第752回:福滋県境 鉄道遺産回廊 - 旧長浜駅舎 -
小松駅に戻ってレンタカーを返し、19時11分発の特急しらさぎ16号に乗った。すっかり日が落ちて景色も見えない。少し疲れたのでシートを深く倒し目を閉じる。福井、敦賀と主要駅に停まったはずだが覚えがない。私は意識の有無の境界を行ったり来たりしていたようだ。この列車は名古屋まで走るけれども、私は途中の長浜駅で降りた。明日は長浜の鉄道遺跡を訪ねる予定だから、この列車は都合がいい。しかし、北陸新幹線が敦賀まで延伸すると、おそらくしらさぎは廃止、あるいは運行区間を名古屋~敦賀間に短縮されるだろう。
北陸新幹線の敦賀~新大阪間はやっと概略ルートが発表されたばかりで、これから環境アセスメントが始まる。特急サンダーバードのルートを新幹線化するならば、特急しらさぎのルートも新幹線にすべきだろうと思う。敦賀~米原間は北陸新幹線のルートとして検討されたこともあるけれど、こちらは本来、基本計画路線の「北陸・中京新幹線」が取るべきルートだ。すぐにでも整備新幹線に格上げして、敦賀~新大阪間と同時に開業してもらいたい。

旧長浜駅舎
翌日(2018年5月21日)。長浜駅前のビジネスホテルで起床。徒歩で長浜鉄道スクエアに向かう。旧長浜駅舎、長浜鉄道文化館、北陸線電化記念館が集まったところだ。まずは事務室へ挨拶に行く。すでに高速バスツアー会社から、私が視察旅行で立ち寄ると伝えてあった。長浜市産業観光部観光振興課副参事の堤昭彦さんと、主幹の廣部喜明さんに館内を案内していただく。責任者随伴ということは、館内の写真を取り放題である。

北陸線電化記念館(右)と長浜鉄道文化館
長浜駅の歴史は古い。1882(明治15)年の3月15日の開業で、日本の鉄道開業から9年半後だ。明治政府の鉄道計画は、第一に東京~大阪間、次に京都~敦賀間を予定していた。しかし、早期開業を目指しつつ建設費を抑えるため、途中で琵琶湖の水運を経由することにした。そこで琵琶湖東岸の長浜駅と琵琶湖南端の大津駅を鉄道連絡船の接続駅とした。東京~大阪間は東京側と大阪側から路線を延長していく。大阪側は1880年7月15日に大津駅(現在は浜大津駅)まで到達した。

旧長浜駅舎の横を北陸本線が通っている。線路の奥に長浜駅舎(4代目)が見える
一方、敦賀と京都を結ぶ鉄道も連絡船経由とし、敦賀駅側と長浜駅側から鉄道建設が始まった。1882(明治15)年の3月15日に長浜駅と柳ヶ瀬駅間の鉄道が開通した。敦賀側は洞道西口駅まで開通し、柳ヶ瀬駅と洞道西口駅まではトンネル工事が間に合わず、徒歩連絡となった。徒歩連絡といえば聞こえは良いけれども、要するに今まで通り北国街道を歩き、荷物は荷車を使えということだ。

長浜駅の開業から80年間も現役だった分岐レール。英国キャンメル社製

柳ヶ瀬トンネルの滋賀県側の石額。題字は伊藤博文
長浜駅開業から約1年後の1883年5月1日、長浜駅~関ヶ原駅間が開業する。翌年の1884年4月16日に柳ヶ瀬トンネルが開通し、長浜駅~敦賀駅間が全線開業した。1884年に関ヶ原駅~大垣駅、1886年に武豊駅~熱田駅が開業するなど分散して建設工事が進み、1888年までに関ヶ原駅~浜松駅間が開業、1889年までに新橋駅~浜松駅間、関ヶ原駅~馬場駅間が開業して、新橋駅~京都駅~大阪駅~神戸駅間のレールがつながった。同時に長浜駅~関ヶ原駅間は廃止、琵琶湖連絡船も廃止、馬場駅~大津駅は支線となった。このあたりは図にしないと分かりにくい。

長浜駅と大津駅(浜大津駅)は鉄道連絡船で結ばれた (地理院地図を元に筆者加工)
ともあれ、長浜駅は琵琶湖連絡船が廃止されるまで鉄道の要衝であった。1895年には新橋~神戸間と併せて、米原~長浜~敦賀~金ケ崎(敦賀港)も東海道線の名が与えられた。明治政府としては、東京大阪間と同じように、太平洋と日本海を結ぶ路線を重視していたわけだ。1905年に米原~敦賀間が北陸本線に編入された。この時の北陸本線は旧ルートだ。1957年に北陸本線の新ルートが開通すると、旧ルートは柳ヶ瀬線に名称変更され、1964年に廃止された。その2年前、1962年には敦賀~今庄間に北陸トンネルが開通し、新ルートに切り替わった。
「福井県の敦賀市と南越前町、私たち滋賀県の長浜市の3市町で、鉄道遺産を活用した観光振興に取り組んでいます。敦賀市と南越前町に旧北陸本線のトンネルがたくさん残っておりまして、そこと長浜鉄道スクエアを回遊ルートにできないかと。取り組み初めて3年になります」

福滋県境 鉄道遺産回廊 (地理院地図を元に筆者加工)
長浜駅は1981年に鉄筋コンクリートの2代目駅舎に切り替えられた。しかし、1882(明治15)年3月15日に開業した初代駅舎は残された。日本で現存する最古の駅舎である。いただいたパンフレットに「福滋県境 鉄道遺産回廊」とあった。県境を越えた観光振興の取り組みは珍しいと思う。ともあれ、長浜から柳ヶ瀬を経由して、北陸本線今庄駅までで、約66kmの長大な鉄道遺跡観光ルートができあがった。長浜鉄道スクエアはともかく、鉄道の廃線跡は不便なところにある。それは鉄道がないから不便なのであって、マイカーやバスの観光に適している。つまり、私に相談した高速バス会社としては、「廃線跡はバスを活用した観光地になる」と考えているようだ。
…つづく
第752回の行程地図(地理院地図を加工)
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