第19回:Round About Midnight ~草木も眠る丑三つ時を過ぎて
更新日2004/02/05
人を大雑把に「昼型人間」と「夜型人間」に分けるとしたら、私は典型的な昼型人間だ。今の店を始めて4年以上が経過するが、未だにそれは変わっていない。眠りに就くのがだいたい早朝の5時前後で、起きるのがちょうどお昼前ぐらい、この生活にもう慣れてもよさそうなものだが、なかなかそうはいかないものだ。
理想を言えば、夜10時前には眠りについて、朝は6時になる前から起き出すような生活がしたい。私の店は午後6時から午前2時までの営業なので、10時はちょうど半分が経過した時刻で、適切な表現ではないが、私たちの商売ではまだ宵の口と言ったところ。本当はそんな時刻に眠りたいと思っているなんて、文字通り「何を寝ぼけたことを言っているんだ」と叱責を受けそうだ。
深夜、間もなく閉店というような時刻。お客さんが立て込んでいるときは良いが、店内お一人のお客さんで、しかもその方がとても穏やかな口調でお話しされているという状況が時々ある。たいへん失礼ながらその声が子守歌のように聞こえ、猛烈な睡魔に襲われることがごく稀にあるのだが、そのときは気付けに高濃度のウイスキーをストレートで一気に呷ることにしている。
私の店の2時閉店は自由が丘のバーの中ではたいへん早いほうで、他の店ではたいがいは3時、4時、なかには6時まで開けているところもある。私のように軟弱なことは言わずに、みなさんとてもタフで勤勉、熱心なのだ。
バーではないが、私が時々行く、少し臺(とう)が立っているがとても素敵なママさんが一人で経営している居酒屋さん(最近店のスタイルが少し変わったが)などは、開店が午前1時、それからだいたい午前9時頃まで営業している。
そこには、私たちバー経営をしている同業者もかなりの数飲みに来る。彼らは私より遅くまで仕事をしているので、私が一通り飲んで帰ろうとする時刻に「お疲れさん!」と言いながら入ってくることが多い。
そうすると、まあ一杯と言うことになり、その後つい話し込んでしまって、気がつけば(以前は店内にテレビを置いていたので)NHKの朝の連続テレビ小説を見ながら飲んでいたということもあった。
そんな日の家への帰り道はもう学校も始まっていて、校庭から子どもたちの元気な声が聞こえてきたりすると、なにやら無性に後ろめたい気持ちになる。また、昼型人間としては必ず身体のバランスを崩してしまい、仕事にも大きく影響するので最近は自戒している。
それでもなかには、前の晩から何軒もハシゴをして飲み続け、最後に朝の7時頃までその店にいて、「じゃあママ、いってきます!」とそのまま出社していくサラリーマンの方もいらして、とても勝てないなと思ってしまう。(靴下履き替えなくて気持ち悪くないのかな、とも思ってしまうが)
ところで、店を始めてから気づいたことだが、深夜の街というものは時間帯によって微妙な表情の変化を見せる。と言っても、私の場合、原則的には午前2時まではずっと店内にいるから(あまりに暇なときは、社会見学と称して他の店の様子をうかがいに、店の外を徘徊することもあるけれども)、それ以降の時間帯と言うことになるが。
たまたま2時ちょうどに店を閉めて、帰宅のために自転車を走らせているときなどは、まだ街に熱のようなものが残っていて、それをはっきりと肌で感じることができる。時には、そこに邪気が含まれているように感じられることもあって、少し不安になり身構えてしまう。
それが3時を過ぎた頃になると、その熱を含んだ気のようなものが、(液体中ではないので本当はこんな言い方はしないのだが)まさに沈殿していくように、地面に降りてゆく。そして、すべてが地面に沈み終える4時近くになると、今度は静かで穏やかな気が全体に漂い出す。街が本当の眠りに就く時刻だ。
これは、季節により若干の時間帯のずれはあるが、ほとんど変わらない。だから、4時をまわってほとんど間もなく日の出を迎える初夏などは、街にとっては最も睡眠不足の季節ということになる。
もう一つ、深夜の街を走っていて気がついたことがある。若い女性が夜道を一人歩きしていることが多いことだ。これには驚くばかりで、3時台、4時台だというのに、男性よりもよく出くわすのだ。年寄りじみたことを言えば、私の若い頃はまず見られなかった光景だと思う。
10代後半から20代前半くらいと思われる女性がほとんどで、携帯電話を掛けているケースも多い。中には立ち止まってかなり前から話し続けている様子の少女もいて、暖かい季節ならまだ理解できるが、こんな寒いときに何が悲しくて電話しているのだろうと、余計なことも考えてしまう。それでも、彼女はモコモコのコートを着て楽しそうに話していた。
夏場のことだが、ピンク色のキャミソール1枚、サンダル履きで道端に一人でしゃがみ込んでいる女の子を見かけたこともある。見つけた瞬間、ドキリとしてしまった。比較的穏やかな場所柄とは言え、あまりにも無防備だ。さすがに注意しようと思ったが、逆に誤解されるのではと逡巡し、結局は通り過ぎてしまった。
私はかなりの警戒心を持って帰宅を急いでいるのだが、彼女たちは怖くないのかな、と不思議でならない。もしかしたら、私の考えている深夜と、彼女たちが考えている深夜とでは、概念そのものに大きな隔たりがあるのかも知れない。
こんなことを考えるのも、昼型人間だからなのだろうか。そもそもバーマンにはそぐわない性質かも知れないが、世の中には酒の飲めないバーマンも少なくないことだし、何とか折り合いをつけながら仕事を続けていくことにしよう。
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