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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第565回:BRTバス複線区間 - 気仙沼線BRT 柳津~陸前戸倉 -

更新日2015/10/01


気仙沼線は前谷地と気仙沼を結ぶ路線だ。このうち前谷地から柳津までは柳津線として1968年に開業した。一方、気仙沼線は気仙沼側から建設され、1957年に本吉まで開業していた。本吉から柳津まで開業は1977年。悲願の全通であったという。その全通日の様子は宮脇俊三先生がデビュー作『時刻表2万キロ』の最終章で書いていらした。

宮脇先生が前谷地から気仙沼線に乗ると、すでに通じている区間にもかかわらず、駅も車内も大賑わい。開通区間では各駅に大勢の人々が集まって、太鼓を鳴らし踊りを披露する歓迎ぶり。発車時は日の丸の旗を一斉に上げた。宮脇先生はそれを出征兵士の見送りのようだと書いた。

それから34年後に気仙沼線は被災し不通となってしまった。さらに3年後の今日、たった1両の気動車が帰宅する高校生を乗せて走っている。路線名は気仙沼線のままだけど、鉄道は柳津線に戻ってしまった。


柳津駅

柳津駅で列車を降りて跨線橋を渡ると、建物の隙間から駅前広場に出られた。改札口はなかった。無人駅である。振り返ればログキャビン風の駅舎がある。緑色の三角屋根。玩具のような佇まい。津山町観光物産館として使われ、切符も発行してくれるようだけど、ひっそりとして立ち入りにくい。西日除けのためか窓にはカーテンが掛かっている。

その駅舎の前に白いタクシーが1台。列車から乗り換える人はいなかった。車庫にいるくらいならここに、というつもりか。駅舎の隣の建物はトイレ。駅舎と同じデザインだ。ジュースの自販機があって、女子高生が佇んでいる。家族が迎えに来るのだろう。4月の16時過ぎ。影が長くなっている。西日が肌を照りつける。


片道2時間の路線図と時刻表

BRTのバスはトイレの隣に停まっていた。跨線橋に尻を向けている。日陰側からは赤色に見えたけれど、日向側からみれば朱色である。車体は東京でもよく見かける路線バスだ。ここまで来て、自宅の近所と同じバスとはおもしろくない。そういっては失礼な話で、地元の人々にとっては都会と同じ快適なバスが走り始めたというわけだ。JR東日本はBRTを新しい乗りもの、未来のシステムかのように宣伝している。仮復旧にしては本気度が高い。きっとバスを定着させるつもりだろう。

その朱色のバスを観察してみる。車体は妙な帽子をかぶった男の子が描かれている。気仙沼市観光キャラクター"海の子ホヤボーヤ"というそうだ。星や鮫、クリオネなどもいる。楽しそうな雰囲気で、まるで水族館の送迎バスだ。屋根に灰色の箱が載っていて、"Hybrid"と書かれていた。蓄電池だろうか。正面を見ると、運転席の下にJRのロゴがある。丸いヘッドマークには"気仙沼線BRT運行開始 2012年12月22日"と書いてある。1年以上経過したけれど、開業ムードが残っている。

運転士はどこかで休憩中のようだ。バスの尻に隠れるように小さな待合所があった。スモークガラス張りの都会的なデザインだ。西日に当たって火照った体を潜り込ませ、発車を待った。先客2名。荷物を整理していると、自動音声が発車案内を告げた。先客ともどもバスへ移動する。運転士に切符を見せた。私の切符は東京都区内から盛行きだ。BRT区間も鉄道扱いとして通しで購入できる。長距離切符だから途中下車もできるし、有効日数が多いから降りた駅周辺で泊まっても良い。


早春の穏やかな景色

柳津発16時36分。定刻で走れば気仙沼着18時33分。約2時間の道中だ。都会の路線バスで2時間も走る。座れるから良いけれど、混んでいたらちょっときつい。仙石線や石巻線の代行区間は短距離でも観光バスだった。ちなみに都営バスの最長路線は西武鉄道柳沢駅前から青梅車庫前まで、約31キロを約2時間で走る(*)。気仙沼線BRTも約2時間だけど、走行距離は約55キロだ。田舎の道は空いているし、停留所を駅に一致させたから停まる場所も少ない。

バスは駅前広場を背にして走り出し、突き当たりを右折。緩やかなカーブを上って線路を超えた。どんどん線路から離れて片側1車線ながら広い道路に出会い、左折して合流した。線路増の道もありそうだが狭いのだろう。こちらは国道45号線。東浜街道、あるいは柳津バイパスと呼ばれているようだ。国道45号線は仙台と青森を太平洋岸経由で結ぶ。この道を走って行けば、三陸にも青森にも行ける。


国道46号は空いている

市街地を通り抜け、山道を上下する。主要国道だからカーブも勾配も緩やかだ。町を脱すれば信号機もない。これらすべて、眠りを誘う要素である。鉄道ではないから眠ってもいいか、と妥協したくなる。しかし眠気にあらがえば、陸前横山の停留所があり、畑の向こうに駅も見える。陸前横山駅。築堤の上にホームも上屋も残っている。どうして列車が走れないかと思う。


上りバスとすれ違い。一般道は鉄道で言えば"複線区間"である

再び山道。切り通し。睡魔が目蓋を閉じに来る。ああそうだ。今朝は5時に起き、東京駅を6時半ごろ出発した。それから10時間経っている。まだ南三陸の入り口ではないか。山道を通り抜けて市街地になった。さっき右手に見えた線路が左側に見えた。いつのまに入れ替わったかと地図を見ると、線路はかなり長いトンネルで丘の下を通っていた。


陸前横山駅が見えた

こんなトンネルを掘るから赤字が増えると憤り、列車よりバスのほうが景色が良いのかと悲しくなる。もし柳津までの線路がバス専用道になったら、トンネルだらけになるだろう。スピードは上がるけれど、人の住む場所に停留所を作れない。人々は国道のバスのほうが便利かもしれない。いったい気仙沼線とはなんだったのか。やはり線路に戻し、前谷地から石巻線に乗り入れて一ノ関へ直通すべきではないか。それなら東北新幹線に接続できる……。


河口が近づく、新しい建物が見える

窓から川が見えた。向こうの建物の壁が白い。プレハブだ。今まで見てきた建物と違う。そうか、ここから被災地かと思う。バスが減速し、左折して国道を外れた。正面に屋根付きの立派な停留所が現れた。壁に待合室と書いてある。ここが陸前戸倉駅。BRT専用区間の始まりであった。


陸前戸倉"駅"

自動車1台ぶんの幅の道を挟むように低いプラットホームがある。そう、まさしく対向式ホームだ。ここから新しい道路が延びる。ホームの先には遮断機がある。小さな道と交差していて、まるで踏切のようだ。さらに先は道が2車線に膨らみ、赤と青だけの信号機がある。その先はバス1台ぶんの道が延びている。両側に白いガードレール。


上下別の対向式ホームがある

普通の道路のようでいて、よく見ると雰囲気が違う。バスは信号機の手前で停止。青信号に変わると走り出す。この先は対向車がないと保証されている。鉄道で言うところの閉塞区間だ。運転士はハンドル操作とアクセルに集中できる。なるほど、線路をつぶして道路にするとはこういうことか。恨めしいが、自動車免許を持つ身としては、こんな整った道を走ってみたくなる。


BRT専用区間の交換設備

バスは緩やかな上りカーブからトンネルに入った。カーブの曲線のままの長いトンネル。ちょっとだけ外に顔を出して、また長いトンネル。この構造も昭和後期以降のローカル鉄道そのものである。トンネルは狭くて長く、バスの乗客としては息苦しくなる。またしても眠くなってきた。運転士はどうだろう。鉄道と違い、ハンドルの手を緩めれば壁にぶつかる。眠気と戦いつつ緊張を強いられる。これで終点まで2時間を乗務するとしたら、かなり重労働だと思われた。

 

(*) 比較した都営バス最長区間は、2015年4月1日に柳沢駅前-小平合同庁舎前を廃止し短縮された。

-…つづく


杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。
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