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第424回:流行り歌に寄せて No.224 「サインはV」「アタックNo.1」~昭和44年(1969年)

更新日2021/07/15


先月行なわれた菅総理になって初めての党首討論では、45分間という短い時間設定の中で首相の退屈な思い出話にかなりの時間が割かれたことに、大きく批判の声が上がった。

批判は真っ当で、その通りだと思う。まったく、あの場で話す話ではないのである。ただ、虚ろな目で視点が定まらず、壊れたテープレコーダー(この表現も昭和的か)のような答弁を繰り返す、疲れ果てたこの首相にも、当時15歳の高校1年生、マラソンのアベベ、柔道のヘーシンク、そして、東洋の魔女と言われた女子バレーの回転レシーブに心惹かれて、澄んだ瞳でテレビ画面を食い入るようにして観ていた「義偉少年」の時代があったかと考えると、なぜか妙に哀しくなった。

大松博文監督が率いる東洋の魔女が、宿敵ソ連を下し、東京オリンピックで優勝した次のオリンピック、昭和43年(1968年)メキシコシティ大会では、そのソ連に敗れ銀メダルとなった。

その昭和43年、オリンピックが始まる前に少女漫画『アタックNo.1』は集英社の『週間マーガレット』に、それに対抗する形で、同じく少女漫画『サインはV!』は講談社の『週間少女マーガレット』に連載を開始した。

『アタックNo.1』は浦野千賀子による作品で、『サインはV!』は神保史郎・望月あきら共著の作品だった。

惜しくもオリンピックの優勝は逃したものの、女子バレーの人気は根強く、この二つのコミックは、翌昭和44年、『サインはV』(漫画作品以外には「!」がつかない)は10月からTBS系で実写版として、『アタックNo.1』は12月からフジテレビ系でアニメ作品として、テレビ放映を始め、双方とも大変な人気番組となった。

少女漫画の連載は『アタックNo.1』が先に開始されたが、テレビ放映は『サインはV』の方が一足早く始まっている。



「サインはV」 岩谷時子:作詞 三沢郷:作・編曲 麻里圭子、横田年昭とリオ・アルマ:歌


VICTORY サインはV

明け放した空へ ジャンプ ジャンプ ジャンプ ジャンプ

うちよせる雲に アタック アタック アタック アタック

風に向かい 砂を走り 若い夢を トス パス トスパス トスパス 

光追いかけて ジャンプ ジャンプ ジャンプ ジャンプ

しあわせの旗 胸に抱くまで

VICTORY サインはV

 

VICTORY サインはV

ひとみ汗にぬれて ジャンプ ジャンプ ジャンプ ジャンプ

あこがれに今日も アタック アタック アタック アタック

昼の虹に 胸を反らせ 白い夢を トス パス トスパス トスパス 

ひかる面影に ジャンプ ジャンプ ジャンプ ジャンプ

ほほえみの歌 うたうときまで 

VICTORY サインはV

サインは V



「アタックNo.1」 東京ムービー企画部(山崎敬之):作詞 渡辺岳夫:作曲 松山茂:編曲 小鳩くるみ:歌


苦しくたって 悲しくたって

コートの中では へいきなの

ボールがうなると 胸がはずむわ

*レシーブ トス スパイク

ワン・ツー ワン・ツー アタック

「だけど涙がでちゃう 女の子だもん」*

涙も汗も 若いファイトで

青空に遠く さけびたい

★アタック アタック ナンバーワン

アタック アタック ナンバーワン★

 


苦しくたって 悲しくたって

チームの仲間が いるんだもん

ホイッスルが鳴ると 心がはずむわ

(*〜* くり返し)

涙のなかに 若い心で

ながれゆく雲に さけびたい

(★〜★ くり返し)



私の住む愛知県では、日曜の夜7時から東海テレビで『アタックNo.1』、続いて夜7時30分からCBCテレビで『サインはV』が放映されていた。私には四つ下の妹がいるが、彼女の希望というより、むしろ自分の方が率先してこの二つの番組を観ていた気がする。

実写とアニメということで、同じ女子バレーの番組が続いても、飽きることも混乱することもなく、連続で観ることができた。この二つの番組内容については、語りたいことが多いのだが、歌を扱っているコラムであるから、ここは主題歌などにまつわる話に留めておこう。

まず、この二つの主題歌はまったく曲調が異なる。ざっと楽譜を見ただけだが、『サインはV』はト長調、『アタックNo.1』はロ短調で書かれていた。

番組のオープニング。『サインはV』の方はイントロから明るい雰囲気、画面も指でVサインを作ったアニメから始まり、リズムある曲をバックに、サーブ、レシーブ、ブロックなどシルエットで女子選手がいろいろな動きを見せるシーンが続く。そして、九つのボールで形作られたVサイン!

一方の『アタックNo.1』は実に悲しいイントロから始まり、その後本郷コーチが投げ続けるボールを、ただひたすらレシーブする鮎原こずえの姿がこれでもかというほど続き、ついには「だけど涙がでちゃう 女の子だもん」というセリフとともに泣き出してしまう。しかし、一人ではないことを思い出した彼女は、再び立ち上がり、曲のサビに向かってひたすらスパイクを打ち続けるのである。そして、燃える聖火台とともにまっすぐ前を見つめる彼女の姿!

今考えてみれば、日曜日の夜7時から8時のまる1時間、国民の多くが女子バレーの物語の世界に浸っていたわけだから、それはそれですごい時代だったのだな、と思う。巨人戦を中心としたプロ野球中継という強敵があったとしても。


ここで、少しだけ二つの曲に関わった人たちのプロフィールについて見てみる。

『サインはV』

作詞の岩谷時子は、このコラム、他にも何回か出てくるので省略する、

作曲の三沢郷は、兼田みえ子の名曲『私もあなたと泣いていい?』の作曲者として知られている。同じ女子スポーツアニメ『エースをねらえ!』、私たちの世代には懐かしい『アテンションプリーズ』や『赤い靴』などのドラマ、『デビルマン』『ファイヤーマン』などのアニメ、実写物などの作曲を手掛ける。(故人)

麻里圭子は昭和40年代を中心に活躍した歌手、女優である。東宝映画『ゴジラ対へドラ」に出演しており、主題歌も歌っている。

横田年昭はジャズ・フルーティストの草分け的な存在であるが、リオ・アルマというグループとの経緯については、今回わからなかった。


『アタックNo.1』

作詞の山崎敬之は、東京ムービー企画部のメンバーとして『巨人の星』『ど根性ガエル』『それいけ!アンパンマン』などの制作に携わっている。プロの作詞家ではなく『アタックNo.1』の作詞は、彼にとってはたいへん珍しい仕事である、その後は、アニメ・プロデューサーとして活躍している。

作曲の渡辺岳夫の方は、プロの中のプロの作曲家。上記3作品の他、アニメ、特撮、時代劇などの主題歌のみならず劇中の曲を、夥しい数手掛けている。クラシックの作曲家である父を持ち、自身もパリにクラシックを学びに行った経験を持つ音楽の基礎を知る人であった。(故人)

編曲の松山茂も、主にテレビ・アニメの編曲を数多く手がけた人で、上の二人と組んで行なった仕事の数も多い。茂は本名だが『アタックNo.1』の仕事の後は渡辺岳夫から与えられた松山祐士という名で活躍していた。(故人)

歌を歌った小鳩くるみは、鮎原こずえ役の声優。4歳で歌手デビューをした、私たちの世代では知らない人がいないほどの天才童謡歌手だった。女優、声優として活躍しているが、本名の鷲津名都江名義で、英国文学、児童文学、などの研究家、翻訳家としての顔を持つ。幅広い才能を持つ人だ。


さて、この2曲について今回いろいろ調べていて、私が50年以上勘違いしていることがあることがわかった。

まずは『サインはV』。実は当時この番組にかなり熱中していて、主題歌のレコードを購入したのである。主題歌『サインはV』と、挿入歌『しあわせは何処かにいるよ』『この道の果てに』の3曲が入ったもの。

当然、番組オリジナル版だと思い購入し、今の今までそう思い続けていたのだが、実はそれはカヴァー・ヴァージョンだった。オリジナルは先に書いたように麻里圭子、横田年昭とリオ・アルマが歌い、日本ビクターから発売されたもので、同じ3曲が入っている。

一方、私が所持していたのは富田智子とウインドーズが歌い、東芝レコードからカヴァーとして発売されたものだった。今回YouTubeを見て気づいた。当時は、その違いにまったく気づかなかった。あんまり耳が良くなかったようだ。

負け惜しみのようだが、私はその2年後の奈良富士子主演の人気ドラマ『美人はいかが?』の有馬三恵子と筒美京平のゴールデン・コンビニよる主題歌も大好きだったが、こちらはオリジナルが富田智子の歌唱によるものである、

そして『アタックNo.1』。主題歌は鮎原こずえの声役の小鳩くるみが、シリーズを通して歌っていたと勘違いしていたが、ビクターレコードから出されていた彼女の歌唱は初めの5回のみ。第6回以降、最終回までは日本コロムビアから出された大杉久美子によるものだった。これも今回初めて気付かされた。ずっと「鮎原こずえが歌っているんだ」と思い込んでいた。

大杉久美子は、この曲が初のヒット曲で、その後『エースをねらえ!』をはじめ『アルプスの少女ハイジ』のエンディング曲、挿入歌、『フランダースの犬』『青春の少女ローラ』『あらいぐまラスカル』の主題歌など、日本アニメーション制作の作品の多くを歌い、アニメ界の歌姫になっていった。

だれかさんの影響で、退屈な思い出話が過ぎたようだ。退屈ついでにもう一つ、どうでも良い話だが、私は漫画(アニメ)キャラクターの中で最も好きなのは、『アタックNo.1』の鮎原こずえの最高のライバルにして盟友である、早川みどりその人である。

-…つづく

 


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金井 和宏
(かない・かずひろ)
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1956年、長野県生まれ。74年愛知県の高校卒業後、上京。
99年4月のスコットランド旅行がきっかけとなり、同 年11月から、自由が丘でスコッチ・モルト・ウイスキーが中心の店「BAR Lismore
」を営んでいる。
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