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■店主の分け前~バーマンの心にうつりゆくよしなしごと
 

第438回:流行り歌に寄せて No.238 「一度だけなら」~昭和45年(1970年)

更新日2022/02/10


颯爽として、とてもカッコいい、スポーツマン。私の最初の野村真樹の印象はこうだった。なんと言っても、あの浅黒い肌が一際目立っていた。「女の子にどえりゃあもてるだろうな」と、貧弱な身体つきの青白き中学3年生は、ただただ羨望の目を、彼に向けていたのである。

当時ずいぶんお兄さんに見えたものだが、今年齢を確認すると、私よりわずか3学年先輩17歳でのデビューだった。歌手になるために、すでに高校を中退して社会に出ていたとはいえ、17歳の少年の歌う歌詞とは、到底思えない内容である。

それもそのはずで、この『一度だけなら』は、最初、内山田洋とクール・ファイブが歌う予定で作られた曲であったのだという。急遽、それを新人歌手のデビュー曲にするあたり、歌謡界というのは不思議な世界である。

そう言われてみれば、前川清の歌唱が似合いそうな曲と言えるし、実際に、後にはクール・ファイブのアルバムで歌唱されている。

これは蛇足だが、この『一度だけなら』の発売の1ヵ月後に出された、クール・ファイブの『噂の女』。こちらの方は、最初森進一に話しが行ったのだが、彼が断ったために、クール・ファイブによって歌われた曲だ。確かに森進一の歌だと言われても、全く不思議な感じがしない。

話が横道に逸れてしまったので元に戻そう。福岡県北九州市の生まれで、兵庫県尼崎市育ち。どちらかと言えば、かなり荒っぽい土地で生まれ育ち、尼崎市立尼崎産業高校を中退して、16歳で歌手を夢見て上京してきた野村真樹少年。

上京後も、高崎競馬場の厩務員などのバイトをしながらチャンスをうかがっていたと言うのだから、なかなか骨太のヤンチャ坊主だったのだろう。そして、靴屋でバイトをしていた時に、サンミュージックの相沢社長の目に止まり、待望のスカウトを受ける。

そして、昭和45年(1970年)の6月5日に『一度だけなら』をリリースした。デビュー当時のキャッチフレーズは『歌謡界の若獅子』であった。


「一度だけなら」  山口洋子:作詞  猪俣公章:作・編曲  野村真樹:歌

 

<歌詞削除>

 


すでに、昭和31年から銀座にクラブ「姫」を開店し、そのママとして大きな存在となっていた山口洋子が、昭和42年、友人である神楽坂浮子に『銀座化粧』という曲の歌詞を提供して以来、彼女は作詞家というもう一つの顔を持つことになった。

後に平尾昌晃とゴールデンコンビを組み『よこはま・たそがれ』『うそ』をはじめ、数々のヒット曲を出すが、猪俣公章とのコンビでも、多くの名曲を生み出している。

前出の『噂の女』、五木ひろしの『千曲川』『ふたりの旅路』のほか、美空ひばり、青江三奈、バーブ佐竹、西川峰子などに曲を提供しているのだ。

そして、さらに後には直木賞作家として活躍した山口洋子の著作『背のびして見る海峡を』には、作曲家・猪俣公章の破天荒な来し方が、丁寧に描写されているという。

さて、野村真樹は『一度だけなら』で、この年の「第12回日本レコード大賞」で新人賞を獲得、そして同日の「第21回NHK紅白歌合戦」にも初出場を果たしている。

但し、同時に紅白に初出場したにしきのあきらは、レコード大賞では最優秀新人賞を受賞、一歩抜きん出られた形になった。デビュー当初から、マスコミではこの二人を意識的に「ライバル」と位置付けて、それを煽るような記事が、多くの週刊誌などに書かれていった。「歌謡界の若獅子」対「ソニー演歌の騎士(ナイト)」の対決である。

それは、本職である歌手というエリアを超え、運動神経が抜群であるふたりであるため、芸能人大運動会、水泳大会などで鎬を削っていた。後年は、そちらの印象の方が強いかも知れない。

野村真樹は、昭和53年6月にシングル『ブルーグレーロマンス』を出してから、同58年2月に『愛は行方不明』を出すまで、4年半ほどの歌手生活のブランクがあった。

その間の2年間は、アメリカに修行に出ており、ブロードウェーのAMDA(アメリカン・ミュージック&ドラマ・アカデミー)で厳しいレッスンを受けている。アカデミーの終了発表会には、先生からのリクエストで、英語による狂言を披露したそうだ。

帰国後、昭和57年に芸名の表記を野村将希に変えた。そして、昭和62年8月から開始された『水戸黄門 第17部』から「柘植の飛猿」役として登場する。この役は平成23年(2011年)の最終回まで、24年間続き、野村の知名度を大きく上げることになった。

これはアメリカ修行時代から、徹底した筋トレで身体作りをしたことが功を奏したのだろう、と本人は語っている。

最近では、Vシネマで、そのマッチョな身体と強面な風貌を買われ、ヤクザの幹部役などに抜擢されている。確かに相当の迫力である。

ただ、歌手デビューから一昨年で50年。平成25年に最後のシングルを出してから9年ほど新譜は出ていないが、やはりこの人には素晴らしい声があるのだから、再びステージに立ち歌っていただきたい。

錦野旦の項でも触れたが、コロナ禍が落ち着いたら、できれば二人で50周年の記念コンサートを華々しく挙行していただきたいと思う。きっと半世紀来のファンが、大挙会場に駆けつけて、超満員でのお披露目になるに違いない。

-…つづく

 


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金井 和宏
(かない・かずひろ)
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1956年、長野県生まれ。74年愛知県の高校卒業後、上京。
99年4月のスコットランド旅行がきっかけとなり、同 年11月から、自由が丘でスコッチ・モルト・ウイスキーが中心の店「BAR Lismore
」を営んでいる。
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