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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第677回:付け替え区間の旅 - 吾妻線 -

更新日2019/01/17



青春18きっぷが3回分、残った。12月の有効期間開始日から2日間を中国山地で使い、モトを取ったような気がした。チケットショップで売ってみようかと思ったけれども、たいした金額ではない。そもそも売買していいかどうかはグレーゾーンだ。感心しない。手元に残し、そのうちどこかに行きたくなるだろう、と思っているうちに、有効期限が残り3日になってしまった。つまり今日から3日間、青春18きっぷの旅をする。

きっぷの消化であり、出発を心待ちにするというほどでもなく。昼前に出発して上野駅。地平プラットホームへ下りて13番線を眺める。北斗星、カシオペア、あけぼの。寝台特急に乗った思い出の場所も閑散としていた。13番線と14番線の間は工事中だ。荷物用だった短いプラットホームを改装して、クルーズトレイン“トランスイート四季島”専用の乗車ホームにするという。

01
上野発、高崎行き。荷物車扱いの1号車

12時30発の高崎行き各駅停車。ボックスシートがある1号車は荷物車扱いで新聞の束を積んでいる。まだ荷物輸送が残っているとは珍しい。2号車のボックス席に座れた。土曜日の昼過ぎの上野発は予想通り空いていた。上野東京ラインでは空席がなかっただろうと思う。暗い地平ホームを発車した後は、線路の分岐や並んで離合する電車を眺める。

上野発の列車に乗ると、なんとなく尾久の車庫まで見届ける習慣になっている。尾久駅で向かいに客が座り駅弁を開けにくい雰囲気になってしまった。それからぼんやりと景色を眺め続けて約2時間、高崎駅到着は14時18分だ。高崎と言えば蒸気機関車だ。時刻表を調べると、今日は“SLみなかみ”の運転日。しかし、この時間は水上駅の転車台に乗っている頃である。

02
吾妻線は115系湘南色最後の地か……

腹が減っているけれど、上野駅で買った駅弁を開く場所がない。立ち食い蕎麦屋はどこも閉まっている。駅構内をウロウロしている間に、15時07分発の大前行きが入線していた。3両編成の115系近郊型電車。座席が半分ほど埋まっていて、進行方向右側のボックス席に座れた。発車前から駅弁を開く。相席になった人には目障りかもしれないけれど、空腹が切迫している。周囲にはまだ空席も多いから、どうか他の席に行ってください。

03
上野駅の駅弁 牛肉乃巻

実際、食べている人の側には人は近寄らないものである。そうは言っても4人掛け席をいつまでも独占しているようで気が引けて、新前橋到着前に食べ終えた。新前橋からたくさん乗ってくる。私の斜め向かいに30歳前後と思わしき女性が座った。顎がとがり、整った顔立ちで薄化粧。目を閉じると目尻が下がり、なかなかの美人さんだ。車窓も車内も良い景色となった。


渋川駅で4人掛け席に4人座った。電車はここから吾妻線に入る。吾妻線は渋川から大前までを結ぶ55.3kmの電化単線だ。大前までの所要時間は1時間10分から1時間半。おおむね1時間ごとの運行だ。ほとんどの列車は途中の長野原草津口または万座・鹿沢口駅まで。大前行きは1日に3本しかなく、この電車が最終便になっている。

満席で立ち客まで居る理由は、希少な大前行きだからだろうか。「この電車、終点が遠いから寝るなよ」という声が聞こえた。寝過ごしたら遠くまで行ってしまうぞ、という意味だろう。私も食後で眠くなってきた。私は終点まで乗るつもりだけど、寝るわけにはいかない。今回の旅の主目的は終着駅ではなく途中にある。

吾妻線は1945(昭和20)年に長野原線として開業し、1971(昭和46)年に大前まで延伸した。その後、路線の延伸や廃止はなかったけれども、2014年に岩島と長野原草津口の間でルートが変更された。八ッ場ダムを建設するため、旧ルートを含む川原湯温泉一帯が水没地域となった。そこでダムを避ける形で新たな線路を作った。新しいルートになって駅も移設されると聞けば乗りたくなる。青春18きっぷの消化にちょうど良い日帰りコースだ。

強い西日が差し込み、真冬ながら車内は暑い。話し声が消えていき、見渡せば周りの客がすべて眠っている。まるで魔法をかけられたようだ。しかし渋川で前の2両の客がごっそり降りてしまう。ああ、吾妻線はやっぱりローカル線であった。金島で向かいの美女が降りた。

04
新線区間は高架とトンネル

車窓に自家用らしきドッグランがあり、白と茶色の犬が楽しそうに走り回っている。小野上駅ですれ違い停車、特急形電車の回送だ。中之条駅でこの車両の座席の半分が空いて、相席していた若い男女が後ろのボックスに移った。私は4人掛け席を取り戻した。しばらく停まっているなと思ったら、また特急電車が現れた。こちらは草津4号で、座席は8割ほど埋まっているように見える。草津温泉の人気は衰えず。

草津4号が出発した後、こちらの列車は動かない。鳥の声も聞こえるほどの静寂。乗客も声を殺して会話する。人は静けさを守ろうとする習性があるらしい。高速列車の通過音が微かに届く。上越新幹線の高架をくぐってから四つめの駅だけど、音が谷間を伝うようだ。太陽は稜線の真上にあり、高度を下げても赤くならずに山に隠れた。16時11分。列車はまだ動かない。どうやらもう1本の列車を待つようだ。16時21分発の高崎行きが16時18分に到着。こちらの電車が動き出した。

岩島駅からいよいよ新ルート区間である。もう日没したけれど、幸いにも外は明るい。車窓の左側、旧線跡を見たいと思ったけれども見過ごしてしまった。線路跡なんて3年も経てば道路になるか草に覆われる。新ルートは高架になり、進路を左へとってトンネルに入った。旧線区間にあった日本一短いトンネルは水没を免れているけれど、こちらがトンネルに入ってしまったら見えない。

05
移設後の川原湯温泉駅

トンネルだから景色は見えないけれど、新しい線路らしい特徴がある。ロングレールで建設されているから、ガタンゴトンという線路の継ぎ目の音がない。コーという響きだけだ。谷間のダムを避けて作る線路だから、斜面の中、つまりトンネルになるというわけだ。まるで地下鉄。日没までに乗りたいと言うほどでもないか。いや、新線区間はトンネルだらけでも、そこに至るまでは明るい方がいい。

06
無骨なプラットホームが寂しい

トンネルを出ると川原湯温泉駅だ。新しい島式プラットホームは都市近郊の郊外の駅のよう。コンクリートの冷たい感じで、残念ながら、温泉の駅に来たという情緒はなかった。木造にするとか、せめて柱くらい木製パネルを貼るぐらいすればいいのに。高崎行き電車の到着を見届けて発車。また単線トンネルに入る。

07
旧線区間が近づいて……

トンネルを出てしばらくは景色が見える。こんどは旧線が見えた。もうすぐ長野原草津口駅。錆びたレールか近づいて横に並ぶ。分岐器も残っている。プラットホームの先で旧線がこちらの線路に合流した。どうやら留置線として再利用されているらしい。列車のドアが開くと、残った乗客のほとんどが降りた。後ろの席に移った男女も降りていく。温泉に行くのか、帰ってきた地元の人か。停車中の窓から駅前を眺めると、バスターミナルと周辺の道路がきれいになった気がする。発車間際になって、若い男女が乗ってきた。ちょっと不思議な雰囲気だ。男は小さな顔を大きなトンボ眼鏡で隠している。レンズは鏡面だ。芸能人だろうか。逃亡者と付き添いの情婦か。

08
長野原草津口駅。左が旧線

長野原草津口で折り返してもいいけれど、せっかくの大前行きを乗り通そう。車窓は暗くなり、街路灯が点々と寂しげに灯る。建物は色をなくている。灰色の世界で、信号機の赤と青が宝石のように見える。LEDだからクッキリと発色している。線路際に白い塊が増えてきた。ああ、これは雪だ。暖かい車内にいたから忘れかけたけれど、1月である。冬である。

09
終点の大前駅

17時06分大前着。車掌の案内。
「お降りの方は車掌がきっぷを拝見します。折り返しご乗車の方もきっぷを拝見します」
私を含めて10人ほどの男性がカメラを持っている。その行動を察しているわけだ。ホームに降りて車掌に青春18きっぷを見せる。暗いせいか、彼は券面まで顔を近づけて、日付をしっかり確認した。

10
夕食はたかべんの鶏めし。大好物

-…つづく


第677回の行程地図

  

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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。月刊文藝春秋「乗り鉄うまい旅」連載。「鉄旅オブザイヤー」最終選考委員。

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列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法
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