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■店主の分け前~バーマンの心にうつりゆくよしなしごと

第305回:流行り歌に寄せて No.110 「愛と死をみつめて」~昭和39年(1964年)

更新日2016/06/09

この曲の名前を聞いて、まず最初に思い出すこと。それは小学校3年生の時、神社の近くにあった農協ストアの脇に立っていた、同名の映画のポスターの立看板のことだ。左目に眼帯をした女性が悲しげに立っている。

その時すでに吉永小百合に淡い思いを寄せていた私は、彼女の痛いげな姿に心を痛めた。そして「骨肉腫」という死にいたる重い病があることを初めて知った。私は映画を観る機会はなかったが、クラスメイトの中には親に連れられて観に行った女の子もいて、その内容をクラスで語っていた。

とても美しい女性が、病により若い命を奪われてしまう。「死」というものとは当時かなりかけ離れていたので、あまりにも悲しく恐ろしいものだと思った。と同時に、何か言いようのない甘味なものを感じ、戸惑った記憶がある。

「愛と死をみつめて」 大矢弘子:作詞  土田啓四郎:作曲  青山和子:歌
1.
まこ…

甘えてばかりで ごめんネ

みこは…とっても 倖せなの

はかないいのちと しった日に

意地悪いって 泣いたとき

涙をふいて くれた…まこ
 
2.
まこ…

わがままいって ごめんネ

みこは…ほんとにうれしかったの

たとえその瞳は 見えずとも

ふたりでゆめみた 信濃路を

せおって歩くと いった…まこ

3.
まこ…

げんきになれずに ごめんネ

みこは…もっと 生きたかったの

たとえこの身は 召されても

二人の愛は 永遠に咲く

みこのいのちを いきて…まこ

1950年代生まれまでの方であればほぼ記憶にあると思うが、『愛と死をみつめて』は、当時、中央大学生であった河野實(こうのまこと)と同志社大学生であり、軟骨肉腫により21歳でこの世を去った大島みち子との3年間にわたる文通を、みち子の死後に書籍化したもので、昭和38年のクリスマスの日に出版された。

その翌年の昭和39年、ラジオ、テレビでドラマ化され、今回ご紹介するようにレコード化され、また前述の通り映画化されるなど、立て続けに日本中に大きなブームを巻き起こした。

当時の多くの人々は、青山和子の歌うこの歌が映画の主題歌と勘違いして思い込んでいたが、映画の方は吉永小百合が歌った『愛と死のテーマ』で、全く違うスタッフによって作られた。このことを、私は中学生に入り買ってもらった吉永小百合のLPを聴き、初めて知ることになる。

さて、レコード『愛と死をみつめて』は、山口百恵を始め300人を超えるタレントを世に送り出した辣腕プロデューサー酒井政利が、まだ彼のキャリアのごく初期に手がけた作品である。

やはり才能に満ちたプロデューサーだけあって、この若い二人の書簡集という題材を、既存の作詞作曲家に依頼するのではなく、まだ世に出ていない若い才能を見出し、彼らに作品を書かせたのである。

大島みち子と同じ年で、当時まだ明治大学の4年生、レコード会社に何回も詩を投稿していたという大矢弘子に作詞を依頼し、まだ駆け出しだった土田啓四郎に作曲を託す。

そして、12歳にしてコロムビア全国歌謡コンクールで優勝をした実力を持ちながら、その後伸び悩んでいた当時18歳の青山和子に歌唱をまかせた。

酒井の思惑は見事にあたり、70万枚を超える大ヒット、その年第6回日本レコード大賞を受賞、青山和子のNHK紅白歌合戦初出場も果たした。ほとんど無名の作詞家、作曲家がレコード大賞を受賞したのはこれが初めてのことであり、その後もほぼ例がない。

それでは、先ほどの映画主題歌『愛と死のテーマ』を載せておきたい。こちらは作詞が佐伯孝夫、作曲が吉田正という大ヒットメーカーコンビ。どんなところに詞の違いがあるのだろうか、味わってみたい。

歌っているのは、もちろん主人公「小島道子」役である吉永小百合。そしてこの映画の「高野誠」という役名の相手役は、これももちろん浜田光夫だった。


「愛と死のテーマ」


(台詞)
あなたのことマコって呼んでいい?
私ミコ マコとミコ ミコとマコ
とってもいい感じよ うれしいわ

1.
強いマコ ミコのマコ

マコの愛する故郷の 山へ今日こそ
 
私も一緒に登るの

マコだけに見える私よ

ごめんよネ 重いでしょミコのリュック

ああ ミコの思い出ひとつ

(台詞)
マコ!あなたは私に真剣に人を
愛することを教えてくれました

2.
やさしマコ ミコのマコ

ミコの愛する ただひとり ミコはしあわせ

死んでもしあわせいっぱい

マコだけに生きた私よ

ごめんよネ つらいでしょミコがいずに

ああ ミコは今でもいるの

3.
いとしマコ ミコのマコ

二人ひとつの生命星 みつめみつめて

こころも希みも分けあい

マコだけに咲いた私よ

元気よネ 強いでしょマコは男

ああ ミコの分まで生きて

(台詞)
ありがとう マコ マコありがとう
マコしあわせになって下さい
ミコの分まで二倍も三倍も
さようなら さようなら…

-…つづく

 

 

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金井 和宏
(かない・かずひろ)
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1956年、長野県生まれ。74年愛知県の高校卒業後、上京。
99年4月のスコットランド旅行がきっかけとなり、同 年11月から、自由が丘でスコッチ・モルト・ウイスキーが中心の店「BAR Lismore
」を営んでいる。
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