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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第703回:焼きたてパンを探して - 小野田線 長門本山~小野田 -

更新日2020/01/16



全線完乗の最後の駅は、行き止まりの終着駅にしたかった。小野田線の支線の終点、長門本山は、未乗路線の中で残り少ない行き止まり終着駅だ。こんな小さな駅でささやかに終わりたかったけれど、長門本山駅に来てしまった。この地域にきて、この区間だけ避けて残す勇気がない。もし廃線になってしまったら悔やみきれない。

そんな長門本山だから、到着した電車で折り返さないで、せめてしっかり記憶に留めたい。さっき折り返した彼のように、私も若い頃は到着した電車で折り返した。時間はたっぷりあったけれども、他の路線にも乗りたいと欲張っていた。歳を取ると使える時間が少ない。しかし折り返すだけではもったいない。次の電車で戻ろう。

01
電車を見送り、パン屋をめざそう

今回は駅周辺を下調べしている。終点を示す車止めの先は海。海岸線に沿って歩くとパン屋があるはず。ただし、ネットの情報によると開店時刻は07時30分。私が乗りたい電車は07時36分発。駅からパン屋まで、Google Mapの見立ては徒歩1分だ。開店と同時に入り、1分でパンを選び、1分で会計して、1分で駅に戻れば電車に間に合う。そんなにうまくいくかどうかわからない。パン選びに2分、会計に2分かかればギリギリ。とりあえず店に行き、開店を待とう。

02
海沿いのソーラーパネル、電気の畑

県道を歩くとすぐに海が見える。犬の散歩に良さそうだと思いつつ進むと幟を見つけた。近づくと「焼きたてパン」と書いてある。もしや……と思って扉に手をかけると開いた。営業開始していた。よかった。品物がそろっていないようだけど、どれも焼きたて。パイ生地のソーセージロール、チーズポテトパン、洋梨のパイを買う。店内に食べる場所はなく、早く食べたい気持ちに押されて駅に戻る。

03
パン屋さんはすでに開いていた

しかし、駅のベンチにたどり着くまで待てなかった。海辺に出て、堤防をテーブルに見立て、立ち食いスタンドのような格好で食べ始めた。どのパンも美味かった。とくに洋梨のパイはパイ生地が洋梨の形でかわいらしく、スライスした洋梨がたくさん載っている。サクッとしたパイに洋梨の瑞々しさ。これは美味い。到着した電車で折り返したら、この味に出会えなかった。1台見送って良かった。見込み通りの展開だ。この旅はオレの勝ち。

04
洋梨のタルトが美味しかった

長門本山駅に戻る。バス停があって、どこか別の駅へ行けないかと思ったけれど、この時間帯の運行はなかった。観光案内の看板があり、しばらく眺める。この海岸からの夕陽は美しく、日本の夕陽100選に選ばれたという。パン屋と逆方向に歩くと炭鉱斜坑の入口があるらしい。海沿いの炭鉱は珍しいと思ったら、なんと沖合400メートルの海底にある炭鉱だという。小野田線の支線は、その炭鉱から石炭を運び出すために作られたそうだ。納得した。

長門本山駅のベンチに女子高生が二人。07時30分に本日の2本目の電車が到着して、数人が降りた。そのうち半分は鉄道ファンらしく、いったん降りて電車と駅の写真を撮り、またこの電車に戻ってきた。ああ、ここで焼きたてパンを見せびらかせば良かったと思うけれど、もう胃袋に収まっている。

05
満足して次の電車に乗る

07時36分、定刻に電車は走り出す。この駅に次に来る電車は11時間後の18時17分で、折り返し18時37分発が終電だ。数分を待たずに次の電車が来る地域に住んでいると、このような運行形態がなぜ許されるのかと思う。この地域にとって鉄道とはなんだろう。しかし、必要か否かといえば必要なようで、支線の唯一の中間駅、浜河内でおっさん1名と体操着の男子高生1名が乗ってきた。この電車は宇部新川まで直通する。私は雀田駅で降りて、小野田行きに乗り換える。宇部新川行きはしばらく停まっていて、ここで対向列車の小野田行きを待っている。

06
雀田駅、高校生が自転車で集まる

07
小野田行きも単行電車

雀田駅を観察してプラットホームにもどった。小野田行きも123系の1両だ。07時44分に到着し、1分後に発車する。座席はすべて埋まり、立ち客もある。こっちは1両でちょうど良い数の乗客だ。高校生が多く、わずかに通勤客がいる。次の小野田港駅で高校生が10人以上も乗った。車内が賑やかになった。もうすぐ部活の夏季合宿のようで、楽しそうである。どの顔も朗らかで、男子女子ともアイドルとしてデビューできそうだ。私がスカウトマンだったら、どの子を連れて帰ろうかと考える。まるで不審者のようだ。

08
本線の沿線人口は多い

それにしても学校の夏期休み期間に来て正解だった。ふだんはもっと混んでいるだろう。私はロングシートに座っており、両側に誰かが座ってしまうと、振り返って車窓を観ようにも身動きが取れない。席を譲りドア横に立ち、車窓をしっかり見届ける。線路は南中川駅に向けて高架になり、やがて高台の土地に上がった。切り通しを抜けて目出。縁起の良さそうな駅名である。線路は川縁をかすめて離れ、大きく左へカーブしてその川を渡る。鉄橋にむけて大きなカーブで勾配距離をかせぐ。なるほど、これは炭鉱路線の特徴だ。

09
目出駅で有帆川をかすめる

しかし小野田駅にたどり着けば、山陽本線に繋がる方向の線路は分断され、草が茂り、車止めがおかれている。かつてこの路線が石炭輸送で重要だったとは、もう沿線でも知る人はいないだろう。

10
小野田駅でレールは途切れていた

-…つづく


第703回の行程地図
 

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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。「鉄旅オブザイヤー」最終選考委員。

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