停車。谷間のわずかな平地に田畑がある。隠れ里のような場所だ。発車するとまた森の中である。木の枝が丸く茂って揺れて、まるで手招きするようだ。気動車は止まりそうになるほどゆっくり通り過ぎた。これはいつものことだろうか。たまたま枝の場所が悪かったか。

04
難読駅、小奴可

列車無線が騒ぎ出した。客室からは聞き取れないけれども、三次方面が復旧したか、あるいはこの列車に関わる不具合でもあったか。不吉な予感である。しかし、備後八幡駅を過ぎると力強く加速して、まるで不安をかき消すように走ってくれた。トンネルを抜けると盆地である。ますます速度が上がり、心も弾むような俊足となった。

少し大きな街に入った。民家もあれば町工場もある。公団住宅もある。高さは5階くらいだろうか。5階まではエレベーター設置義務なしだったと聞いたことがある。停車駅は東城。なるほど。備後山中の中心地。放射状の街道の起点。気動車は盆地が終わってまた山道に入る。国道沿いに集落があり、そと山越えて、また盆地。

05
谷間の空は狭い

雨が上がった。野馳駅で男性がひとり降りていく。木造駅舎の向こうで、移動販売車の主人が若い奥さんと会話している。鉄道の敷地の外の日常である。こちらは相変わらず盆地の風景が続く。ただ、空は明るくなり、路面も乾いている。矢神駅前に駐車している車の窓ガラスに水滴はなく、ただ、洗車直後のような透明感があった。雨上がりと同時に、車内に立ちこめた魚臭さも消えた。鼻が慣れたか、あるいは匂いの元が絶たれたか。あの男か。

市岡駅はホーム1面、線路1本の簡素な作りだけど、カマボコのような屋根の駅舎がある。列車からは裏手しか見えないけれど、正面はどんな形だろう。いや、それもスマホの地図を呼び出せばストリートビューで確認できる。途中下車しなくても駅舎を眺められるなんて。いい時代だ。いやまて、出かけてこなくても自宅でもみられるわけか。それはどうなんだ。旅に出なくてもいいのか。気持ちの問題か。うーん、見たいと思った気持ちが生まれた場所、それが重要なんだろう。つまり、旅は無駄ではない。

06
市岡駅、表玄関が気になる

車窓の両側に山なみが見える。たぶん、どちらも中国山地である。どちらかというと、進行方向右側、南側の山が高い。坂根という駅に停まった。谷間の駅だ。駅舎はなく、ガラス張りの温室のような、小さい待合室がある。周囲に数軒の民家。木次線にも出雲坂根駅があった。旧国名を冠した駅は、同名駅と間違えないようにと命名された。坂根駅は出雲坂根に近すぎて紛らわしいから、旧国名の冠は効果大だ。

坂根を過ぎると、少し広い平地に出た。盆地とは呼べないけれど狭隘でもない。しかし線路はいままでどおりの惰行を続けていた。平坦な場所だけど、線路の回りだけは築堤になっている。ああ、なるほど、直行だと急勾配になるから、曲線で距離を伸ばしているわけだ。大きなS字カーブを過ぎて、正面に谷間が見えてくる。その谷間にツッコむところに備中神代駅がある。芸備線の終点だ。左側から伯備線の線路が寄り添い、ATSのチャイムが鳴る。気動車はプラットホームの右側に入り、しばらく停まった。しかしすれ違う列車はない。

07
備中神代から伯備線に乗り入れる

備中神代駅を発車するとすぐトンネルに入り、明るみに出ると気動車は山の中だ。渓流に沿って走っている。川の惰行が忙しいようで、線路はトンネルで通り抜け、大きなS字を形成する。谷がすこしだけ広くなったところが布原駅。伯備線の区間だけど、芸備線の列車しか停まらない。このあたりは蒸気機関車撮影の名所だったと記憶している。急勾配の上り坂を、D51形の三重連で乗り越えた。最大級の機関車デゴイチの三重連。いまならどんな贅沢なイベントかと思うけれど、当時は日常の風景だった。見たかったけれども、SLブームは私のよりひと世代前だった。

08
SLの名所、布原駅

蒸気機関車が三重連で通った道を、軽量な気動車は簡単に行き来する。技術の進歩を感じるけれど、機関車を3台も並べるほど、客車も貨車も必要とされない。芸備線の備後落合~東城間の平均通過人員は9人/日。JR西日本の統計上では最下位。廃止が決まった三江線は83人/日だ。備後落合駅から私がいま乗ってきた線路が、JR西日本の営業最下位区間だった。線路の廃止が路線ごとではなく、区間ごとに検討されたらと思うと恐ろしい。今日、こっちの区間に乗ったことは、正解だったかもしれない。

09
新見駅着

10
赤い瓦は石州瓦という。山陰の特産


第656回の行程地図

2016年07月26日の新規乗車線区
JR: 56.8Km
私鉄: 0.0Km

累計乗車線区(達成率)
JR(JNR):21,193.7Km (93.05%)
私鉄: 6,272.5km (90.46%

 

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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。月刊文藝春秋「乗り鉄うまい旅」連載。「鉄旅オブザイヤー」最終選考委員。

<<杉山淳一の著書>>

■連載完了コラム
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■著書
『列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法: 時刻表からは読めない多種多彩な運行ドラマ!』


列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法
杉山淳一 著


『ぼくは乗り鉄、おでかけ日和。』 ~日本全国列車旅、達人のとっておき33選~』

ぼくは乗り鉄、おでかけ日和
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