第488回:流行り歌に寄せて No.283 「男の子女の子」~昭和47年(1972年)8月1日リリース
この曲を最初に聴いた時、何てあっけらかんと能天気で、それでいて随分自信に満ちた内容だと思った。しかも、自分と同じ年の可愛らしい、いかにも女性にモテそうな新人アイドルが歌っている。
とにかく、当時高校2年生で柔道部、毎日が汗臭い。憧れの女生徒はいても、思うように声がかけられずに、鬱々とした日々を過ごしていた私にとっては、この歌の世界は別世界だった。
何が、ヘイヘイヘイヘイなんだ、何でGO GO GO GOなんて言えるんだ。おかしいんじゃないか、羨ましいけど…。そんなふうに思っていたのだ。今、調べてみると、確かに住む世界が違っていたことが分かる。
東宝映画『潮騒』のオーディションを受けた郷が、オーディションには落ちたが、その会場に顔を出していたジャニー喜多川の目に止まり、スカウトされ、ジャニーズ事務所に所属する。
ジャニー喜多川の寵愛を受けた郷は、入った事務所の寮でも特別待遇を受け、最初入学した日大櫻丘高校から堀越高校に転校して通学しながらレッスンを受けた。
そして、当時人気アイドルグループの「フォーリーブスの弟」(デビュー曲のキャッチ・フレーズでもあった)のような存在で、ツアーにも同行していた。
芸名・郷ひろみの由来には、北海道、旭川のフォーリーブスのステージで、フォーリーブス・ファンから「レッツ・ゴー・ひろみ」と声援を受けたからというものと、フォーリーブスの弟ということで、フォーの次はゴーだからというものがあるらしい。
私は今回調べていて驚いたのだが、彼は歌手より前に、俳優でデビューしていたのだ。歌手デビューの年、昭和47年(1972年)の1月2日、NHKの大河ドラマ『新・平家物語』に平清盛の弟、経盛役で出演していたのである。
その後、フジテレビ系の森田健作主演番組『青春をつっ走れ』と『明日に賭けろ!』(同年4月3日から9月25日)にも顔を出している。
そして、8月1日に『男の子女の子』でCBSソニーから歌手デビュー。ジャニーズ事務所では、初めてのソロ・デビュー歌手だった。
この曲は、デビュー曲でいきなりオリコンのベスト10入り(最高8位)をして、その年の11月には「日本レコード大賞・新人賞」を受賞した。
「男の子女の子」 岩谷時子:作詞 筒美京平:作・編曲 郷ひろみ:歌
君たち女の子 僕たち男の子
ヘイヘイヘイ(ヘイヘイヘイ)ヘイヘイヘイ(ヘイヘイヘイ)おいで遊ぼう
僕らの世界へ 走って行こう
幸せさがすのは まかせてほしいのさ
ヘイヘイヘイ(ヘイヘイヘイ)ヘイヘイヘイ(ヘイヘイヘイ)夢があふれる
一度の人生 だいじな時間
アアアア 青空に
アアアア 陽が光る
明るい風の中 髪をなびかせて
GO GO GO GO
ほほえむ女の子 みつめる男の子
ヘイヘイヘイ(ヘイヘイヘイ)ヘイヘイヘイ(ヘイヘイヘイ)愛の雨降る
一度の人生 だいじな時間
泣いてる女の子 ふりむく男の子
ヘイヘイヘイ(ヘイヘイヘイ)ヘイヘイヘイ(ヘイヘイヘイ)胸がふるえる
一度の人生 だいじな時間
アアアア あの瞳
アアアア 好きなんだ
花火があがるんだ ふたりで手をとり
GO GO GO GO
男と女の子 心がふれあえば
ヘイヘイヘイ(ヘイヘイヘイ)ヘイヘイヘイ(ヘイヘイヘイ)おいでいそごう
僕らの世界へ はだしで行こう
じっくりと、この詞を読み返してみると、実際にあの時代に、このようなノリで青春時代を過ごしていた男の子は、ほとんどいなかったのではないかと思う。自分もいじけることはなかったのだ。
岩谷時子は、花のある少年に、華やかな歌を歌わせたかったのだろう。それは現実的ではない憧れの世界なのだ。今までにない、新しい形のアイドルを誕生させた。
曲も、GS時代、アイドル的なグループだったオックスの曲を多く手掛けた筒美京平を起用して、その明るく彩りのある、アップ・テンポなものに仕上げた。
オックスの『ダンシング・セブンティーン』(橋本淳:作詞 筒美京平:作・編曲)の影響を受けていると言われているようだが、今回聴き比べてみて、そうかも知れないと思った。
さて、郷ひろみは新御三家の中では最も遅い歌手デビューだが(野口五郎 昭和46年5月1日『博多みれん』、西城秀樹 昭和47年3月25日『恋する季節』)、いきなりのベスト10入り、レコード大賞・新人賞で一歩先んじた形になった。
二人のベスト10入りは、ともにその翌年の昭和48年、野口五郎は3月21日発売の『オレンジの雨』(最高6位)、西城秀樹は5月25日発売の『情熱の嵐』(最高6位)だったのだ。
郷ひろみは、その後も息の長いアイドルとして積極的に活動を続け、今年でデビュー52年。6月5日には110枚目のシングル『できるだけ、』を出した。
-…つづく
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