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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 
第410回:あきれた展望車 - リゾートしらかみ2 -

更新日2012/02/23



奥羽本線と五能線が分岐する東能代駅。ここでリゾートしらかみ1号は11分停車する。列車の進行方向が逆転するためだ。その間、ちょっとホームを散歩してみた。待合室の出入り口がくまげら編成と同じ形になっていた。何本か並ぶ線路の向こうに車庫があって、その奥に転車台も見える。ペンキ塗装も新しいようで、そんな転車台を見ると「この路線は蒸気機関車が使えるな」と思う。


東能代駅ホームの待合室

五能線青森県の西側沿岸を結ぶ路線だ。南側で奥羽本線の東能代、北側で奥羽本線の川部に接続する。奥羽本線は山間を弘前へ直行するけれど、五能線は日本海沿岸を迂回する。南側は奥羽本線のルートから外れた能代と東能代を結ぶための支線だった。北側は五所川原と奥羽本線を接続する目的で民間の陸奥鉄道が建設した。官営鉄道が両線を結ぶ路線を計画し、陸奥鉄道を買収して五能線となった。五能線の五は五所川原、能は能代である。その能代駅で5分の停車。到着前の車内放送で、停車時間中にバスケットボールのゴールを使ったイベントがあると告げていた。


奥羽本線と分かれる

能代はバスケットボールの町だそうだ。そのきっかけは能代工業高校バスケットボール部の強さ。昭和42年から現在まで、インターハイ、国体、選抜大会で50回以上の優勝記録があるという。日本人初のNBAプレーヤー、田臥勇太さんも能代工業の出身だ。その勢いは町の活力となり、市内のほとんどの児童公園にはバスケットゴールが備えられているらしい。

車内を移動してイベントを見に行く。ホームに備えられたバスケットゴールに向かって数人の男女がトライしていた。ゴールすると粗品進呈、という段取りのようである。座りっぱなしの列車の旅で、体を動かすイベントは良いと思う。私も参加しようとホームに降りてみたら、もうすぐ発車という雰囲気になった。


能代はバスケットボールの町

列車が動き出して米代川を渡る。大幅であるけれど、これが昨日、花輪線の車窓から見た小川の下流である。奥羽本線が内陸を選んだ理由は、米代川の水運を鉄道に切り替えるためだっただろうか。その後しばらくして、ようやく遠くに水平線が見えた。東八森駅を過ぎたところで海岸に接する。灰色の海に細い白波。ここからずっと海岸線である。三度目の五能線。いままでとは違う海の色を見られた。

灰色とはいえ、まだ夏の続きのような時期だから海は穏やかである。しかし、ここから先が大荒れらしい。実は秋田駅で「リゾートしらかみは深浦止まり、その先はバス代行」と告げられていた。理由は強風悪天候だという。秋田駅は晴れていたから、まさかと思っていた。風が止めば復旧するとも思った。しかし、放送は相変わらず深浦打ち切りを告げている。五能線の車窓は、そこから先の千畳敷がハイライトである。私はもう2度も通過しているけれど、なんだかM氏に申し訳ないと思う。昨日のうちに予報を察知していたら、五能線をやめて、廃止されそうな十和田観光電鉄に向かう手もあった。


展望室からの眺め……!?

まあ、もう乗ってしまったわけで、後悔しても仕方ない。その場で可能な限り楽しむが吉。M氏と私は交互に席を立ち、車内の見聞に出かけた。海沿いの景色だから、展望コーナーの車窓はいかほどか。見に行けば、二人がけの展望席に先客ひとり。その隣に腰掛ける。しかし……気になる。隣人ではなく、運転室である。運転士だけではなく、添乗係員がひとりいて、彼が私たちの視界を妨げている。

「これ……、ひどいですねぇ」
私は呆れて、笑いを交えて隣人に話しかけた。
「うーん、彼も仕事なんでしょうけど、これ展望がウリなのにね」
隣人も笑っていた。そんな私たちの後ろにカメラを構えた男性が立ち、「私もそう思っていたところです」という。


開発されていない海岸の美しさ

敵がひとりいると、周りは結束する。三国志か戦国時代だかの教訓を想起する。そこから会話が始まり、ひとりは横浜からの旅人、もうひとりは関西からの旅人であった。関西の人は、東北の被災地でボランティア活動後で、帰る前にひとめぐりという旅とのこと。
「私、神戸で被災しているんです。今回はそのお礼というわけでして……」
私ともうひとりは、心から「お疲れ様でした」と挨拶した。私自身は被災地になすすべもなく、手持ちのわずかな現金を郵便局の寄付口座に振り込んだだけだった。行動できる人は偉いと思う。そういうと彼は「いや、私も被災していなければ……」と言った。

そんな話をしているうちに、深浦から先の悪天候の話題になり、するとこの添乗員は線路の状態を確認しているのだろうという結論に至った。私たちの安全のために、線路を見張っているのだ。邪魔にしたり恨んだりしちゃいけない。そんな共通認識ではあるけれど、私が
「でも、もうちょっと端にいてもいいよね」と発言して笑いを誘い、それを汐時とばかりに解散となった。


車内放送を合図にカメラを構える

五能線の風景は千畳敷が有名だ。しかし、深浦の手前にもみどころはある。車内の案内パンフレットにも記されており、車内放送でも教えてくれる。秋田青森の県境付近には奇岩群があり、十二湖駅付近には汐ヶ島という、小さな窪みをあけた岩がある。海賊が宝を隠したという伝説もあると言うけれど、海岸に向かって「いかにも」という穴である。私ならあの穴には罠を仕掛けて、岩の背後に宝を隠す。


中央が汐ヶ島。宝物があるかな

私とM氏は指定席で再会し、荷物をまとめた。ウェスパ椿山で降りる予定である。ここには珍しい乗り物があって、それが私の五能線訪問の目的であった。ウェスパ椿山は2001年に開業した新しい駅である。私の過去2回の五能線乗車時にはなかった。まだ新しさの残るホームに降りる人は多く、無人駅ながら制服の女性が迎えてくれる。観光駅長といって、ボランティアのおもてなし係だ。

くまげら編成は、その様子を見届けた後、ゆっくりと走り去った。緑色に包まれた風景のなかで、やや派手な塗装が映える。なるほど、実在のクマゲラのような真っ黒にしなくて良かったかもしれない。黒は色に満ちた都会で引き立つのだろう。


ウェスパ椿山に到着

-…つづく

 

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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

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