のらり 大好評連載中   
 

■明日の大人たちのためのお話

更新日2021/01/14

 

 

ウミガメのユラリ



ユラリはタマゴのカラをやぶって、うみべのすなの上にかおをだしたばかりのウミガメの子どもです。タマゴはにかげつくらいまえに、お母さんがすなはまにほったあなにうんでくれたのです。お母さんはタマゴをうみおわると、ほったあなとタマゴのうえにすなをかけて、そとからは見えないようにしてくれました。

うんでくれたタマゴはぜんぶでひゃっこくらいありました。ですからひゃっこのウミガメのきょうだいたちは、おひさまのひかりであたためられたすなのなかで、カラをわれるくらいに大きくなるまでまちました。そうしてにかげつくらいたつとユラリのからだは、からのなかで、ちいさいけれども、もうすっかりカメのかたちになって、てあしやくびをうごかせるようになりました。きょうだいたちもおなじです。

そして、いよいよカラがきゅうくつになってきたあるひ、ユラリはおもいきって、ちからいっぱいくびをうえにつきだしました。てあしもおもいきりのばしました。するとポカッとカラがわれて、まぶしい光がユラリのめにさしこんできました。おもわず目をとじたユラリは、それでもいっしょうけんめいくびやてあしをうごかしてカラをやぶってそとにでました。

まわりにはおなじようにカラをわってそとにでてきたきょうだいたちや、まだタマゴのなかにいるきょうだいたちがいました。でもお母さんはいませんでした。私たちにんげんやライオンやゾウなどのほにゅうるいは、うまれた子どものそばにはお母さんがいてすぐにおっぱいをのませてくれます。そうしてそばにいて子どもをそだててくれます。

おなじようにタマゴからうまれても、ツバメやカモやペンギンのようなトリのばあいは、やっぱりおやがそばにいて、口を大きくあければ、おやがとってきたものを口のなかでやわらかくしたごはんをたべさせてくれます。でもユラリたちのまわりには、どこを見ても、そんなことをしてくれるお父さんやお母さんはいません。

ですからユラリたちは、カラからそとにでるとすぐにそれぞれひとりで生きていかなくてはなりません。ユラリたちはすなのうえにでると、小さなてあしをいっしょうけんめいにうごかして、いちもくさんに海をめざします。きょうだいたちもひっしです。

 

お母さんはおおしおという、月やたいようのいんりょくがきゅうをひっぱる力がいちばんつよくはたらいて、かいめんのたかさがほかのひよりもたかくなって、なみがすなはまの海からいちばんとおいところまでくるひのよるに、なみがこないばしょにタマゴをうみます。どうしてかというと、そのひにそのばしょにタマゴをうめば、なみがタマゴのところまでくることはないので、タマゴがなみにさらわれることがないからです。

ですから、ユラリたちがカラからでたばしょから海まではずいぶんはなれています。ユラリたちはみんなでとおくにみえるなみうちぎわをめざしました。けれどもちいさいカメの子なので、少しずつしかすすみません。それでもユラリたちは海にむかってひっしですすみました。

そうしないとカメの子をみつけたトリたちにたべられてしまうからです。カラをわってでてきたばかりの、まだこうらがかたくないカメの子たちをおそうのは、トリたちだけではありません。はまべにいるカニたちもユラリたちをたべにやってきます。そんなトリやカニにつかまらなかったウミガメの子たちだけが海にたどりつけます。ですからひっしです。

生まれてすぐに、どうしてそんなにうごけるのかというと、ウミガメの子どもたちのからだは、カラからでたあといちにちくらいは、ものすごくげんきでうごきまわれるようになっているのです。がんばって海にむかってはしらなくてはいけないからです。とてもふしぎですね。けれども、しぜんというのはそういうふうにうまくできているのです。

 

なみうちぎわまでたどりついたウミガメの子どもたちは、ザブーンとはまべにうちよせてきたなみにのって海のなかにはいります。そうなればひとあんしんです。海のなかにいればトリやカニにたべられることがないからです。

でもそこでのんびりしているわけにはいきません。ユラリたちはやすまずに、こんどはひっしで海のなかをおよいで、できるだけとおくにいかなくてはなりません。ウミガメの子どもたちがなみうちぎわにたくさんいては、ウミドリたちや、きしのちかくにいるサカナたちにみつかってたべられてしまいます。ですからみんないっしょうけんめいおよいで、それぞれとおくにむかいます。

ウミガメはずっと海のなかでくらしますけれども、さかなのように水のなかからさんそをとるわけではありません。わたしたちやクジラやイルカのように、くうきのなかのさんそをすっていきるどうぶつです。ですからときどき海のなかからうかびあがって、水のうえにかおをだしてくうきをすわなくてはなりません。そのときにみんなでいっしょにかたまっていてはきけんですから、ウミガメの子どもたちはそれぞれひとりでおよいだり、かいりゅうにのったりしてとおくの海をめざします。

 

そのうちユラリたちはひろい海のなかにちらばります。そうなれば、小さなウミガメの子どもたちがのすがたはほとんでめだたなくなります。そうなるとウミガメの子どもたちは、みんなひとりぼっちです。でもユラリたちはみんなそうして、お母さんからはなれて、きょうだいたちからもはなれて、ひろい海のなかでひとりぼっちで生きていきます。つよいですね。

それでもひろい海のなかでがんばれば、ユラリたちはすこしずつ大きくなります。こうらもかたくなります。もっと大きくなれば、さかなにたべられるしんぱいも、だんだんなくなります。からだも大きくなって、こうらもがんじょうになったウミガメは、ひろい海のなかをゆったりと、水のながれにからだをあずけて、ゆらりゆらりとおよぎまわります。

ウミガメはたいへんながいきですから、ながいあいだ、そうして海でのくらしをたのしみます。ゆらりゆらりとなみにゆられているうちに、お母さんやきょうだいたちとであえるかもしれません。すてきなおともだちができるかもしれません。ふしぎな色をしたさかなたちをみることもできるでしょう。海のうえにかおをだせば、あおいそらがはてしなくひろがっているかもしれません。おおきなふねがどこかをめざしてすすんでいくのが見えるかもしれません。

そんなことをかんがえているうちに、いつのまにかユラリはもうずいぶんりくからはなれた、おおうなばらをおよいでいました。ここまでくればもうあんしんです。ほっとしておよぐのをやめたユラリは、水のなかでゆらりゆらりとゆれながら、なんだか、うたをうたいたくなってきました。

 ぼくはユラリ、ウミガメだい

 うまれたばかりのウミガメだい

 ひろいひろい海のなかで

 おおきなウミガメになるんだい

 

 おおきなながれにからだをまかせ

 とおくの海までいくんだい

 ゆったりおよげば

 いろんなものが見えるよね

 りゅうぐうじょうだってあるかもね

 

 ぼくはユラリ、ウミガメだい

 さびしくなんかないんだい

 ぼくのいえはひろい海

 こうらはもちろんぼくのいえ

 すてきなおともだちにであったら

 こうらとこうらでこっつんこ

 ウミガメあいさつするんだい


-…つづく

 

 

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谷口 江里也
(たにぐち・えりや)
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本や歌や建築、さらには自治体や企業のシンボリックプロジェクトなどの、広い意味での空間創造を仕事とする表現哲学詩人、ヴィジョンアーキテクト。
主な著作に『鏡の向こうのつづれ織り』『鳥たちの夜』『空間構想事始』『天才たちのスペイン』、主な建築作品に『東京銀座資生堂ビル』『ラゾーナ川崎プラザ』『レストランikra』などがある。
なお音楽作品として、シンガーソングライター音羽信の作品として、アルバム『わすれがたみ』『OTOWA SHIN 2』などがある。

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