■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち


杉山淳一
(すぎやま・じゅんいち)


1967年生まれ。東京出身。京浜急行沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動する。「新汽車旅日記」をきっかけに鉄道方面にも進出した。「鉄旅オブザイヤー」最終選考委員



第1回:さよならミヤワキ先生。
第2回:17歳の地図、36歳の地図



■連載完了コラム
感性工学的テキスト商品学
~書き言葉のマーケティング
 
[全24回] 
デジタル時事放談
~コンピュータ社会の理想と現実
 
[全15回]

■更新予定日:毎週木曜日

第3回:駅は間借り人? -都営地下鉄三田線-

更新日2003/04/24


20年間、まったく鉄道に乗らなかった、というわけではない。例えば、新幹線の新神戸-博多間は、福岡のゲームソフト会社の取材にかこつけて『のぞみ』に乗った。多忙のため断ろうと思った仕事だが、私を良く知っている編集者さんに「新しく走り出した500系電車に乗って行こう」と誘われた。忙しいなら飛行機で行くべきところを新幹線で移動した。取材よりも移動時間のほうが長くなり、自分でも呆れた。青函トンネルと日高線も無節操な顛末だ。パソコン雑誌に地図ソフトの記事を書いたとき、廃止された北海道広尾戦の幸福駅を電子地図で探すうちに、どうしても実物を見たくなった。原稿を書き上げ、電子メールで編集者に送りつけ、そのまま大森駅へ行って札幌行き『北斗星』のキップを買って旅に出た。売店で時刻表を買い、列車の中で翌日以降の予定を立てた。

そうした旅も含めて、件の地図から記憶に残っている乗車路線を塗りつぶした。すると、もうすこしで東京の地下鉄を完全踏破できることがわかった。景色の見えない地下鉄を、わざわざ乗りに出かけた記憶は少ない。一昨年の正月に気まぐれで都営大江戸線に乗った程度だ。それにも関わらず、黒く塗りつぶした区間が多い理由は、サラリーマン時代に営業回りで乗っていたからである。


昭文社の旅行ガイド『全国旅行』には地下鉄区間の拡大図がある。既にほとんどの路線が塗りつぶされた。

未乗区間を列挙すると、

・営団東西線  中野-高田馬場間および浦安-西船橋間

・営団日比谷線 上野-北千住間

・営団千代田線 湯島-北綾瀬間

・営団南北線  目黒-駒込間

・営団新線   池袋-小竹向原間

・都営三田線  三田-目黒間

・都営新宿線  岩本町-本八幡間

となる。乗り残した区間は得意先が無かったからだ。会社は表参道で、私が勤める間に初台に移転した。例えば湯島には日本コロムビアがあるけれど、綾瀬には何もなかった。岩本町は秋葉原の最寄りだが、その先には用事がない。しかし、南北線の巣鴨と赤羽岩淵の区間は、取材の帰りにわざわざ乗った。未乗区間に乗りたいという気持ちは常にあった。告白すると、営業回りの寄り道にも励んでいた。

端っこばかり残っているけれど、たった7路線なら一日で乗れそうな気がする。ならば足元を固めてしまおうと、私は三田駅に向かった。三田から目黒までの新規開業区間は、我が家からもっとも近いところにある未乗区間だ。それがいつも気になっていた。しかし、用事で目黒に行くならJR山手線かバイクを使うだろう。放っておけばいつまで経っても乗る機会は来ない。そんな路線である。

三田駅のホームの線路側には柵がある。電車の扉の位置に合わせた自動ドアもある。ホームの安全性を高めた上で、車掌を廃止し、バスのようなワンマン運転を行なっている。安全は結構だが、電車の姿が見にくくなった。もっとも、用事があって乗る人にはどうでもいいことだ。ガーゴーと音がして、都会的な銀色の電車が到着し、スーツ姿の人々が降りた。この駅はNEC本社ビルの真下にある。

朝のラッシュ時間も終わり、すっかり人が減った電車に乗って目黒へ向かう。この電車の行先は武蔵小杉となっている。武蔵小杉は東急目黒線の終点で、多摩川を超えた神奈川県である。都営三田線は長い間三田を起点にしていたけれど、よっこらしょ、と目黒に伸びた理由が、この東急目黒線との乗り入れであった。三田の次の白金高輪で営団南北線と合流し、目黒まで同じ線路を使う。受け入れ側の東急は地下鉄との直通にあたり、目黒-蒲田間を走っていた目蒲線を分離して、目黒-武蔵小杉間を目黒線に改称。4両連結の電車が走るローカル線を近代的な路線に作り変えた。途中の田園調布から武蔵小杉までは東横線に併走する複々線区間となっている。このまま終点まで行って、新しい目黒線の晴れ姿を見たい気がする。しかし私は目黒で降りた。営団地下鉄南北線に乗るためだ。

同じホームの反対側で待っていれば南北線の電車が来るけれど、いったん地上に出てみようと思う。いくつもエスカレーターを乗りついで地上に出ると、かつて鄙びた目蒲線の駅があったところに17階建てのオフィスビルが建っていた。地下には目黒区の出張所やスーパーマーケットがあり、地上には高級チョコレートのゴディバなどの店が入り、2階はレストランや居酒屋が入っている。ビルの持ち主は東急だが、ここは昔風の駅ビルではない。オフィスビルのテナントとして駅が入居しているようである。20年前の東急目黒駅は小さかった。しかし今よりも存在感があった。あばら屋の主と小金持ちの間借り人、どちらに風情があるだろうかと思う。


オフィスビルに生まれ変わった東急目黒駅。遠くから見たら気づかないかもしれない。


地下にある駅スペース。東急電鉄、営団地下鉄、都営地下鉄のキップ販売機が仲良く並ぶ。

今日は初夏のような良い天気である。どこかのコーヒーショップで朝食をとろうと思ったけれど、どこからも食欲を刺激する香りがしてこない。私は先を急ぐことにして、再び地下に降りた。

 

 

第4回:名探偵の散歩道-営団南北線・埼玉高速鉄道-

 
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