第520回:流行り歌に寄せて No.315「襟裳岬」~昭和49年(1974年)1月15日リリース
この曲は、日本ビクターの創立50周年と、同社の音楽部門が独立して。ビクター音楽産業になって1周年、これを記念しての特別企画の中の1曲として生まれたということである。
それは、日本ビクター専属の看板歌手、フランク永井、松尾和子、三浦洸一、鶴田浩二、青江美奈、橋幸夫、森進一ら10人の新曲のシングル・レコードを昭和49年1月に一斉発売しようという企画だった。(ここに列挙した歌手の方々、森進一以外は、すでに皆故人となってしまった。寂しい思いになる)
この企画に関しては、通常行なわれていた担当性によるものではなく、企画を採用された者が制作の責任者になるというものだった。
当時駆け出しの、元ソルティー・シュガーのメンバーだった高橋卓士(後の隆)が、同じフォーク畑の繋がりからか、吉田拓郎が「森進一さんみたいな人に、曲を書いてみたい」と以前から言っていたのを思い出し、拓郎に曲作りを依頼し、企画として提出した。
当然のことながら、日本ビクターの上層部や。森の所属する渡辺プロダクションは「森には合わない」と強い難色を示す。ところが、当時言われなきスキャンダルや、母親の自殺問題などで窮地に立たされていた森が、この曲の3番に共感し、演歌を超えた自分の歌唱の幅を広げたいという思いもあり、ナベプロのスタッフの反対を押し切り、当初はB面扱いだったところを、もう一曲の『世捨人唄』と両A面ということでレコーディングした。
私はこれまで、もう一曲の『世捨人唄』のことを知らなかったが、今回作詞・作曲・編曲ともに『襟裳岬』と同じメンバーであることを知り、少し驚いた。「何とか両A面まで漕ぎ着けた」ということだから。まったく違う作者たちによる演歌色の強い曲だと想像していた。
今回初めて聴いてみて、確かに『襟裳岬』よりは演歌のテイストは多く感じられるが、やはり、岡本の世界観と拓郎節が、しっかり感じ取れる曲だった。
さて、私はまだ人生経験がほとんどなかったためだろう、当時『襟裳岬』の良さがわからなかった。その後、東京に出て来て出会った方々のうち、私が尊敬できるなあと思った方々の多くが、この曲を高く評価されていた。改めて聴いてみると、何だか詞の内容がお腹にじわっと沁み込んでくるようで、惹かれて行ったのである。
この曲は、岡本おさみの32歳の誕生日の日にリリースされている。今回、コラムの原稿に詞を入力しながら、「これだけの詞を、その若さでよく書けたものだなあ」としみじみと感じてしまった。
「襟裳岬」 岡本おさみ:作詞 吉田拓郎:作曲 馬飼野俊一:編曲 森進一:歌
北の街ではもう 悲しみを暖炉で
燃やしはじめてるらしい
理由(わけ)のわからないことで 悩んでいるうち
老いぼれてしまうから
黙りとおした年月を
ひろい集めて 暖めあおう
襟裳の春は 何もない春です
君は二杯めだよね コーヒーカップに
角砂糖をひとつだったね
捨てて来てしまった わずらわしさだけを
くるくるかきまわして
通りすぎた 夏の匂い
想い出して 懐かしいね
襟裳の春は 何もない春です
日々の暮らしはいやでも やってくるけど
静かに笑ってしまおう
いじけることだけが 生きることだと
飼い馴らしすぎたので
身構えながら 話すなんて
あぁ おくびょう なんだよね
襟裳の春は 何もない春です
寒い友だちが 訪ねてきたよ
遠慮はいらないから 暖まってゆきなよ
この年、昭和49年(1974年)の第16回日本レコード大賞と第5回日本歌謡大賞をダブル受賞。そして、大晦日の第25回NHK紅白歌合戦で、森自身、初めての大トリとして(トリは、それまでに3回)披露された。
この日の紅白は、よく覚えている。その年の9月から東京暮らしを始めた私が、帰省をして家族で観ていた。(あの頃の紅白は、家族一同で観ることが当たり前だった)
紅組のトリは島倉千代子で曲は『襟裳岬』(丘灯至夫:作詞 遠藤実:作曲 山路進一:編曲)。実は、この曲は昭和36年(1961年)の紅白歌合戦で披露されており、当初、島倉はこの年、不思議なことに紅白での披露がなかった、彼女のデビュー曲『この世の花』を歌うことになっていたが、森に対抗するため同タイトルの曲に変更した。
昨年末で76回を数えるNHK紅白歌合戦で、トリで同タイトルの2曲が歌われたのは、この回だけである。
この時、自分は島倉の曲は知らなかったが、両親は覚えていたようである。最近になって、私は何回かこの曲を聴くことができたが、聴いていると、冷たい風の吹く岬の情景を、心の中で描くことができるような、名曲、名唱だった。
この紅白から3年前の昭和46年(1971年)、北海道の襟裳岬には島倉版『襟裳岬』の歌碑が建立される。そして、それから26年後の平成9年(1997年)には、森版の歌碑が、そのすぐ左隣に建立され、仲良く並んで太平洋と向かい合っている。
-…つづく
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