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第205回:流行り歌に寄せてNo.17 「熊祭(イヨマンテ)の夜」~昭和25年(1950年)

更新日2012/02/23

このコラムは、戦後、昭和21年以降の歌について書いているから、当然、軍歌は登場してこないが、私が幼いとき、両親に、殊に母からよく軍歌を聞かされた記憶がある。

母は昭和5年の生まれ。小学校から女学校にかけての感受性豊かな時期に、世の中で最も流行っていたのが軍歌であったことは決して幸運とは言えないだろうが、母はまさに鼻歌として軍歌を口ずさんでいたのである。

菜っ葉包丁で葱を刻んだり、ローラー式の脱水機のハンドルを回したりしながら歌っているのは、ある時は、「勝って来るぞと勇ましく、誓って故郷(くに)を出たからは」であり、そしてある時は、「あゝ あの顔であの声で、手柄頼むと妻や子が」であった。

上の2曲は、それぞれ「露営の歌」と「暁に祈る」であるが、これは張りのあるバリトン歌手、伊藤久男が熱唱した歌である。

「露営の歌」の方は多くの歌手が共唱(競唱)しているが、伊藤の声が最も威風堂々と聞こえる気がする。Right Fielderの車から流れているのも、大概は彼の歌声であろう。

その伊藤久男が戦後になって大きなヒットを飛ばしたのが、彼らしい実に男性的な曲、熊祭(イヨマンテ)の夜である。

「熊祭(イヨマンテ)の夜」 菊田一夫:作詞 古関裕而:作曲 伊藤久男:歌
1.
アホイヤァー アァアァ・・・・イヨマンテ

熊祭り(イヨマンテ) 

燃えろかがり火 ああ満月よ

今宵熊祭り 踊ろうメノコよ

タム タム 太鼓が鳴る

熱きくちびる 我によせてよ

アァ アアァ アァアァ・・・・イヨマンテ

2.
熊祭り(イヨマンテ)

燃えろ一夜を ああ我が胸に

今宵熊祭り 可愛いメノコよ

部落の おきてやぶり

熱き吐息を 我にあたえよ

アァ アアァ アァアァ・・・・イヨマンテ

実際に歌っている雰囲気を、歌詞だけで表記するのがたいへん難しい曲である。歌詞だけを追っていてもよく分からないので、今までこの歌を聴いたことのない方は、ぜひ一度聴いていただきたい。

祭りの持つ、ある種の怪しげな鼓動がひしひしと伝わってくる、実に迫力のある熱唱である。

上に記したように、タイトル及び歌詞の原稿では、その意味を理解させる意図か、わざわざ前者は「熊祭」、後者に「熊祭り」の字をあてているが、( )でルビを入れた通り、双方とも『イヨマンテ』と読ませている。但し、「今宵」の後の「熊祭り」については『くままつり』と、そのまま読ませている。

「イヨマンテ」とはアイヌ語で「熊送り儀式」のことを言うらしい。これは、ヒグマなどの動物を殺して、その魂であるカムイを神々の世界へ送り返す祭りのことだそうだ。

古今東西、「祭り」という儀式には男女の出会いや、その後の営みさえをも呼び起こす幻想性を孕んでいるが、この歌もそうした雰囲気を持っている。戦後まだ4年少ししか経過していないのに、その時代にしては、かなり大胆な求愛シーンを表現しているのだ。

実はこの歌、最初は戦後大流行したNHKのラジオドラマ『鐘の鳴る丘』の劇に出てくる山男をテーマとした演奏曲として古関が作曲した。歌詞はなく、ただ山男が「アーアー」と口ずさんでいたものだったらしい。

しかし菊田、古関がこの曲を気に入っていて、後に菊田が歌詞をつけている。確かに老若男女が聴いている国民的ラジオ番組に登場させるには、刺激的すぎる歌詞である。

その後、その男性的な歌い方が世の中の男性諸氏に大いに流行り、「NHKのど自慢」で多くの出場者がこの歌を歌いたがったというのは微笑ましい話である。

歌いっぷりの気持ちよさということも、もちろんあるだろう。それに加えて、今までずっと仰圧されてきてなかなか大きな声では表現できなかった刺激的な歌詞の内容を、朗々と歌える楽しさということも、きっとあったに違いないと思うのである。

-…つづく

 

 

第206回:流行り歌に寄せてNo.18 「買い物ブギー」~昭和25年(1950年)

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金井 和宏
(かない・かずひろ)
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1956年、長野県生まれ。74年愛知県の高校卒業後、上京。
99年4月のスコットランド旅行がきっかけとなり、同 年11月から、自由が丘でスコッチ・モルト・ウイスキーが中心の店「BAR Lismore
」を営んでいる。
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