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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第729回:解けないナゾ - 山口線 益田~津和野 -

更新日2021/02/25




小雨の益田駅から山口線。初乗り区間だ。車両はまたもやキハ40のタラコ色。国鉄を懐古する旅になっている。11時24分発の山口行きは1両で、ボックスシートの半分は空いていた。私は1ボックスを占有して窓側に座り、隣の席に荷物を置き、靴を脱いで足を延ばし前の席に載せた。高校時代のひとり旅と同じだ。いや、同じではないか。あれから34年も経って、私は中年や初老と扱われる歳だ。あの頃のひとり旅は開放感に満ちていたけれど、今は少し寂しい。

01
山口行きはキハ40の単行

隣のボックス席でスポーツウェアの高校生男女が向かい合って座る。何やら楽しそうだ。34年前の私は電車通学のデートをしなかった。しかし、中学の同級生と東海道線、湘南モノレール、江ノ電で江の島に行った。去年、初めて顔を出した同窓会で、再会しハグをした。34年経って、わだかまりなくそんな仕草ができる歳になった。

山口行きのキハ40は、私が乗ってきた山陰本線を戻る方向で走り出し、左へカーブして山陰本線と分かれた。山口線はここから中国山地を左下ななめに横断し、津和野、山口を経由して新山口駅に至る。路線距離93.9kmの長旅だ。この経路は歴史的に山陰街道に沿っている。山陰街道は京都三条大橋にはじまり、丹波、福知山、鳥取、米子、松江、江津、益田、津和野、山口を経て小郡に至る。

02
道が川になるほど大雨が降ったようだ

山口線は1913年に小郡駅から山口駅まで建設され、延伸を重ねて1923年に石見益田駅に到達して全通した。石見益田駅は1966年に益田駅に改称され、小郡駅は2003年に新山口駅に改称された。石見益田駅には山陰本線より先に到達したと言うから、政府は山陰本線の沿岸ルートより、山陰道に忠実な山口線を優先したとも考えられる。

車窓右手に赤い道路橋が見えた。このあたりで市街地が終わり、線路は高津川に沿うけれども、すぐに右へそれてトンネルに入った。二つめのトンネルを出ると高津川の支流、本俣賀川に沿う谷の道だ。本俣賀駅に停車し、しばらく谷間をたどってまたトンネルを通り抜ける。開けた盆地に出て、石見横田駅に着く。ここで列車の行き違いがあった。向こう側もキハ40の単行だ。

03
高津川に架かる橋

横田という地名は多く由来は解らないけれど、概ね水回りが良く農耕に適した大きめの集落という印象がある。もっとも石見横田駅の地名は益田市神田町で、開業時は高城村神田だった。なぜ石見神田ではなく石見横田になってしまったか。郵便局も中学校も横田を採用している。これは駅名に由来していると思われる。不思議だ。まさか、神田と横田を書き間違えて、そのままにしてしまったか。

不思議と言えば、ここまでの山口線のルートも妙だ。高津川に沿うルートにすればトンネルは不要。距離も変わらず、急勾配を避けたようでもない。わざわざ本俣賀を経由したように見える。そんなに本俣賀駅が大事だったかというと、開業当時に駅はなかった。国鉄時代の1970年に、通学の便を図るため本俣賀仮乗降場が設置され、JR西日本になって正式に駅となった。本俣賀経由の謎は深まる。しかしネットに情報はない。そのうちに、何かの資料で巡り会うかもしれない。覚えておこう。

04
益田で買ったフライドチキンという名の唐揚げ(笑)と
ダーツゲームでもらった柚子ジュース

石見横田駅を発車すると高津川に沿って、車窓両側に山が迫る。いよいよ中国山地に挑むのだ。いや、挑むほどではないか。古い路線だけに、蒸気機関車が上れる程度の上り勾配だ。谷の広がるところに集落がある。東青原駅。農地は少なく、林業の村のようだ。開業時の地名は日原町。次の青原駅、日原駅までが旧日原町で、現在は津和野町に編入されている。1923(大正12)年の路線開業時に日原駅ができて、翌年に青原駅ができた。東青原駅はずっとあと。1961(昭和36)年だ。高度成長期の建設需要に応えるため、林業の拠点を作ったと予想する。どうだろうか。

05
青原駅。山の緑と八重桜

日原は旧日原町の中心だ。日原駅の少し手前のトンネルを出たところ、高津川と津和野川の合流するあたりが中心部だ。水利のあるところが栄えていて、鉄道の駅は離れたところにある。これも良くある話で、川船に携わる人々に反対されたか、鉄道側が遠慮したというところだと思われる。日原駅には大きな木造駅舎があり、公民館と郵便局が併設されているらしい。地図をあらためると、町の中心に歴史民俗資料館がある。山口線の謎の答えはここにあるか。そして駅の近くの山の上には天文台がある。面白そうな町だ。

キハ40は津和野川に沿って走り、さらに谷の奥へ。標高が上がり気温は下がり、山から霧が立ち上る。木々の呼吸だ。左右の山の色が違う。常緑樹は杉の植林、色とりどりの緑は原生林かもしれない。

06
日原駅

高校生カップルの隣。ななめ向こうのボックスシートで、外国人男性が大きなバックパックと向かい合っている。彼にとっては海外旅行だ。若い頃の私は、そんな旅をしてみたいと思わなかった。海外旅行が面倒だったからだ。父がルフトハンザに勤めており、幼い頃から家族旅行でドイツやアメリカに連れ出された。海外旅行の目的も価値もわからない子どもには、窮屈な飛行機に長時間乗って、言葉の通じない不便なところに行く意味が解らない。

航空会社の家族割引は安い。その代わり正規のお客様で満席になると降ろされてしまう。当時のヨーロッパ行きは直行便がなく、北回りのアンカレッジ経由か、南回りの香港、ニューデリー、カラチ経由だった。長い時間かかる南回りは不人気で、だからこそ家族割引を使いやすい。しかし、万が一、途中で降ろされた場合、現地の伝染病の予防注射をしないと空港から出られない。

07
青野山駅

私は海外に行くたびに、尻や腕に予防注射を打たれた。そんなトラウマがあって、海外旅行への興味を失った。もっとも海外旅行をしたがる学生時代に、9割引きできっぷを買えたにもかかわらず、海外に行こうとは思わなかった。もっとも、大学進学前に叔父と行ったミュンヘン、勤務先のご褒美研修旅行のアトランタは面白かったし、フリーになってからはオレゴンの知人を何度か訪ねた。自分自身が行きたいと思う旅は楽しい。

そして、もうすぐ国内鉄道路線を完乗し、次は海外へ行こうと思っている。私もようやく海外志向が強まってきた。正直、日本の車窓に少々飽きてきた。美しい景色、初めての景色は楽しい。しかし、その新鮮な感覚が鈍っていると自覚する。いったん日本を離れないと、日本の景色を楽しめないかもしれない。

08
津和野川は広めの谷を作った

津和野川の幅は狭いけれど、かつては暴れたのだろう。青野山駅までは谷底が広く農地もある。そこから先は山裾を蛇行しており、線路は付き合いきれないという感じでトンネルに入った。トンネルを出るとすぐに津和野川を渡り、建物が増えて、列車は速度を下げる。SLの静態保存機が見えて津和野駅に到着。12時05分。このキハ40は山口まで行くけれど、私はここで降りる。高校生カップルも降りた。バックパッカーはコインロッカーに荷物を入れた。城下町の見物だろうか。彼の旅の目的はなんだろう。話してみたい。やはり英会話を習うべき時かもしれない。

09
天気が変わると、ここはもう山陽かな……

10
津和野駅到着


-…つづく

 



杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。「鉄旅オブザイヤー」最終選考委員。

<<杉山淳一の著書>>

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■著書
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